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07.森のシミ男「新たな夜」

花彦くんと対峙して事を片してから三日の時が経過した。
未だに八敷にシルシを刻んだとされる怪異の情報を得られていない。八敷の焦りも加速していくばかりだ。


…無理もない。
シルシを刻んだ怪異を倒さないと、八敷は死の運命から免れないのだ。
新しい夜を迎える度に、いつ命を落とすのかと不安で仕方が無いだろう。


唯一外出できる勇廻と真下は、現役で鍛えられた“足”で付近を始めとし怪異について調査に出ている。
記憶障害で身分証明書すら持っていない八敷が外に出るよりも、現役刑事である勇廻と元刑事の真下の二人で手分けして調査するのが良いと判断したのだ。
その代わり、八敷には謎に包まれている九条館内を調査することになっている。




――九条館に残っているのは、シルシを刻まれた八敷にシルシが消えた真下と勇廻の三人と、メリィの一体である。


メリィ曰く九条サヤの遺言で、シルシを刻まれ無事に消えた印人は九条館から去れとの事だ。
萌とつかさは未成年と言うのもあり、いつまでも九条館に留まる訳にもいかないのも一理ある。
ましてや親に黙って深夜に家を抜け出したのだ。保護者も黙ってはいられまい。

二人に続いて、着替えを持ってきてくれた真下と共に着替えを済ませた勇廻も館から出ようとした時だった。



「真下様、勇廻様。少し宜しいでしょうか?」

メリィに呼び止められる。
何事かと思い歩みを止めメリィに顔を向ける。

「なんだ。俺達はもう用済みなのだろう?」
「いえ、その逆で御座います。
誠に勝手だと承知ですが…お二方には八敷様の手助けをお願いしたいのです」
「……えっ?」

これもまた予想外の発言だ。
だが、それだと亡くなった九条サヤの遺言と反する行為になってしまうのではないか?
一瞬考え込んだ勇廻だったが、真下は追及する。

「…この館に残って俺達に何のメリットがある?」
「真下様からこの様な相が出ております」
「残念だが、俺は占いには興味がない。
そう言うのは妹を見てやれ」
「兄さん、メリィさんの話を聞こうよ…」

容赦ない真下の態度に頭を下げた勇廻に、メリィは「お気に為さらず」と返してくれた。
どうやら気分を害にした訳ではないらしい。
真下はと言うと面白く無さそうに眉を下げ腕を組むと、メリィの言葉の続きを待つ。




「真下様の相にはこう出ておられます。


――貴方の追い求める真実は此処で手に入ります」



ピクッと真下が反応を示した。勇廻も同じように目を見開く。
真下の追い求める“真実”……もしや…。



「その『真実』とやらが…此処で留まると何かが分かると言う事か?」
「それを信じるのは真下様、貴方様次第で御座います。私はただ助言を申し出た迄です」
「………」


一瞬、真下の表情が強張ると、口元に手を当て思考を巡らせる。
勇廻はそんな真下の様子を見守る。



ふと、真下と共に刑事で過ごしあった日々を思い出した。
そこには刑事として数えきれない程の教えを教訓して貰った『ある人物』を思い描く。
その人物は真下にとって心から尊敬している者であり、それは勇廻にとっての大先輩でもあった。

だが、彼の者はある事件を追い――帰らぬ人となった。

殉職したその人物…『先輩』が解決出来なかった事件の真相を突き止めようと、真下と勇廻の二人は事件を追い求めた。
事件に深追いし過ぎた真下に突如クビを下された。勇廻を庇う為に真下は「単独で調査をした」とでっち上げた。

一人残された勇廻は、事件を追う事を心に誓った。
そして……H小学校に調査した結果、常識では超えられない未知なる世界へと足を踏み込むことになった。


――…死と生の狭間へ、と。




そして、真下からの答えは……。










「おい、勇廻」

急に名前を呼ばれてハッと我に帰る。
陽が落ち空一面がどっぷりと夜の暗闇に染まり九条館に向かっている中、過去へ意識を飛ばしていたようだ。
隣を歩いていた真下は怪訝そうな面持ちで勇廻を見やる。

