08.森のシミ男「兄として」

深夜に訪問してきた翔に、メリィはシルシや怪異について全て話した。
翔はと言うと、青白い顔で大人しくメリィの説明を最後まで聞いていた。
シルシに刻まれた者は数時間後に命を落とすと分かると、その顔は更に血の気を失っていた。時折「嘘だろ…」とうわ言のように呟いている。


「では、翔様…。
貴方様は既に、記憶の欠落を感じているのですね」

まだメリィに慣れていない翔が顔を引き攣らせながらも、九条館に訪ねた理由を話してくれた。

「お、おう…。オレ、記憶力にゃ自信ねぇし、初めは気のせいかと思ったんだ。
けど、あまりに物忘れが酷いんで、ありえねぇと思ったわけだ。
それを怪談好きのダチに話したらよ…このヘンな痣……シルシだっけ?
こいつの所為だって脅しやがるんだ。オカルト雑誌にも、そんな事が書いてあるしよ。

…それで此処に来たっつー訳だ」


オカルト雑誌?
九条サヤはオカルト雑誌にも、シルシについての記事を載せいているのか。
…そう言えば、萌ちゃんも車の中でオカルト雑誌で九条サヤさんの広告を雑誌で見たって言ってたな。

「まさかバケモンの所為とはな…、有り得ねぇよ……。
なんで俺がこんな目に……」
「信じられないのが普通だろうな。
だが信じられなきゃ、死ぬ事になる。
犬死したくなければ、さっさとシルシを刻まれた状況を思い出せ。幾ら記憶力に自信が無くても、その程度は憶えているだろう」

先を促す真下にムッとした翔は、仕返しにと鋭い眼光を飛ばす。

「馬鹿にすんな、そこまで鳥頭じゃねぇよ」
「兄さん、一言多過ぎ」

勇廻が注意すると、そっぽを向き知らない振りをする。
子供かアンタは!と内心思いながら真下を見つめる。


ヘンな空気に変わらない内に、八敷は慌てて話を戻させる。

「…そ、それで?」
「このシルシはH城樹海で付いたもんだ、まず間違いねぇ。
なんつってもよ…あの樹海は呪われてるって噂だしな」
「H城樹海?何処だ、そこは」
「H市の西に広がってる、クソでっけぇ森だよ。
…って、はぁ!?おっさんそれはねぇだろ!
そこ等のガキでも知ってるくらい常識だぜ!?」

翔は八敷の発した言葉が信じられないと言うように大袈裟なリアクションをする。
自分の本当の名の記憶を欠落した八敷はもはや苦笑するしかなかった。

「あの樹海はH市の掃き溜めだな。正直、ロクな噂がねぇ。
産廃の不法投棄なんて当たり前のように行われてるしよ」


H城樹海……。
確かにあそこにまつわる噂はロクなものが無い。
頭上に「?」を浮かべている八敷に、真下が付け加えるように言う。

「遺棄の対象は『モノ』とは限らん。
黒塗りの車が、若い女の死体を捨てるのを目撃した…。
若い母親が赤子の面倒を見きれず、首を締めて殺して埋めた…だったか、勇廻?」
「そう…だね。
あそこは「いわくつきの森」って言っても過言じゃないの。
それ程ロクでもない噂がわんさかとある訳。
……本当か嘘かは別として」

二人の会話に反応した翔も会話に参加する。何故か喜々とした口調で語り出した。

「その手の話はオレも聞いた事あるぜ。
迷い込んだガキが野犬に食われて、胴体だけが見つかったとか…
殺人鬼が山小屋に隠れてて、近付く奴を片っ端から殺してるとか、よ」
「怪談話は苦手なのに、その手の話は大丈夫なの?」
「……其処突っ込むなよ。
オレも樹海の近くまでは行くが、中に入った事ねぇな。
まともな人間は、あんな場所入らねぇよ」
「…じゃあ、樹海が呪われていると言うのは?」

続いて八敷が質問すると、その瞬間翔の顔がギクッと強張った。

「オレに怪談話をさせんじゃねぇ……。
喋ってるだけで、鳥肌が立っちまうんだ…」

頑なに拒む翔に、「ちっ、情けないガキだ」と真下が毒を吐く。


「妙な噂が広まるのは理由があるんだ。
H城樹海は自殺の名所として有名でな。ホトケが発見されてるだけでも、年間50人前後が死んでいるらしい。
前には、数十人規模の集団自殺もあったしな。

そう言う心霊的ないわくには、事欠かない場所だ」

あー…、そう言えばまだ死体に慣れて無い時に、其処で現場調査してて自殺した人達の死体を見て軽く吐きそうになったっけ。
…真下兄さんが傍で面白そうに見てたのを今でも忘れないぞ。

真下の薄気味悪い話が終わると、翔は苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「翔くん、大丈夫?」
「………お、おう」
「じゃあ、これが最後。
なんで夜の樹海にいたの?…まさか……」

自殺願望者?と言いかけると、それに察した翔は「ちげぇよ!!」と怒号を上げる。

「ツーリングに決まってんだろーが!
あの辺りは夜になると誰もいねぇから、走るには絶好の場所なんだよ。
静かな場所を無心で走ってたらよ、頭ン中の嫌なモンが吹っ飛ぶからな。

