15.〇〇〇「行く末」

澄み渡る青空を眺めるのが、とても久方振りのように思えてくる。
シルシによる生と死を掛けた怪事件に巻き込まれ、何とか生き延びた勇廻と真下はにコンクリートに敷かれた道を肩を並べながら共に歩いて行く。
二人が後にした場所に、多数の墓標が並べられている。

真下の手には、柄杓が無造作に突っ込まれている水桶があった。
隣の勇廻の両手には、ライター、線香、花を包んでいた新聞紙…お墓参り用の道具を抱えていた。


「先輩…喜んでくれたかな」
「漸く事件にケリがついたんだ。あの世で喜んでるだろうよ」
「……そうだね」

ぶっきらぼうに答える真下だったが、勇廻はいつも通りの兄だな、と一人でほくそ笑む。
クスクスと笑っている勇廻が気に食わなかったのか、真下は柄杓を手にし勇廻の頭に目掛け振り落とす。

「いだっ!!お墓参り用のモノに何やらかしてんの!
罰が当たるよ!!」
「一人で笑っているお前が悪い」
「理不尽ッ!!」

頭上で鈍痛が走る中、ふと勇廻は思いふける。

「今度はだんまりか?笑ったり黙ったりと忙しい奴だな」
「…八敷さん、大丈夫かな」

ポツンと呟いたその言葉に真下は口を閉ざした。



――シルシの事件から10日が経ったが、八敷からの連絡は無かった。

再びシルシが刻まれない為にと敢えて連絡を取らないでいるのだろう。
真下と勇廻は二度シルシを刻まれ死の恐怖を味わったのだ。
特に勇廻は森のシミ男により絶命する寸前のところで真下達に救出され、今真下の隣に立っている。


「本当に…九条館を離れて良かったのかな…」

シルシの運命から解放された事により、九条館に留まる意味を失った。
それも、亡き九条館当主である九条サヤの遺言により従ったまでだ。




「勇廻、二度も言わせるな。
俺はお前を失いたくないと言った筈だ。

……あの時、八敷も分かってくれただろう」



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森のシミ男の調査を終えたその日、湯浴みを済ませた勇廻は真下の待つ客室で寛いでいると、真下が思い出したかのように同じ寝台に寝転んでいる勇廻に声を掛ける。


「明日、館から出るぞ」
「うん……えっ?」

唐突の申し出に生返事を返した勇廻だったが、直ぐに真下の方へと振り返る。
寝台に腰を下ろすとギシッと軋むと同時に、その振動に勇廻も委ねる。

「残るのかと思ってた…」
「俺もそうしたいんだが…このヤマは正直ヤバ過ぎる。
命知らずは自覚してはいるが、命が惜しいわけじゃない…。
八敷には悪いが、これ以上クビを突っ込み続けるのはリスクがデカ過ぎる……。

それに……」

真下の手が勇廻の頬に触れる。
愛おしそうに指先で撫でるその仕草に心地良さを覚える。
頬から徐々に下へといき、左側に髪を束ねているお守りでもある飾り紐へと向かい指先で撫でる。


「お前を…失いたくない。
俺の前からいなくなるな…。
お前までいなくなってしまったら…俺はどうしたらいい?

俺には…お前しかいないんだ。
愛する者を失う恐怖を味わうのは…もう沢山だ」


最愛な兄の切実なる心の叫びに勇廻は心を打たれた。
H城樹海で必死になって探してくれた事を八敷から聞いた勇廻は、それ程にも自分を愛してくれている真下に感慨深く思った。
その想いに応える様に頬に当てている真下の手の上に自身の手を重ね掌に唇を当てる。
掌から伝わる唇の温もりと柔らかさに真下は目を見開く。



「私も兄さんを失いたくない……。
兄さんの居ない世界なんて…生きたくない。

ずっと…兄さんの……悟兄さんの傍に居たい…。


悟兄さん……悟……」


妹の深い愛情に真下は目を細め身を屈めると、勇廻の唇に口付ける。
舌を絡めながら体を掛け布団の中へ捻じ込み勇廻の足と絡ませ熱い抱擁を交わす。
深い口付けから解放させると、酸素を取り込む様に何度も呼吸を整える。


