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「#幼馴染」のBL小説を読む
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13.森のシミ男「共闘」

シミ男は八敷達に蜂を嗾けるが、今まで集めた資料を基に組み合わせたアイテムを用い何とか凌いでいた。
人間養蜂場で採取した「くさい液体」と、調査中に見つけたテニスボールに塗りたくり其れを思い切り投げ付ける。
液体に反応した蜂達は、それに目掛けものすごい勢いで飛んで行く。
転がったボールのまわりに、あっという間に黒雲のように蜂達が群がっている。

蜂がいなくなった事によりガードが手薄になったシミ男に、真下は間髪入れず拳銃を発砲する。
見事に弾丸がシミ男の腹に命中するが、それとは裏腹にニヤッと口元を歪ませ余裕の表情を浮かばせている。

「…効いていないのか!?」
「ちっ…!」

真下の弾丸を受けたにも関わらずシミ男はゆっくりと確実に此方へ近寄ってくる。
生気を漂わせていない瞳孔、血走ったかのように淀んだ色で染まった目を四方へと向けている。
撃たれた皮膚からは赤い血ではなく、蜂蜜と思われる液体がどろりと垂れている。



『ボク…夢、見テる……。何モ…怖くナ……イ…』

ポツポツと恍惚の声を漏らしながらシミ男は歩みを止めない。
ドリル機の騒音と蜂達の羽音の不協和音を奏でる度に、二人を恐怖の底へと誘われる。





「八敷さん!兄さん!!」


背後から緊迫した声が響き渡る。
後ろを振り返ろうとすると、八敷の背中にドンっと衝撃が走った。


「…!勇廻さん!?」

八敷の背中にぶつかってきたのは、真下のトレンチコートを羽織った勇廻だった。
これには、真下も驚きを隠せなかった。

「八敷さん、コレを…!」
肩で息をしながらコートのポケットから薬剤を取り出すと、八敷の前に突き出す。


「…おはよう家族?」
「夢…」
「…え?」

ボソッと呟く声に八敷は首を傾げる。
乱れた呼吸を整えつつ言葉を口走らせる。



「『夢みる限り家族は不滅、もし密告者が出たら……』
『目覚めさせて、叩く。大人しくなるまでやる』
『みんな、気を付けて』『目覚めているとき……家族もただの人』」


まるで歌の歌詞のようにスラスラと口を開く勇廻の言葉に、真下はハッと目を見開く。

「八敷…!噴霧器だ…噴霧器を出せ!」
「な、なに?」
「夢を見ている者を…こいつで、叩き起こすんだ…!
そうすれば…家族もただの…人間、に…!」
「……!そういう事か!」

勇廻の手から薬剤を受け取り噴霧器に取り付けると、シミ男の顔面に目掛けて「おはよう家族」を噴出させた。
すると、シミ男は顔を両手で覆いながら苦しそうな声を上げ数歩後退する。
隙を見せたシミ男を見た勇廻は、いつの間にか自分の拳銃を手にしていた。

「に、い…さん…!」
「ああ…。外すなよ…!」

真下と肩を並べるように隣に立つと、拳銃を構え……一発ずつ発砲した。
二つの弾丸がシミ男の皮膚を貫通し、甘酸っぱい匂いがする液体が止めどなく流れ出した。


『イタイ……ボクは…ウラギリモノ…じゃない……』

シミ男は自分が悪くないと言うように呻きながら、体中の穴から体液をあちこちに撒き散らす。
体液が絡んだ雑草から異臭が辺りを包み込む。

「効いているぞ…!」
「薬剤はあと一個…これで…!」

同じように八敷が噴霧器で薬剤を噴出し、真下と勇廻は拳銃で応戦する。
効果が出たのか、シミ男は全身の脂肪を震わせ、痛みに悶えている。


『イヤだ……、オキルのイヤだぁああぁあーーッ!!』

シミ男は銃弾を受け、苦し気な声を出すもまだ倒れる様子はない。
――だが、確実に弱っている。とどめを刺すのは今しかない。



「…そうだ!コレを組み合わせて……」

何かを閃いた八敷はバッグの中から、瓶詰めされた何かの液体と瑞々しい草の根を取り出した。
蓋をすんなりと開け根に蜂蜜をこれでもかと言う程絡ませ……それをシミ男の口の中へと放り込んだ。

