×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -




16.〇〇〇「全てに終止符を」

漆黒の闇に包まれた九条館に取り残された八敷はある部屋から飛び出し一気に階段を駆け下りると、息を切らせながら乱れた呼吸を整える。

「はぁ…はぁ……。
…これでいいんだな、サヤ?」

膝の上に当てているその手に握っている小さな仏像「念持仏」に目をやり、確認するように小さく囁く。
もう、この世にいない……最愛の妹の名を口にしながら。



―――…キシっ。


不意に何処からか床板の軋む音がした。
ギクッと体を強ばらせる。
背中に冷や汗が伝い落ちる感覚に、八敷はただならぬ恐怖に駆り立てられる。

物音がした場所へ目を向ける。
暗闇の中を凝視すると、先程駆け下りたばかりの正面階段の踊り場にカタカタと揺れる人影が浮かび上がった。




『…見……見見ミ見ミ…つケ……まマまししシし…たたタタた……!』



精神を逆撫でるような不気味な声がホール内に響き渡る。

異形の姿…怪異へと変貌したメリィだ。
そして、自分のシルシを刻んだ張本人であり、花彦くんから始め、森のシミ男、くちゃら花嫁、ずう先生、観音兵などの怪異を呪いの力で生み出した。
八敷の内心に潜む「恐怖」を食べ尽そうと、本性を現し襲い掛かって来たのだ。


「つ…ッ!」

右手首から灼ける様な激しい痛みが猛スピードで八敷の身体を走り抜ける。
視線を落とすと、シルシが真紅色に染まっている。
それどころか、右腕のあちこちに血の色に染まった複数のシルシが浮かび上がっていた。

思考が瞬時に真っ白な靄に包み隠される。
今までに何度も見てきた夜明け前の印人の様子の変貌…それが今の自分にも襲い掛かって来た。

なにも……かんがえ…られな……い…。
あたまのなかが…まっしろに…な…る……。
メリィが近付いてくる…。
逃げようにも体が言う事をきいてくれず、めの前までメリィがちか付いてくるのを目を見ひらきながら見ることしかできなかった。


『……嗚ア…ア嗚呼アァアァアアア……八敷様サママサ……
殺殺殺コロ殺コロしシシ……コロ殺し殺殺コロコロ殺殺………』


壊れたロボットみたいに同じ事を狂った様に囁きながら八敷を求めるメリィ。
館の来場者を出迎える度に見せた端正な顔が、今は血に塗れた醜い顔に変わっている。
翡翠色の眼球が内部へめり込み目の下から幾筋の赤い血が垂れ、下顎が外れたかのように口を大きく開き、口の端は顔の輪郭までに裂けている。

――正に、『呪われた人形』といったところだろう。


メリィが首に触れると、見えない力で首の皮膚が捻じれるように引っ張られる。
ぎぎぎ…と首が鳴る音が聞こえた。
視界が明滅し、それが真っ赤に染まっていく。




パァアン!



この場に似つかわしい音が木霊した。それも二つ。
思考が僅かに残っていた八敷はその音を何処かで聞いたような気がした。



これ…は…銃声……?


数秒後に、メリィの身体に二つの空洞が刻まれる。その振動により締め付けられた首の力が緩まった。
突如襲ってきた衝動に驚いたメリィだったが、直ぐに態勢を整えると玄関の方へと顔を向ける。





『……おヤ、…真下サマに……勇廻様……』
「な……に…!?」


八敷は精一杯首を動かしメリィが見つめる方へと視線を向けると、玄関の扉の前に立ち銃を構えた真下と勇廻がいた。
二人の銃口から微かに硝煙が見えた様な気がした。

「おい…、これは何の冗談だ」
「…やっぱり、メリィさん…いえ、アンタが黒幕だったんだね」

信じられないと言う口調で変貌したメリィを凝視する。
シルシから逃れる為に手を差し伸べてくれたその手が、今まさに八敷の命をもぎ取ろうとしている。
この様子から見てメリィが全ての元凶と捉えてもおかしくはない。