「…俺の傍から離れるな、勇廻」
「…うん、悟兄さん」
「いい子だ、俺の勇廻…」

愛おしそうに頭を撫でる真下に、恍惚の表情を見せる勇廻。
それと同じように、真下の表情も勇廻にだけにしか見せない優しい笑みを浮かばせ…再び唇を重ね指を絡ませる。




明朝、翔と別れると真下は館に残る八敷に「無事に生き延びていれば、一杯奢ってやる」と約束を交わしたのだった。
その隣で勇廻が「宅飲みなら腕揮いますよ!」と力瘤を作ってみせた。



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自宅のマンションへ着くと、住人専用の駐車場へと車を停める。
時刻は日付けが変わり少し過ぎていた。
買い物袋を手にした勇廻と真下は自分の達の部屋へ入った。


「…まさかこんな時間になるとはな」
「そりゃあ、そうでしょう…」と呆れるように溜め息を漏らし、勇廻は買い物袋から食材を冷蔵庫に入れる。
真下もそれを手伝う。

「だって、いきなり警視庁に「妹は今日限りで刑事を辞めさせて貰う」って押しかけたら、誰でも呆気に取られるし、唐突過ぎるし…こんなの前代未聞だよ」
「手っ取り早くていいだろ。
それに俺とまた“一緒に”仕事が出来るんだ。
それと比べたら幾分マシだろ」
「……へえーい」


真下は部屋を借り、刑事の経験を活かし探偵事務所を経営する事になった。
刑事を(ほぼ真下から強引に)退職した勇廻はその助手として働くことになったのだ。

また真下と共に働けると思うと……思わず顔が緩んでしまう。


「何ニヤけてやがる。気色悪い」
「兄さん、それが愛する妹に言う台詞?」
「これが俺なりの愛情表現だ。…それは、お前が一番分かっているだろ」
「……嫌なほどにね」

隣で家事の手伝いをする真下の方へ顔を見合わせると、また笑みを浮かべた。
真下もどことなく嬉しそうに僅かに口角を上げた。


――再び訪れた小さな至福の一時。
その幸せを噛み締める様に勇廻は目を閉じた。



生死を掛けたシルシによる呪いの運命に振り回されたあの出来事が昨日のように思い出す。
最初は、真下の後を追う様に廃校となったH小学校へ向かい「花彦くん」に襲撃されシルシを刻まれるも、八敷達によりシルシから解放された。
その次に、メリィから館に残ってほしいとの要望を受けH城樹海に潜む「森のシミ男」により再びシルシを刻まれ命の危機に遭遇したが、真下のお陰で救出され二度目の生還を得た。


…こんな非科学的、非現実な体験を誰が信じるのだろう。
それは恐らく、怪異が佇む『死の領域』に足を踏み入れた者達でしか分かり合えない。
 

ふと、メリィの事を思い出した。
花彦くんにより怪我を負った際、彼女の不思議な力により傷を治してくれた。
メリィ曰く、あまり力を使い過ぎると意識が保てなくなるようなことを言っていたような気がする。
だから、その場にいたつかさと自分だけの秘密にしてくれ、と。


本当に…あの人形は、何者なのだろうか。
何を切っ掛けに意識が宿ったのか。それも九条家当主の能力とでも言った方が良いのか。

九条家の家系…。
記憶を失った八敷さん…。
八敷さんが見たと言う黒いウサギ…。



……ウサギ?


「…どうした?急に黙りやがって」
「…兄さん、今思い出した」
「何をだ」
「森のシミ男に捕まった時、H城樹海のなかであの黒いウサギ…見た」

何を言っているのか分からないと言った様に真下が眉を顰める。
だが、勇廻は続ける。

「八敷さんが見たって言う黒いウサギ…私も見たの。
ほんの一瞬だったけど、でも覚えてる…!