シミ男は反射的に吐き出そうとしたが、直ぐにそれが何かに気付き、猛然と食べ始めた。
蜂蜜の掛けられた草の根を頬張ると……僅かに幸福に満ちた笑みを浮かばせた。




『これデ…カゾク………ミンナ……あエル…』


まるで致命的な毒が全身に回った様に、突然地面へと垂直に崩れ落ちた。
その顔は、御馳走を食べた子供の様に幸せな表情のまま凍り付いていた。
動かなくなったシミ男の周りを、蜂達がいつまでも飛び回っていた……。


程なくして森のシミ男の気配が消えた。
辺り一面には、草木が風に揺れる音だけが残っていた。


「ふん、やっとくたばったか……」

真下は拳銃を構えた腕をゆっくりと下ろすと、安堵の息を零す。
その声を合図に勇廻は腰が砕けたのか、トスンと地面に崩れ落ちる。
蜂蜜で濡れた皮膚に袖を通した真下のトレンチコートの生地がべったりと張り付く。

「…や、やった…の?」
「そのようだ。…勇廻、シルシは?」
「え、えと……。…消えてる!」

前を閉じたコートを少し開け下腹部に刻まれたシルシを確認すると、無事に消えていた。
真下も左手首に目をやると、シルシは跡形も無くなっていた。

「八敷さんのは?」
「…………」

無言。それだけでも分かった。
彼の右手首には、シルシが赤々と残っていた。
どうやら、八敷にシルシを刻んだ怪異は森のシミ男ではなかったようだ。


「……八敷さん…」

勇廻は言葉を失った。
こんな時、どう声を掛けて良いのか分からなかった。



「いや、大体予想はしていた」
「…え?それってどういう…」
「印人はどうやら、自分へシルシを刻んだ怪異に接触すると急激な記憶障害が起きるらしい。
それは…さっきまでの真下や君の様子がそれだ。
森のシミ男が近付いた時に、二人共記憶が曖昧になってきただろう」

言われてみればそうだ。
ガレージで森のシミ男に呼ばれた時や、真下と八敷が山小屋で見つけてくれた時に頭の中が急に真っ白になった。


「もうここには用が無い、ひとまず館に戻るぞ。
……勇廻、立てるか?」

真下は股を開いたまま座りこけている勇廻に声を掛ける。

「……あの…腰が…」
「………」
「ご…ごめん…。安心したら急に……」

申し訳無さそうに勇廻は顔を伏せる。
記憶が薄れてゆく中、シミ男と対峙している真下達の元へ駆けつけてくれた。
シミ男から受けた恐怖は、一般の…いや、普通の人間だと正常を保てる筈は無い。
それを懸命に堪えたのもあり、気付かぬうちに心身共にダメージが重なったのだろう。



「…お前はよくやってくれた。…今回だけな」

不意に体が軽くなった。そればかりか地に着いている筈の足の感覚が無い。
勇廻の傍に腰を下ろした真下は軽々と抱き上げた。
急に視線が高くなった事に驚いた勇廻は、瞬時に頬を赤らめ慌てて真下の方を見る。

「何だ。腰が抜けたんだろ?」
「そ、そうだけど…!!」
「なら大人しくじっとしてろ。…落とされたくなかったらな」
「ぐ……」

悔しさと恥ずかしさが混ざった声を漏らす。
何も口答えが出来ない勇廻に、勝ち誇った顔をした真下はククッと笑い声を漏らす。

……肩と膝裏に腕を回された真下の温もりに安心感を覚えた勇廻は、降参したかのように目を伏せ真下の胸元に頭を預けた。
体を預けて来た勇廻の反応に真下は意外そうに見下ろす。