「呑気に考え事か?」
「や…、ちょっと昔の事思い出してて…」
「…足を踏み外して、転ぶなよ。
それよりもお前の調査結果はどうだ?」

「転ぶかッつの!」と反論しつつ懐から茶封筒を取り出し、親指と人差し指で持ち上げた書類に目を通しながら答える。


「取り敢えず職場に戻って色々聞いて回ったけど、H小学校の件ではまだ騒がれてないみたい。
…危うく課長に謹慎処分受け掛ったけど」
「免れたのか?」
「…そこは深く追求しないで。それで兄さんの方は?」

無造作に頭を掻きながら真下が答える。

「お前は知らんと思うが、一人行方不明者が出ているんだ」
「…へ?嘘!?誰が?」
「H小学校付近を警備していた男なんだが、生憎花彦の犠牲になった。
それは八敷とあの女子学生も目撃している」

……萌ちゃんか。
そう言えば、私が宙吊りにされていた時、八敷さんと萌ちゃんが一緒にいたもんね。
H小学校に探索していた際にその警備員の人と会ったのかもしれない。

「でも、行方不明になってたらその警備会社の所から届けが出ても可笑しくない?
なのに何でだんまりしている訳?」
「その警備会社が問題なんだよ。
労基署にも目をつけられているヤクザな会社でな…。
警察沙汰になるのを嫌がっている」

あー…、所謂ブラック企業か。
思わず行方不明になった警備員に同情してしまった。
行方不明になったのにも関わらず、表沙汰にしたくないが為に届けを出さないなんて…汚い連中だ。

「それに、そんなクソ会社だけに無断退職した連中もザラにいてな。
山下……警備員の名前だが、そいつもトンズラしたと思われてる。代わりの人員を派遣する件も、その辺りが原因で揉めてるらしい。
山下は一人暮らしだし、家族から捜索願が出るのも時間が掛かるはずだ。
その時が来た時お前に任せるぞ」
「ちょっとー…、厄介事を押し付けるのはどうかと思いますぜ?」
「刑事なんだろ?ちゃんと仕事をしろよ」
「……兄さんも刑事じゃん」
「『元』刑事だ」


そんなやり取りをしていると、いつの間にか九条館に辿り着いた。
両開きの扉を開くと、ホームの隅っこに置かれているソファーに腰を下ろしているメリィと目が合う。
いつもと変わらない姿を見ると、何故か安心感に包まれる。
…これも、慣れと言うものだろうか。

「おかえりなさいませ、真下様、勇廻様」
「メリィさん、ただいまー」
「…八敷は?」
「八敷様はご自身のお部屋にいらっしゃいます。
…真下様、お手数ですが八敷様を此方へお呼びして貰えないでしょうか?」
「人使いの荒い人形だな」
「申し訳ございません。私はこの通り動けないので…」


御尤もな返答に真下は更に眉間に皺を寄せながらも、八敷がいる部屋へと向かう。
なんやかんやで言うことは聞くんだ…。兄さんは、素直じゃないからなー。



「……ところで勇廻様。
あれからお身体の方はもう大丈夫でしょうか?」

不意にメリィが心配そうに声を掛ける。

「うん、平気だよ。メリィさんに治してもらったお陰でこうやって立っていられるし」
「それは良かったで御座います。
お役に立てられているようで少し安心しました」

安堵の声を漏らすメリィ。
メリィは自分が役に立っていないと言うが、とんでもない。

寧ろメリィがこうしてシルシを刻まれ死の淵へと落ち掛けている印人を生還させる為に、皆が無事に日常の世界へと戻れる様に助言をしてくれている。
それ程メリィは心強い存在なのだ。



「メリィさんは私達を助ける為にアドバイスをしてくれるじゃない?
それだけでも凄く助かってるんだよ?現に花彦くんの件についてもそうじゃん。
メリィさんの助けがなかったら、私や兄さん、八敷さん達はどうなってたか…」


改めて感謝の言葉を伝えると、メリィは少し驚いた(ような気がした)表情を浮かべ、直ぐに元の調子で「とんでも御座いません」と返事をした。
そんなに驚く様な事を言ったかな?