…言っておくが、俺は免許持ってるぞ。違法改造もしてねぇからな」

急に真面目な話を持ってきた翔に、不覚にもクスっと微笑んでしまった。
勇廻の笑みに反応した翔は仄かに頬を染めると、視線を泳がせながら人差し指で頬を掻く。

「ふっ、結構な話だ。
無免許運転の現行犯は、そこの中年だけで間に合ってる」
「………」

八敷は何も言葉を言い出せず、ただただ苦笑を浮かべるしかなかった。


「へー。おっさん意外とツッパってんだな?
…で、その日も機嫌よく飛ばしてたら急に単車の調子が悪くなっちまってな。
故障かと思って調べたらよ…いつの間にか痣ができてたってわけだ」


翔から情報を全て聞き出すと、不満な声を出したのは真下だった。
態となのか聞こえやすい様に舌打ちをする。

「ちっ、肝心の怪異の情報がないじゃないか。
何か言い忘れてるんじゃないか。隠し立てするなら容赦せんぞ」
「クソッ、威張り腐りやがって。
ちょっと待ちやがれ、思い出すからよ…」

眉間に皺を寄せぶつくさ文句を言いつつも、記憶を掘り起こそうとする翔に勇廻は申し訳ない、と心の中で呟いてた。
そして何か心当たりを見つけたのか「あ!」と声を上げる。


「……そういや。
幽霊とかバケモンじゃねぇけどさ、ヘンなものを見たぜ。
道路から見える樹海の中によ『大男』が立ってたんだ」
「大男?木の影を見間違えただけ、とかじゃないな?」
「正直、自信は無いぜ。森の中は暗かったからな。
それに、見えたのは一瞬だけだしよ」


大男?それはまた極端な話だ。
それだけで怪異と解釈するのも難しいのではないだろうか。
翔本人も自信がないと主張しているし、この話を当てにしても良いものか…。




「宜しいでしょうか?」


皆が考えている中、メリィが申し出た。
メリィなら何か知っているのかもしれない。


「実は、あの樹海にまつわる怪異の噂はいくつか御座います。
その中でもし、翔様のお話に当てはまるものがあるとすれば……


『森のシミ男』の噂だと思います」


森のシミ男?その噂は聞いた事は無い。
メリィが森のシミ男について語り出した。


「森のシミ男は、出逢った人間に奇妙な問いかけを行った後…手にしたドリルで相手を殺してしまう、大男の怪人だそうです。
翔様が見かけた怪異の正体は、彼の者かも知れません。
…確証では御座いませんが……」



「なら、裏取りをするまでだ。さっさと樹海へ向かうぞ。
捜査は足で稼ぐもんだ」

準備をする真下を見て、翔が信じられないと言いたげに顔を顰める。

「おいおい、マジかよ…。
夜中にあの樹海へ行くなんて、完全にイカれてんぜ…」
「なんだ、ビビってるのか?」

少し挑発する様に八敷が問いかける。
すると、挑発を過剰に反応した翔が怒りにより顔が真っ赤になり声を荒げる。



「あぁん!?んだとコラッ!?ブルってるわけなんかねぇだろ!
あの大男がバケモンっつーなら、オレがぶっ殺してやる!!」


…あ、八敷さんの表情がしてやったりの顔になってる。
きっと内心「扱いやすい奴」だと思ってるだろう。
それにしても、翔くんはなんだろう。
凄く分かりやすいと言うか、素直と言うか……悪い意味ではなく。


「目的地は決まったな。では……」

誰と同行するかで悩んでいる八敷に、勇廻が手を上げる。



「ねぇ、八敷さん。私が行きます」
「勇廻さんが?…どうして?」
「ほら…花彦くんの件では何も出来なかったからさ。
その償いって言うか…。
一般市民に任せっぱなしで待機するのも刑事としてあるまじき行為…だと思ってさ」


勇廻の思いを聞いていた翔は口笛を吹いていた。
茶化していると言う訳ではなく、勇廻の刑事としての決意に感心したようだ。



「だったら、その刑事の手伝いをする者もいないとな。
八敷、樹海は俺と勇廻で行ってくる。お前とガキは館で待機していろ」
「しかし、真下…」
「おい、オッサン!何勝手に決めてんだよ!」

困惑する八敷と翔を余所に、真下は耳も貸さず勇廻の手を引きガレージへ向かう。




「此奴の覚悟を無駄にさせるな。
それに、此奴の事を俺が一番理解しているんだ。
何も心配いらないだろ」

そう吐き捨てると、八敷と翔は口を閉ざす。
真下の真剣な眼差し…兄として大切な妹を守ると言う意思を前にして何も言えなかった。



「それでは、真下様と勇廻様。
準備が整いましたら、H城樹海へ向かって下さい。

まずは、翔様にシルシを刻んだ怪異の確認が目的となります。
では、よろしくお願いいたします」

メリィの指示を受けて、真下と勇廻の二人はH城樹海へと調査に出た。



「なぁ、オッサン。
あいつら、大丈夫なのかよ?」
「…真下がついているから心配ないだろう。
それに、怪異の確認をするだけだ。直ぐに戻ってくる…はずだ」
「……だと良いけどよ。
しっかし、姐さんもあの野郎と一緒だと苦労しそうだな」
「…?姐さんとは?」
「あぁ?あの真下って旦那の妹さんに決まってんだろ」

いや、そう言うつもりで聞いたのではないと心の中でツッコミを入れた八敷だったが、翔は直ぐに答えた。


「姐さんの刑事としての心意気を聞いてよ、他の刑事野郎やサツの奴等とは違うんだなって思った訳よ。
少なくとも俺が出会ったサツ等と比べたら幾分姐さんの方が肝据わってるな」

感心の声を漏らす翔に八敷はどう答えて良いのか分からず「…そうだな」と返事をした。
その数分後に館の外で車が発車する音が聞こえ、それは徐々に館から遠ざかっていった。



【……To be continued】

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