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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -




12.森のシミ男「奪還」

八敷と真下は再びH城樹海に戻ってきた。
ワゴンを駐車場に停めると、真下は我先にと車から降り早歩きでハイキングコースの入口へと向かう。

「お…おい、真下!」

「こロス」と記されたアーチへと歩みを進める真下の背中を見た八敷は慌ててあとに続く。


此処まで来る途中、助手席に座っていた真下は一切口を開こうとしなかった。
車窓に映る夜の景色を眺めながら眉間には皺を寄せ、ギリッと奥歯を噛み締めていた。

八敷は掛ける言葉が見つからず、運転に集中していた。
例え、話し掛けても今の真下には何も聞こえないだろう。
恐らく、彼の頭の中には森のシミ男に呼ばれ行方をくらませてしまった愛する妹の無事を願っているだけだなのだから。



「……くそ、勇廻…!」


そして、彼は小声で妹の名を呟いていた。




不意に真下は歩みを止める。
止まった真下の隣へ歩み寄った八敷も入口付近に立ち尽くす。

二人の視線はアーチの傍らへの方へ向けていた。
つい先刻までそこにいた森のシミ男が座っていた古びたベンチがある。
今は静寂と暗闇に包まれていて、蜂の羽音や気配は全くしなかった。


「……いないみたいだな」
「………」
「……真下?…あ、おい!」

真下は何も言わずアーチの入り口手前に歩み、ゆっくりと膝を折り何かを手にした。



「……あいつのだ」

ポツリと短く呟く真下の手の中には、花の形と思われる飾り紐が結ばれた赤い紐があった。
しゅるり、と指の隙間から紐が垂れ落ちる。
真下の妹、勇廻が常に左側に髪を一つに束ねている際に結んでいる紐だ。


何故それが此処に落ちている?

可笑しな点はそれだけではなかった。
ライトで照らしてみると、赤い紐が粘度の高い液体で濡れている。
怪訝そうな顔つきになった真下が鼻に近付ける。

「……蜂蜜、だな」
「…だが、何故蜂蜜塗れになっているんだ…?」
「知った事か。…だが、これではっきりと分かった。
あいつは…勇廻は此処に居る。森のシミ男も…一緒にな」

勇廻の髪飾りを強く握り締める。


…と、次の瞬間左手首から鈍い痛みが走り出す。
八敷も苦痛で顔を歪め、咄嗟に右手首を握り締める。
二人に刻まれたシルシが鮮やかな赤色に染まりつつある。

時間が無い……。
死へのカウントダウンが始まってしまったのだ。
花彦くんの時と同じように…怪異はすぐそこにいる。


「…行くぞ」

深夜の闇に染まっている生い茂った森林の中を真下は視線を逸らさずに睨み付ける。
一つの光を、自分にとって欠かせない大事な光を一刻も早く見つけ出す為に。




一度通った道を覚えているのもあり素早い足取りで前に進んでいく。
クリスティが言っていた養蜂場へと目指していた。
そして、目的地へと辿り着くと……。

暗闇の向こうから、風に乗って甘い香りが流れてくる。
嗅いだ覚えのあるその香りに八敷はグッと苦い顔をする。
地面には数箱の巣箱がある。恐らく此処が養蜂場の跡地なのだろう。


しかし、それよりも更に釘付けになるものがあった。

樹木の上に掲げられている男性の死体だ。
四方を囲む様に四体の死体が樹上に吊るされている。
その肌は蝋のように真っ白で、全身には無数の穴で穿たれ、そこから蜂が出入りしている。
穴には、螺旋状の模様が見える。意図的に加工されたもののようだ。


――言うなれば、『人間養蜂場』と言ってもいいだろう。

惨劇な死体を目の当たりにした真下は、勇廻と共に見つけた山小屋の女性の死体を思い出した。


「…これは…一体…!」
「…蜂の巣と見立ててるみたいだな。
今回の怪異はとんだサイコパス野郎だ…反吐が出る」

そんなサイコパスな怪異に囚われた勇廻の事を思うと、真下は居ても立っても居られなくなる。
今もこの森の何処かで、恐怖を味わっているに違いない。
早く見つけてやらなければ…!!