「……あー…、もういいか?」

八敷が気まずそうに声を掛ける。



___________________________________________


道に迷わないように注意しつつ、入り口目指して歩き始めて数分が経った。
懐中電灯で前を照らしながら進む八敷は、チラッと後ろに視線を送る。

疲れの所為なのか気を失った勇廻を抱えながら進む真下は無言で歩みを進めている。
落とさないように確りと抱き抱え、時折視線を落とし彼女の顔色を窺うその姿は、まるで恋人のようにも見える。

「……なんだ、お前が抱えるか?」

八敷の視線に気付いた真下が口を開く。

「いや…そう言う訳じゃ」


反論の声を上げようとしたその瞬間――手にしていた懐中電灯の灯りが前触れもなく突然消えた。
瞬時に辺りは暗闇に包み込まれる。


「おい、何をやってる。
冗談のつもりじゃないだろうな」
「そういうわけじゃない……!」

何度もスイッチを切り替えるが、中々明かりが点かない。

得体のしれない戦慄が走る。
樹海を包み込む深い闇の中に身体が溶けていくような恐怖感…一刻も早くこの状況から脱出したいと言う焦りが込み上げる。



その祈りが通じたのか、懐中電灯の明かりが戻った。
単なる接触不良だったのか…。


「本当に電池を換えたのか?
俺が持った時も途中で切れて帰る時苦労したんだぞ」
「おかしいな…確かに換えたはずなんだが……ん?」

言葉を途中で途切らした八敷は辺りを見回す。
すると、目の前に小さな影が八敷達の前を駆け出した。

「……ウサギ?なんでこんな所に」

怪訝そうに見つめる真下とは逆に、八敷はウサギから目を離さずにいた。
ウサギは身動ぎもせず、じっとこちらを見ている。まるでここに来るのを待っているかのようだ。


「…あ、待て!」

ウサギがくるっと向きを変えて駆け出すと、八敷は慌ててウサギの後を追って駆け出した。

「おい、八敷!勝手な真似はするな!…くそッ」
八敷の背が遠くなっていくと、真下は腕の中で眠っている勇廻を気にしながら後を追う。



「……う…兄さん…?」

腕の中からか細い声が聞こえた。
気を失っていた勇廻が、腕から伝わる振動と荒い呼吸音で目を覚ましたようだ。

「目を覚ましたか」
「…あ、れ?八敷さんは?」
「……後で彼奴を殴る」
「…は?」

状況を掴めないまま頭が混乱している勇廻に構わず、足を早めウサギの背を追った八敷を探す。



「…あ、いた!」

勇廻が指差す場所に、八敷がいた。
神社と思われる古びた鳥居が立っている前に、肩で息をしながら首をキョロキョロと見回している。
何かを探してるようだ。

そして、動物の小さな鳴き声が聞こえた一点を見つめ、微動だにしなかった。
微かに横にある草むらが揺れたように見えた。


「そこにいたか」

静かに怒りを表しながら真下が声を掛ける。

「貴様、何のつもりだ。
怪異が去ったとはいえ単独行動するのは自殺行為だぞ。
…あのウサギがどうかしたのか」
「ウサギ?」
「お前が気を失っている間に、黒いウサギが現れて…此奴はそれを追い掛けたんだ。
説明してくれるんだろうな?」

ギロっと睨みつけるが、八敷はしどろもどろに答える。

「いや、気になる事があって……ここで見失ってしまったが」
「調べるのは館に戻ってからでいいだろう。
さっさと此奴の身体を洗ってやりたいんでな」

真下の腕の中にいる勇廻の身体は、シミ男の所業により頭からつま先まで蜂蜜塗れでベタついている。
真下から借りたトレンチコートも所々に蜂蜜によるシミがどんどん広がっている。


「…そう、だったな。勇廻さん、すまない」
「いえ、気にしてないですから……ってか、兄さん!身体は自分で洗うから!!」

変な所にツッコミを入れる勇廻の声がどんよりとした森の中へ響き渡る。



【……To be continued】

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