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09.森のシミ男「死の森」

H城樹海に到着し、翔が大男を目撃したという場所に車を停める。
運転に自信がある真下が運転してくれたのもあり、スムーズに目的地に辿り着くことが出来た。

「やっぱ兄さん、運転うまいね」
「これが普通だろ。お前も偶には運転しろ。
何の為に免許を持ってる」
「だって兄さんの方が運転する機会が多いじゃん。
…あ、そうだ。八敷さんから借りたものをっと…」

真下の小言から逃れるように車庫から八敷に借りたバッグと懐中電灯を手にし、樹海の奥へと進んでいく。
ここに来るまでに配置されている道路標示や看板は塗装が剥げ落ちているのを見ると、長い事放置されている事が分かる。

少し歩くと、ハイキングコースの入り口を示す大きなアーチが設置されていた。
一度捜査で寄った勇廻は、眉間に皺を寄せながら懐中電灯の灯りでアーチを照らす。

「相変わらず不気味なアーチだなぁ…」
「こ……ロ……ス……、か。
この森にはピッタリの言葉だな」

偶然…なのだろうか。それにしては出来過ぎている。
しかし、此処で考えても答えは見つからない。



「取り敢えず、入ろうか…。
翔くんが言っていた大男がいるかどうか検証しないと」

真下は口で答える代わりに、勇廻が手にしている懐中電灯を奪い取り先頭に立ちアーチを潜り抜け歩みを進める。

「え、ちょ…兄さん!暗いって!」
「中は広い、調査には時間が掛かりそうだな。
遅れるなよ」

簡潔に述べる真下の背を慌てて追う。
先頭は自分に任せろ、と言ってるのだろうか。
真下の背中が、いつもよりも広く感じた。



夜の森なほど不気味なものは、まずないだろう。
それも自殺の名所となると、嫌でも恐怖度が増してくる。
懐中電灯を持っていないと、あっという間に夜闇に引きずり込まれてしまう程樹海は暗かった。
懐中電灯の淡い灯りが希望の光のようにも見える。

樹海の入り口から道なりに進んでいる最中、ハイキングコースにあるまじきものが立っていた。


「…卒塔婆だ……」
「自殺者の供養の為に建てられたんだろう。
…ん?何か書いてあるぞ」
「え、何だろう…。兄さん、灯り」

勇廻が卒塔婆の前に屈みこみ、隣に真下が並ぶ様に膝を折り懐中電灯で照らす。
そこには、マジックペンで走り書きのような文字で何か書かれてる。





――『真実の反対を言え!ツ れ て イ カ レ ル ゾ!』。



「ふん…、成程な。
いかにも自殺の名所って感じだ」


…本当にそれだけなのだろうか。
この言葉はまるで自分達に対する警告メッセージのようにも聞こえる。
真実の反対……つまり、反対語を言えば良いって事?


と、その横に…細い道が続いてる事に気が付いた。


「ん?勇廻、どうした」
「ほらあそこ」
「けもの道か。そっちも調べてみる必要があるな」

雑草に足を取られながらも、何とかけもの道に進んでいく。
うわ……、ヒールの隙間から木の枝とか木の葉が入ってくよ…気持ち悪いなァ…。
それを我慢しながら真下の後ろをついていく。
前を進んでいる真下がチラッと此方へ首を向ける。

「ちゃんとついて来てるか」
「いるよー。ちょっとヒールん中に木の葉が入って気持ち悪い」
「それくらい我慢しろ。それか裸足で歩くんだな」
「…ドS……」

ハイキングコースを外れたけもの道は、月明りも差さず仄暗かった。
雑草が生い茂っており、懐中電灯がないとどの方向に向いているのか分からないくらいだ。


「懐中電灯がないと絶対に進めないね。
此処は人間心理学の「左回りの法則」を元にして……」

足を踏み出そうとすると、真下が手で制し動きを止めた。
どうしたの?と聞こうとする前に、そっと唇に人差し指を当てる。
――静かにしろ、と。

すると、やぶの方から雑草を掻き分ける音と小枝を踏む音が聞こえて来た。
暗闇の向こう側に誰か居るみたいだ。
息を殺しながら、暗闇の中を凝視する。何処からか近付いてきている。




「な、なんだ…?!」


やぶの中から、野太い声と共に一人の男が現れた。ひどく憔悴しきった顔をしている。
生きている人間だと分かると、安堵の息を漏らす。

「脅かさないでくれ…。
こんな暗い所に突っ立ってるから驚いたじゃないか」
「え…あ、すみません。
まさか人がいるとは思っていなくて」

つい謝ってしまった。
確かに突っ立っていた此方も悪いが、寧ろこんな暗闇の中懐中電灯やライターなどの灯りを持たずにウロウロしているこの男にも非があると思うのだが…。