ふと、八敷が蜂の巣と見立てられた死体の方に当てたライトの光に何かが反射する。
不審に思った真下は、巣箱にぶつからない様に死体へと近付く。
よく見ると、真正面の死体の手には何かが握られていた。
枝のように固い其れを一本ずつ慎重に広げていくと、鍵が握られていた。

「…鍵か?」
「みたいだな。恐らく…山小屋の鍵だろう。
まだ調べていない山小屋があるはずだ。其処を探すぞ」

鍵を手に入れ『人間養蜂場』を後にすると、別の道にある濃いやぶへと踏み込もうとしたその時。





「…ッ!?」

やぶの中から、誰かがじっと此方を見つめていた。
その人影には生気が感じられない。――幽霊なのだろうか。
八敷は息を飲み込み動けずにいた。

すると、人影は真下をじっと凝視する。
…いや、真下自身ではなく彼のコートのポケットの方へと視線を向けている。
ポケットの中にあるものを思い出した真下は、そっと手を伸ばしそれを取り出す。

森の入り口で見つけた蜂蜜塗れの勇廻の髪飾りだ。


(…まさか、な)
そんな馬鹿な、と思いながら試しに髪飾りを前に突き出してみる。




「………消えた?」

いつの間にか人影が消えていた。
まるで、勇廻の髪飾りを見て安心したかのように。

「何とかなった…か」
「……勇廻さんの髪飾りが効くとはな」
「そのお陰で先に進めるな。行くぞ」

髪飾りを大事そうにコートのポケットにしまうと、真下はやぶの中へと進んでき、八敷もその後に続く。



__________________________________



案の定と言ったところか。
やぶを掻き分け奥に進むと、雑木に囲まれるようにその中心に山小屋が建っていた。

その山小屋へと続く地面には、点々と赤い血が続いている。
血を調べてみると、まだ乾いてなかった。つまり……。


「…新しい血だ」

嫌な予感が真下の脳裏を侵してゆく。背中に冷や汗が落ちる。
人間養蜂場で手にした鍵で扉を開けると、戸口に手を掛け中へと入って行く。

山小屋の中には、甘ったるい匂いが立ち込めていた。
もう何度も嗅いできたそれに嫌気が差した。
八敷が小屋の中をライトで照らしてみると……壁沿いに無造作におかれた白い物に、自然と目が向いた。


――同じだ。
最初の山小屋でも、大きなサイズの麻袋が無造作に置かれていた。
そして、その中には…全身に無数の穴で穿たれていた蜂蜜塗れの女性の死体が詰まれていた。
だが、今回は麻袋が一つではなく……二つ置かれている。

「真下、アレ…何だと思う?」
「………調べるぞ、手伝え」

有無を言わさずに真下が手前の麻袋に手を掛けようとした時だった。

突如、袋の中で何かが動いた。
それはもぞもぞと、断続的に動き続けている。

「………」
「………」

チラッと視線を送ると、額に脂汗を流してる八敷が頷く。
それに応えるように真下は袋の口に手を伸ばし、息を止めてゆっくりと開いた。

今まさに「巣」へと作り変えられている死体…自殺志願者の木村正男がそこにいた。
身体中に開けられた穴の中には無数の蜂が蠢いていた。
袋の中から聞こえた小さな音は、この蜂達の仕業だと分かった。


「…まさかこんな形で再会するとはな」
「……本当は手厚く葬らなければならないが、今はその時ではない。
あともう一つも…見るか?」

遠慮がちに八敷が真下に声を掛ける。
木村正男の亡骸が入った麻袋の隣に、もう一つの麻袋がある。
もうここまで来たのだ。見ない訳にはいかない。
それに…何故だか分からないが、これだけは確認しなければならないと直感で思った。