それで、頭の中に誰かの声が聞こえた。
兄さんの声でも、八敷さんの声でも……まして、森のシミ男じゃない全く別の誰かの声。
その声が…私にこう言ったの」


当時の記憶が走馬灯のように蘇る。
森のシミ男に肩で担がれた時、薄れゆく意識の中、僅かに開いた視界の端に黒い靄が見えた。
靄の中心に赤い光が二つ光っていた。
その光は何かを警告するかのように心に訴えかけているようにも見えた。

意識を手放すその刹那に、頭の中でか細く小さな声が響き渡った。












『…呪われし人形……
メリィに…気を付けろ……』





「メリィに気を付けろ…だと。どういう意味だ?」
「分からない…。でも何で今になって思い出したんだろう。
だってメリィさんは、シルシについて教えてくれたり、助言もしてくれて……えっ」

次の言葉を紡ぐのを妨げるかのように、誰かに呼ばれた様な気がした。
咄嗟に頭を片手に当て意識を集中させる。

その声はあの時に聞こえた同じ声だった。
小さく不鮮明な声量だったが、確りと耳に聞き取れた。




『全ての…元凶……皆の集いし場所へ……』



何かに弾かれたかのように顔を上げ、真下の腕を掴む。

「兄さん、今すぐ九条館に向かって!」
「今度は何だ…!」
「八敷さん…八敷さんが危ない!
今話してるのも時間が惜しいの!早く車を…ッ!」
「…車の中で詳しく聞かせてもらうからな」


勇廻の鬼気迫る声に只事ではないと悟った真下は、ハンガーに掛けたトレンチコートを羽織り、車のキーを手にし勇廻と共に部屋を後にする。



深夜だけと言うのもあり、道路を走る車の数が少なかったのと、赤信号に止まる事は無くスムーズに九条館に辿り着くことが出来た。
頭の中に訴えかけてきた謎の声について話し終えると、真下は俄かに信じ難いと眉を顰める。

「つまり…お前の頭のなかに話し掛けてきた謎の声とやらが、九条館に呼んでいると言う事か」
「…多分。あと…「全ての元凶」って言うのが引っ掛かるんだ。
それって…もしかして、H市に怪異を生み出した『ボス』的なものが分かるって事なのかな」
「……その答えは、此処にあるんだろ」

真下が見つめる先に、広大な土地の中に建てられた洋館、九条館があった。
遠方からゴロゴロと雷鳴が聞こえる。
暗雲が九条館の真上に立ち込めているのもあり、不気味さが増す。
何度も訪れていた九条館のはずなのに、今目の前にある洋館は初めて訪れたような錯覚に陥る。

窓を見てみると、明かりが灯されていない様だ。現在館に残っている八敷は外出しているのだろうか?
だが、今まで館の明かりを消灯した事など無かったのではないか?
消すとなるとシルシから解放された印人達が就寝する時のみだ。
館内にいるメリィと、新たな印人と共に館に待機しているはずだ。
こんな真夜中に電気を灯さないのは不自然だ。


「…お前の予感とお前にしか聞こえない謎の声が的中したようだな」
「私いつの間に霊感を持ったんだろう」
「俺が知る訳無いだろうが」

我ながら無意味な事を言ってしまったと自己嫌悪に陥るが、今は落ち込んでる時間はない。
両開きの扉に手を掛けると、ギギ…と音を立てて僅かな隙間を作る。
館内も外と同じように…いや、それよりも深い闇に包まれていた。暗闇の中を、先ずはホールの端の方へと凝視する。



「あれ?メリィさんが…いない?」


真っ暗闇に段々目が慣れて来たのか、ホールの中を見れることが出来た。
シック調の真紅色のソファーに腰を下ろしている球体人形のメリィの姿が無かった。
何処かに行ったのか。いや、そんな筈は無い。
彼女は人形なのだから歩く事など出来る訳が無い。ロボットでもない限りそれは成立しない。


なら、彼女は何処に……。



その時、ホールの奥からドンっと物音がした。





【……To be continued】

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【補足】
はい!いよいよ、決着の時ですね。
死印をクリアした方にはもう全ての元凶の正体をご存知のはず。
また少しオリジナル要素もブっ込むのでお楽しみに!

何故、八敷にしか聞こえない黒いウサギの声を勇廻にも聞く事が出来たのか。
それは、次回で明らかになる……かもです()

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