「あんた、ここで何を……」

言い掛けた言葉を止めた。
質問の答えを、とっくに知っていた事に気付いた様子だった。

……あ、此処は『自殺の名所』で有名な場所…そういう事か。



「なんだかなぁ……、もうやってられなくなったのさ。
やりたくもない仕事で、人が必死に働いてる時に……。
ええ?どういう神経してたら、オトコ連れ込んだりできるだろうね」


語尾を強めながら恨めしそうに呟くと、男は頭を抱え込む。
…と思ったら突然、木の幹を蹴り飛ばして目を血走らせながら呻き始めた。


「くそっ…、くそぉおおぉ…!!
ねえ、あなた教えて下さいよ?
どういう神経してたら、そんなこと出来るんですかねえ!?ええッ!!?」


あまりの迫力に思わず肩が跳ね上がりそうになる。
どうやら興奮すると、手が付けられなくなるタイプのようだ。
真下は冷静に激情した男の様子を伺っている。制した手はそのままで勇廻を守る様な形になっている。


「何か言えるもんなら、言ってみろってんだよこの野郎ォッ!!!


ま、マズい…。そんな大声で騒がれるともしかしたら怪異に気付かれてしまう。
まずは黙って話を聞くしかない。下手に制する声を上げたり、同情してもこういうタイプには火に油だろう。
二人が何も言わず黙っていると、男はその沈黙を別の意味で解釈したようだった。


「おおっと……。
もしかすると、そちらも似たような感じなのかな。
そりゃそうですね。こんなとこに居るんだから」

落ち着きを取り戻したと思いきや、再び表情を強張らせ息を荒くし呪詛の言葉を吐き出す。

「はぁ、はぁ……。私が…何をしたって言うんだ。
散々コキ使われて、それでも我慢してたのは誰の為だと……。
去年の記念日にだって、ちゃんとバッグを買ってあげたじゃないか!
くそ……くそっ!それが、男なんか作りやがって!!」

駄目だ。完全に怒り狂ってる…。
波乱万丈な人生を歩んでいたのだろう。でも、下手な相槌や世辞は避けた方が良い。
これ以上大声を出されたら……。

「ねえ、そこのあなた。私、何か間違った事をしました?
どうなんです?はっきりしてくださいよ。
私、何か間違った事しましたか?」
「…おい、誰か来たみたいだぞ」

真下が前方を指差すと、男は「な、なんだ!?」と怯えた声を出しビクッと肩を震わせながらその方向へ体を向けキョロキョロと辺りを見渡す。
それにつられた勇廻もそこへ視線を向けるが、真下が小声で「馬鹿、嘘に決まってるだろ」と呆れられた。



「も、もしかして…あの変な男かな」

男から聞き捨てならないキーワードを呟いたのを聞き逃さなかった。
思わず、勇廻が恐る恐る尋ねる。

「変な男、とは?どんな姿でしたか?」
「えーと…何か体中が黒いシミだらけで大きな男だったかな…。
じっとこっちを見てきて……思い出しただけでも、気持ちが悪いですよ」

男の証言に真下と勇廻は顔を見合わせる。
もしかしたら、その男がメリィが話していた森のシミ男かもしれない。


「私が死んだと聞いても、きっとあいつは笑ってますよ。
浮気野郎の隣でね……」

折角話題が逸れたと思ったのに、男が話を戻してしまった。
真下は聞こえない様に舌打ちをした。

「……。ふっ…、しかし考えたら可笑しいじゃありませんか。
散々苦しんだ私が、なんであいつを喜ばせなきゃいけないんですか。
…馬鹿馬鹿しい。…こんなことは、もうやめだ!
あんな馬鹿の為に死ぬのは」


どうやら思い留まってくれたようだ。
死ぬ努力よりも、まずは何かをする努力を優先にした方が良い。
死んでも何も残らないのだから。

「そうですよ。きっと、私だってまだ……」

男は足元を見て、それからチラリと此方を見た。


「……やり直せるはずですよね?」
「え、ええ。きっと大丈…ぶッ!?」

最後まで言わせまいと真下が勇廻の口を片手で塞ぎ声を出さないようにする。
そして、冷酷な一言を捧げたのだった。



「無理だろうな。やり直せれると思ってるのか?
どうしてなのかは、自分の胸に聞いてみるんだな」


な、なんて事を…ッ!!
折角思い留まってくれたのに、また窮地に立たせてどうするの!?
反論しようとしても口を塞がられているので声を出せない。
だが、意外にも男は真下の言葉に頷く。



「…でしょうね。自分でもそう思いますよ。
この齢までこれで生きて来たんだ。今更どうにもならないからね」


あ…あれ?また怒るかと思ってたんだけど。

「今夜じゃなくても、どうせすぐ死ぬ。それまでの辛抱ですよ。
其方に何があったかは知らないが…考え直した方が良いですよ。
まあ、見た感じあなた達は大丈夫そうだけど……恋人ですか?」
「……兄妹だ」
「はぁ…、ご兄妹でしたか…」