木村の亡骸を麻袋へ戻すと、真下はもう一つの麻袋に手を掛け口を開いた。



――『ドサッ』。

開いた瞬間に、それはバランスを崩し床へと転がる。
瞬時に甘ったるい匂いが真下達の鼻を擽る。



呼吸の仕方を忘れたのか、息が出来なかった。
脳内で巡り巡る否定の言葉が真下の思考を遮り、視界に捉えたそれに釘付けになっていた。
額から汗が止めどなく流れる。
まるで金縛りにあったかのように、指先一つ動かす事が出来ないでいる。


「…あ…ああ…」

不意に呻き声が聞こえた。
それは自分が出したものだと直ぐには気付かなかった。
最初は八敷から出したのだろうと思っていたが、八敷も真下と同様転がり出たソレから視線を逸らせずにいた。







「勇廻ーーーッ!!!!」



麻袋から飛び出したのは、勇廻だった。
衣服を剥ぎ取られたのか裸体の状態で、膝を抱えたままピクリともしなかった。
髪飾りが解けた髪は蜂蜜により濡れて肩と首筋に張りついている。
よく見ると、彼女の全身には蜂蜜で濡れていた。


「おい、勇廻!勇廻!目を開けろ!!」

倒れた勇廻を抱き起すと、頬を叩きながら何度も名前を呼び続ける。
叩く真下の手がみるみるうちに蜂蜜で濡れていく。だが真下はそんな事など構ってられなかった。
今は勇廻の意識がまだあるのかを知りたかった。

「勇廻さん!聞こえるか!
しっかりするんだ!!」

八敷も一緒に呼び掛ける。だが、何度呼んでも勇廻は反応しない。
二人の頭に嫌な展開が過ぎった。


すると、真下は勇廻を床に寝かすとコートを脱ぎ勇廻の肌の上へ掛ける。
コートの上から胸の中心へ重ねた両手を当て心臓マッサージを開始させた。
数回体重を乗せながらマッサージをし、人工呼吸も試みる。重なった唇から蜂蜜の味がした。



頼む…。目を…目を開けろ!
俺を置いて行くなど許さないぞ、勇廻…!!

息をしてくれ…。早く帰ってこい…!


祈る思いで何度も蘇生術を繰り返すと、それが通じたのか「…ごほッ」と咽る音が響き渡る。
目を見開いた真下は弾かれた様に勇廻の顔を見る。
胸の上に置いた掌から、ドクン…と脈打つ振動が伝わってくる。




「……はぁ…、は……」


口の端から唾液と、口の中にも入ったのか蜂蜜を垂らしながら酸素を取り込むように乱れた呼吸を整える。
肩を上下に揺らしながら、ゆっくりと首を傾け…真下と視線を合わせる。


「…に…兄さ……」

薄く開いた目には確りと真下を捉えていた。
意識を取り戻した勇廻を見て八敷が安堵の声を上げる。

「勇廻さん!良かった…!」
「あ、あれ…?八敷さ、ん…どうし、て……えッ!?」

弱々しい声を漏らしながら話す勇廻の身体を、真下が強引に抱き起すと肩口に顔を押し付け強く抱き締める。
頬や髪は勿論、スーツにも蜂蜜で汚れべたつきが増していく。
真下の吐く息が肌に直接に当たり、熱く擽ったかった。



「……勇廻…。勇廻…!!」


心なしか真下の声が震えているように聞こえた。
確りと抱き締める腕の力が、愛しいとさえ思えてしまう。
それに応えるように、真下の背中へ力の入っていない腕を懸命に伸ばしそっと添えるように手を付ける。