…そもそもメリィさんって、どれくらい九条館にいるんだろう?
それに、いつから自我を持つようになったのだろうか。

怪異に詳しいメリィ。
怪異について追究し、シルシの餌食に遭い命を落とした九条家当主の九条サヤ。
死を招く呪われた刻印『シルシ』…。
シルシを刻まれた憐れな印人達……。


――二人のつながりは一体何処から来たのだろう?
シルシはいつから発症するようになったのか……まだその謎も残っている。

これは現実と言う領域からかけ離れた問題でもある。





「おい、呼んできたぞ」

部屋で調査をしていた八敷を呼びに行った真下と合流すると、メリィが真下に礼を言うと皆の顔を見るように交互に視線を送りながら口を開く。


「お待ちしておりました。どうやら怪異の調査に手古摺っているようですね。
私にもっと便利な力があればよかったので御座いますが……」

いやいや。貴女は「怪異から受けた傷」を治す超便利な能力があるでしょうに。
…と、喉から言葉が出掛けたが、メリィから口止めされているので何とか堪えた。

「確か、印人の気配は分かるんだよな。怪異の気配は分かったりしないのか?」
「……。怪異がこの館の敷地までに来れば、察知出来るかと存じます」

……頼りに出来そうにない、と顔に出している八敷に勇廻は苦笑いをする。
真下は表情を変えず溜め息を零している。


「えーと…、じゃあ印人の気配を察する力以外で他に何かあったりはしないの?」
「そうで御座いますね…。
人の運命の進んでいく先を、ぼんやりと見る事が出来ます」


これはもしかして、館を去り際に真下に告げた占いの事だろうか。
八敷が首を捻りながら尋ねる。

「未来予知の様なものか?」
「いえいえ、そんな大層なものでは…。精々占いの域で御座います。
『当たるも八卦、当たらぬも八卦』ですね」
「あー……」

矢張り予想通りだ。
頭に手を当て目を伏せ、はぁ…と溜め息を零した八敷につれて、真下は期待外れだと言い表すように肩を竦めてみせる。


「……成程な。
なら、あの時の勧誘の文句も、当てにはならないと言う訳か」
「兄さん…、それはまだ分からないんじゃないの?
もしかしたら、当たる可能性もあるかもしれないじゃん」
「だが、外れる可能性もあるんだろう?所詮占いなんざそんなもんだ」
「…真下、メリィに何か言われたのか?」

事情を知らない八敷は堪らず声を掛ける。

「『貴方の追い求める真実は此処で手に入ります』…だったかな。
自信たっぷりだから、ついつい騙されたよ。
占いなんて信じた俺がマヌケ……」





――ドンドンドンっ!

真下の言葉を遮るように、力強いノックの音がホール内に響いた。
自然と皆の視線が玄関扉の方へと向く。

深夜の訪問者……。
家庭を訪問するには非常識な時間帯だが、この九条館に訪れるとなると話は変わってくる。


「…もしかして、印人?」

ギィイ…と扉を開けると、大股で入ってきたのは……。



「此処、九条館だよな。
九条サヤって人に用事があんだけどよ…」


今時珍しい短ランを着た、見るからにガラの悪そうな少年だった。
一見からして十七歳か十八歳位の高校生みたいだ。
――所謂『不良少年』と言う奴か。


………?
不良少年は何故か勇廻の方を凝視している。
頭の天辺から爪先までジックリと見られるのは、あまりいい気分ではない。
その視線に気付いた真下も、明らかに不機嫌そうに睨み付けている不良少年に負けじとガンを飛ばしているのを横から感じた。


「…な、何かな?」

目をパチクリさせながら遠慮がちに声を掛ける。
へぇ〜、とニヤニヤしながら少年は勇廻に近寄り真正面に立つ。


「あんたが九条サヤだろ?
其処にいるおっさん等って訳じゃ無さそうだしよ」


まさかの展開だ。
不良少年は勇廻を九条サヤだと勘違いしているようだ。

…そりゃあ、九条サヤは女性の名前だから私に矛先を向けるのも無理はない…か。


「オバさんってイメージがあったんだが、まさかこんなに美人な姉ちゃんだとはな〜。アンタ、モテる方だろ?」

こらこら。
それは九条サヤさんに対して失礼だぞ少年。
でも…美人とか言われてもあまりピンと来ないのも事実だったりもする。
勝手に話が進みそうだったので(…と言うよりもこめかみに、ピキピキと青筋を立て今にもキレそうな真下を落ち着かせる為に)慌てて話を切り上げる。