男はふと、何か思い出したように付け加えた。

「そうそう。申し遅れました。
私、木村正男といいます。
またどっかで会う事があったら…酒でも奢らせて下さい。
それじゃあ、また…」

自殺志願者の木村正男は、ひとしきり話して去って行った。
男が見えなくなると、漸く真下は手を離し勇廻を解放させる。

「ふっ、典型的な社会的敗残者だな。この森には良く似合う」
「…またキレると思ってたんだけど」
「あんな奴に下手な世辞、同情なんぞ逆効果になるだけだ。
現実を見せてやるのが一番という訳だ。
あの卒塔婆の走り書きもある意味役には立ったか」
「……勉強になります、先輩」
「今更先輩呼びはやめろ、気色悪い」
「…兄さん」
「それでいい。
…時間を食ってしまったな。探索に戻るぞ」

真下の言葉に一つ頷くと、懐中電灯を照らしながらけもの道の奥へと進んでいく。
すると……。




「あれ?こんなところに小屋…?」


生い茂った草木の真ん中に佇むように建てられた山小屋が顔を見せた。
恐らく登山者の休憩スペースなのだろう、と解釈しながら扉の引手に手を掛ける。

「うわっ!」
「なんだ?」
「や…なんかベトベトしてる…」

ほら、と言いたげに真下の前に手を開いて見せる。
確かに勇廻の細い指先に粘度の高い液体が僅かに垂れていた。
それを凝視していた真下はそっと手を取り顔を近付けくん、と嗅いでみた。


「……蜂蜜か?」
「え?…あ、ホントだ。甘い匂いがする。
でも、なんでこんなのが扉についてるの?」
「それは此処を調べたら分かるだろう」

疑問を抱きながらも小屋の中に歩みを進める。


「……………」

屋内を見た真下の顔に影が走った。

「……兄さん」
「…お前も気付いたか」

そりゃそうだ。
この職に入ってまだ浅いが、それでもこの屋内の違和感に気付かない方がおかしい。


「整い過ぎてるね…」
「ああ、不自然だな。
とても放置家屋には見えない」
「…誰かが住んでるのかってくらいに、だね。
それか誰かが通ってるのか……」
「なら、早いとこ調査をするぞ」

促す様に真下が口を走るが、中々足を踏み入れなかった。
その理由は――…。



「…アレ、何だと思う?」


勇廻が指差すところには、壁に凭れる様にして無造作に置かれている麻袋があった。
見た目だとそこそこ大きなサイズだ。まるで人一人が簡単に入れそうなくらいに。

「確かに気になるな。…見てみるぞ」

真下は慎重に麻袋の口を開けたが……、それは直ぐにバランスを失って床へと崩れ落ちた。
そして噎せ返る程の甘い匂いと生臭い死の臭いに小屋の中を包み込む。
あまりの異常な臭いに勇廻は「う…!」と呻き声を漏らしハンカチで鼻と口を覆う。
転がり出たソレに、真下は視線を逸らさず眉に皺を寄せていた。

「半分ぐらいは予想通り……だな」


転がり出た中身は、女の死体だった。
着衣のままの成人女性の肌には、全身に無数の穴で穿たれている。
恐らく鋭い筒状の器具などでえぐったのだろう。

――異常なのは、殺害状況だけではなかった。
奇妙なことに、女性の死体は全身しっとりと濡れていた。
その答えは直ぐに分かった。


「…蜂蜜?
つまり、死体に穴を開けてその後に蜂蜜漬けにしたって事?」
「興味深い死体だ…。こいつは興味深いぞ」

真下がいやに関心を惹かれている。
それは勇廻も同じ心境だった。


――同じだ。
真下と勇廻が慕っていた先輩の死体の状況と驚くほどに一致していた。
H城樹海の中に見つかった先輩も、同じように全身を蜂蜜で濡らし肌に無数の穴を穿たれていた。
もしや…同一犯の仕業なのか?今回の怪異との関連性もあるのではないか。
扉の引手に付着していた蜂蜜も、もしかしたらこの死体に……。


「できるだけ早く、此処を出た方がいいよ。
小屋の中を急いで調べよう」
「ああ、同感だ。
死体は元に戻しておこう。下手に手を加えない方が良い」

真下の提案に静かに頷き同意を示す。
仮に犯人が戻ってきて、麻袋に入っていた死体が転がっていると不審に思い侵入者が来たのかと警戒するに違いない。

「……現場の保全は捜査の基本、だよね」
「ほう?よく覚えているな。
さすが俺の妹…と言っておこう」
「素直に褒めてくれてもいいと思うんだけどな」
「早く手を貸せ」

真下はそれには答えずに(恐らく態とだろう)、死体を元の麻袋に戻す作業に取り掛かる。
諦めた勇廻は死体に弔いの意を込めて合掌すると、真下と共に元の場所へ戻し速やかに小屋の探索を始めた。



【……To be continued】

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