「どうし…て…戻って……」
苦悶の表情を浮かべながら八敷が問う。
銃を構えたままの真下が「それは此奴に言え」と訴える様に勇廻の方へ顎をしゃくった。

「声が…聞こえたんです。全ての元凶が此処にある、と…。
まさかこんな形になるなんて…。

なんで…、なんでこんな……!」

勇廻の声は震えていた。
未だにこの状況を否定したい、と言った様な振舞いだった。



「ア呼…勇廻様には、大変に…大変に感謝シナいとイけませんネ……」

コキっと首を鳴らしながら、壊れた人形のようにぎこちない動作をしつつメリィが言った。
含み笑いを混ぜた声に狂気を感じ取った。

「傷を癒しタ際に…貴女のなかに私の気を送リ込ンダおかげで…
貴女から生マレる「恐怖」の感情ヲ…隅々まで味ワウ事が出来マシた…」

メリィの顔が恍惚の表情に染め上がると、片手を頬に当てうっとりとしながら勇廻を見つめる。


「その濃度が瞬時ニ上がっタノは…森のシミ男の件でした、ね…。
貴女ばかリデはなく真下様からも…愛する勇廻サマを失ってしまうと言う喪失による「恐怖」が重ナり…何とも言エない甘美に私は…フフフッ……」

歪んだ笑みを浮かべたままメリィが妖艶な声をぽつぽつと漏らす。
目の前の底知れない恐怖に勇廻の心臓が激しく脈動し、メリィに銃口を向けている手をガタガタと震わせる。
奥歯を噛み締め震えを止めようとしても、体がいう事を聞かない。



隣から発砲音が木霊す。
それと同時にメリィが「ギッ!」と短い呻き声を上げ上半身を大きく仰け反る。
次第にむくっと起き上がらせると、彼女の額に一つの穴が深く抉られていた。



「人形は人形らしく口を閉ざせ。

それと…貴様の口から勇廻の名を呼ばないで貰いたい。
銃弾を受けたいのなら話は別だがな」


真下の声は……憎悪の念が篭り、溢れんばかりの怒りを爆発させない様にと静かな口調でメリィに銃を向けながらなじる。
だが、次の瞬間――…。




「あ、う…ッ!?」

急に勇廻が苦しみながら膝を屈し床に倒れ込む。額には玉粒ほどの汗が流れている。

「勇廻!?」
突然倒れた勇廻に驚いた真下は肩を揺さ振る。
…と、肩に触れた途端に違和感を覚えた。

勇廻の髪から見える首筋に、見た事のある赤い模様、シルシが浮かび上がっていた。
それが頬にも痛々しく浮かび上がりあっという間に真紅色に染まっていく。
シルシを目にした真下は倒れた勇廻のシャツを捲り上げると…、以前と同じ箇所の下腹部に真っ赤なシルシが主張していた。

「…!おい、貴様!妹に何をした!?」

激痛に堪えながら縮こまり呻き声を漏らす勇廻の肩を抱き上げメリィを睨み付ける。


「まダ…勇廻さマノ体内に私の気が残ッテいルノでス…。
勇廻様の内ニ生まれ出ズる“恐怖”を…甘クて蕩けルほどの“恐怖”ヲ…食べ…食べ食べ食べ食べ……!」

途中で口を閉ざすや否や、首をあらぬ方向に激しく揺らしながら狂ったように笑い出す。
機敏な動きで手を勇廻に目掛けて翳すと、勇廻の身体が真下の腕の中で大きく痙攣し悲鳴を上げる。
メリィにより刻まれたシルシが脈打つように血の色に染まり…等々シルシから血が垂れ始めた。