「…あー、悪いけど人違いだよ」
「あ?アンタ九条サヤじゃねーのかよ」
「うん、そう。
九条サヤさんは…えーと……」

チラッと真下に助けを求めるように視線を送る。
…が、返ってきた答えは……。



「パスだ。少年課への配属経験はないんでな、ガキの扱いは慣れて無い。
お前の方が適任だろう」


……ぢぎじょおおぉぉおおぉ!!!!
どうせそう返ってくると思ってたよ!兄さんの人でなし!!
困っている妹を助けるのが、兄の務めなのではないのか。
…いや、このドSな兄にそんな良心な心意気がないの…かもしれない。


「少年課?…なんだ、あんた等サツか何かか?」
「俺は『元』だ。
現役なのは俺の妹のほうだ」
「…妹?」
「……そっちにいるラスボスオーラをプンプン出してるのが私の兄さん。
で、私はこう言う者です」

先程の仕返しと言う名の嫌味を真下にぶつけると、胸ポケットから警察手帳を見せて身分を明かした。
一般市民に警察手帳を見せると、驚愕の表情や緊張の色を表すのが普通なのだが、この少年は見慣れているのか動じもせずに「へぇ〜、女刑事さんか」と逆に興味津々に見ている。

「取り敢えず、君が此処に来たのには何か理由があるからだよね?
良かったら話してくれないかな?えーと……」
「…翔。長嶋翔ってゆーんだ。理由はコイツだよ」

彼が右腕の袖を捲ると、鍛えられた腕に赤々としたシルシが刻まれていた。
…予想はしていたが、彼も印人か。
八敷もそのシルシを見て同情の眼差しを向けている。

「怪談好きのダチに聞いたんだけどよ…、コイツのせいで記憶障害になるとか、マジか?」
「ああ、マジだ。
現に俺なんか、自分の本当の名前を忘れてる」
「その割には平然としてるじゃねぇか。どうも嘘くせぇな」

まぁ、これが普通の反応だろう。
いきなり知らない痣が浮かんで、その所為で記憶が無くなるなんて誰が信じるのかと言う話だ。

――だが、一つ分からない事がある。
噂を信じていないなら何故九条館に来たのか。その矛盾に翔は気付いていないのだろうか?


「へへ、噂は所詮噂だな。
痣の所為で記憶が消えるとか死ぬとか、そんな怪談はマンガの話……」






「……全て真実で御座います……」


突如降りかかった凛とした声に驚いた翔は顔を強張らせ辺りを見回す。

「い、今の女の声は!?」

うん、その方が手っ取り早い。恐らくメリィもそう思ったのだろう。
非現実の象徴でもあるメリィが翔に諭す様に語り掛ける。


「事実は小説よりも奇なり、という言葉も御座いましょう。
怪奇は日常のすぐ側に存在するのです」

急に等身大の球体人形に話し掛けられると、誰でも驚くし狼狽えるだろう。
予想通りの反応を示した翔は乾いた笑い声を漏らしながら、ヒクヒクと口角を吊り上げメリィに近寄る。

「ど、どこかにスピーカーを仕込んでやがるんだな……。
脅かそうったって、そうはいかねぇよ」

自分に言い聞かせるように、翔はメリィの方を覗き込もうとする。
それよりも早くメリィがとどめを刺す。

「そのようなカラクリは何処にも御座いませんよ、翔様」
「………………」

はっきりとした口調、目を確りと合わせながら的確に翔に向けて話すメリィに、絶句した翔は微動だにせずメリィを凝視する。
そして、その数秒後。




「ま、まま、ままま……


マジかよッ!!?


情けない声を上げながら、翔は尻餅をついた。

今までの態度は恐らく怖さの裏返しなのだろう。
見掛けに寄らず、幽霊や怪談が苦手な類のようだ。


体は大きくてもオバケは苦手、か……。
少し可愛いな、と思えてしまった。



【……To be continued】

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