緊張の糸が解けたのか、真下の顔を見れた安心も手伝い勇廻の目に涙が溜まり零れ落ちる。
嗚咽も混ざりながら泣き声を上げ、真下の名前を呼び続ける。

「えっ…、え、ぐ…兄さ……兄さん…ひっく…!」
「……勇廻……ぐッ!?」


二人の邪魔をするかのように、それぞれに刻まれたシルシが灼けるのを感じる。
コートから開けた勇廻の下腹部にあるシルシが紅く輝く様に染まっている。
瞬時に思考が暗雲のように曇ってゆき、思考力が低下していく。

「…この感じ、前にも……!」
「……く、そ……。来やがった…か…」
「………うぅ…」

三人が苦しげな声を出しながら頭を抱え込む。



「八敷…俺はトサカにきたぞ」
「…は?」

最初何を言ってるのか分からなかったが、真下の顔を見た八敷は感じた。
彼の瞳の奥から怒りに染まりつつあることを。



「…俺の大事な妹を……俺の…愛する女を…手を出したアイツに……

後悔させて…や、る…!!」


途切れ途切れに零れる真下の言葉には、沸々と湧き上がる憤怒が混じっていた。
シルシによる記憶欠落に抗っているのか、吊り上げた細い目には怒りに満ちた光でギラギラと輝いていた。
勇廻の肩に腕を回した掌に力を込める。もう二度と離さないようにと…の思いを込めて。


「……真下、行くぞ。怪異と…決着をつける…!」

八敷の決意に満ちた声に、気が遠くなるのを必死に堪えている真下は力強く縦に首を振る。

「…勇廻さんは此処で待っていてくれ。
立ち上がる体力も無いんだろう?怪異は真下と何とかする」

弱々しくコクンと頷く。
ズキズキと痛むシルシに手を当てる。それは今や真紅色に染まりつつある。
タイムリミットはもうすぐそこまで来ている。


「…真下」
「……ああ」

ふらつきながらも立ち上がり、小屋の戸口に手を掛け外へと出る。
後ろを振り返ると、開かれた戸口から漏れた月明りが勇廻を照らされる。
肩幅が一回り広い真下のコートを羽織り、その間から蜂蜜に濡れた柔肌が顔を覗かせている。


「必ず…迎えに行く……」

そう言い残すと、真下は引き戸を締めて再び生い茂る森林へ八敷と共に戻って行った。
怪異と決着つける為に、シルシの呪いから逃れる為に……。

一人残された勇廻は、シルシによる激痛と抜けてゆく記憶の衝動に堪えながらコートを両手できつく握り締める。
そして、二人の無事を祈り続けた――…。


ふと、爪先に何かが当たった。
蜂蜜塗れになった勇廻の足元に、見覚えのある瓶が転がっていた。








シルシの痛みを受けながら森の中へと進行していくと、とろけるように甘い蜜の香りが風に乗って漂ってきた。


――……来た。


不気味な笑い声と、逆鱗に触れる様な不快な羽音。
闇に紛れて何かが此方に向かって飛んで来る。


「…ぐっ!」

咄嗟に顔を庇った腕に鈍い痛みが走る。どうやら蜂に襲われたようだ。


シミ男はたるんだ脂肪を揺らしながら此方に歩み寄ってくる。
顔の周りには、数え切れないほどの蜂の群れが飛び回っているのもあり表情が見えない。

その手には、大きなドリル機を持っていた。
あの器具で数々の死体の皮膚に無数の穴を穿ったのだろう。

そして…勇廻の身体にも、それで穴を開けようとしたのだ。
あの人間養蜂場のオブジェの一つに、と。


「…おい、化け物野郎。
お前は手を出してはいけない“もの”に手を出した。


さっさと地獄に堕ちろッ!!


真下の目から沸々と怒りで満ち溢れていた。
両手に持った拳銃をシミ男に標準を合わせると、硝煙の臭いを立ちこませシミ男の身体へと弾丸をお見舞いした。



【……To be continued】

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