「勇廻ッ!!」

真下は何とか血を止めようとするが、その行為も虚しく血は止まる事は無かった。
勇廻が身に纏っているスーツとシャツが、みるみるうちに血で赤く染まっていく。


「嗚呼…そレと、勇廻様が聞こエたと言う声の主ハぁあ、ぁあ…あひゃッ、あ…っは、あはははは!
九条…サヤ様の声でシょうねぇエェエエぇえ…!」

メリィから発された聞き捨てならない真実に、真下は勿論、勇廻も目を大きく見開く。

「勇廻様がその声ヲ聞こエル事が…出来たのハ、私が送り込んだ気が混ザッた影響デショウ…ね…。
それが…まタ……あふっ、フフフッ!」

狂気に満ちたメリィの目には、正気と言うものは最早存在していなかった。
ただ、ひたすら八敷と勇廻にある“恐怖”を喰らい尽そうと……。




「う……うああああぁッ!!」


声を荒げたのは、真下でもなくメリィでもない。
メリィに捕らわれた八敷が復讐の雄叫びを上げながら、最後の力を振り絞って右手に持っていた念持仏をメリィの右腕に目掛けて押し付けた。
すると、念持仏が右腕に当たった瞬間メリィの動きがピタッと止まった。

気が遠くなりそうな静寂……だが、それはたった数秒経っただけだった。
メリィの顔、腕、首…体のパーツの至る所にシルシが浮かび上がった。
ただ、八敷が当てた右腕に記されたシルシは、他のシルシと比べて真っ黒色に染まっていた。

…もしかしたら、あの黒いシルシがメリィの動力源なのかもしれない。
それを肯定するかのように、メリィは微動だにしない。


「あ…ああ……ああああ……

アアアアアアアアアアアアアアアアア
嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ッッ!!!!!





壊れた機械のように叫び狂ったメリィは、複数に刻まれたシルシにより粉々に砕け散った。
再び訪れた静寂の中に八敷、真下、勇廻の息遣いだけがホールに響き渡る。


「……やった、のか?」
「……恐らく…」

八敷は恐る恐る右腕を見てみる。
何度も怪異を退けた際、自分のみ残っていたシルシは今は跡形もなく消え失せていた。
漸く呪いから解放された八敷は顔を綻ばせる。
勇廻にも刻まれていた複数のシルシを再び確認すると、全てが綺麗に消え失せていた。

「兄さん…シルシ、は…?」
「ああ、消えた。全部な」
「…八敷さん、は?」
「…一緒だ」

シルシが消えた右腕を見せる。
それを見た勇廻は安堵の息を漏らす。

「良かっ…た……。本当に…良かった…」
「それはこっちの台詞だ。
おまえ達兄妹は本当に無茶をする…」
「その無茶のお陰でお前の危機を救ったんだ。もっと感謝して貰いたいもんだな」
「……それは、否定しないが…。
だが、サヤは……」



――ボーン、ボーン…。

突然、2階の時計の鐘が狂ったように鳴り始めた。
まるで意思があるかのように…八敷達に注目を浴びせる為に。
八敷達が時計に近付くと、音は止まった。

「この時計…まるで自己意識があるかのように止まったね」
「……偶然にしては出来過ぎているな」


「そうだ…、この時計に……」

何かを思い出したのか、八敷は慣れた手付きで時計の戸を開き中に手を突っ込む。
すると、八敷の手にはボイスレコーダーが握り締められていた。

「なんで時計の中にこんなものが?」
「それはこれを聞けば何もかも分かるだろう。八敷…」
「ああ……」

真下に言われる間もなく再生ボタンを押す。
ジジっとノイズが流れたが、直ぐに録音された声がレコーダーから聞こえてくる。




『聞こえているだろうか……、九条正宗だ』


その声はよく知っている男の声だった。
真下と勇廻は驚愕の表情を浮かばせながら、八敷の方へ首を向ける。


……その声の主は、紛れもなく…八敷一男の声と一致していた。



【……To be continued】

[ 17/25 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]