俺の妹(真下夢)

駐車場に決められた場所へと車を停めると、助手席に置いてあった少し大きめのコンビニ袋を手に取り車を降りる。
季節はもう真冬なのもあり、陽が落ちるのも早いにつれ気温が激減し体温を奪っていく。
目の前には何処にでもある様な至って普通のマンションが建っている。
はぁ…と息を吐く色も真っ白に染まり空気に溶けていく。

「……彼奴はもう帰ってるのか?」

真下は一人ごちりながら、程良い明かりが灯されたホールへと足を踏み入れ、奥にあるエレベーターに吸い込まれるように入っていく。


目的の階への到着を知らせる機械音すら鳴らずに真下を乗せたエレベーターの扉が静かにスライドしながら開く。
真下はエレベーターを降りると足早と部屋へ目指す。


「まだ起きている…か。
確か彼奴も明日は非番だったな…。偶には付き合ってやるか」

現在の時刻は日付けが変わる数分前だった。
部屋の扉の前へ着くと懐から鍵を取り出し開錠する。
ギィ、と開いた扉から温かい空気が真下の頬を撫でる。


「おい、勇廻。まだ起きて……」



「んがああぁぁあぁッ!!」


玄関口までも聞こえて来た絶叫にビクッと肩を跳ね上がらせた。
危うくコンビニ袋を落としそうになったが何とかそれは阻止出来た。


この声からだとすると、『また』やっているな。
…ったく、危うく酒を落とすところだったろうが。

呆れるように溜め息を零すと、声が聞こえたリビングへと進む。

リビングの真ん中に配置している炬燵の中に足を突っ込んだ状態で俯せている俺の妹の勇廻がそこにいた。
そいつの手には黒色のコントローラーがあった。
テレビの画面には、黒一面しか映っていなくて中心には赤い文字で「YOU ARE DEAD」と表示されていた。

案の定…と言ったところか。
部屋着に身を包んだ勇廻に歩み寄ると、項垂れたその頭を軽く小突いてやる。


「…あ。兄さん、おかえりィ……」
「少し声を抑えろ。玄関までお前の間抜けな声が聞こえてたぞ」
「だってぇぇ…良い所までいったのにさあぁ……!
ちっくしょおおぉ……ッ」

そう言うと勇廻は悔しそうに唸り声を上げた。
よっぽど悔しかったのだろう。
…まあ、ゲームの事など俺にはよくわからんがな。

未だに俯いている勇廻にもう一度小突く。しかも結構強めで。
「痛ッ」と文句垂れた声を発したが俺はそれを無視した。
一々此奴の下らん意地に付き合ってやるほど俺は出来てはいない。

「…で、飯はあるのか?」
「あ…うん。今レンジで温めるから兄さん炬燵で暖まって」
「言われなくともそうする。…あと、お前も付き合えよ?」
「…あ!晩酌?全然良いよ。寧ろ欲しかったくらい!
じゃあ、おつまみも作ろっかな〜」


…本当にちょろい奴だな。逆に心配になるくらいに。

羽織っていたコートを無造作に床に置くと、キッチンから「皺になるからちゃんとハンガーに掛けて!」と勇廻の怒号が聞こえた。
聞こえない様に舌打ちをしつつ、置いたコートとスーツをハンガーに掛けた。



レンジで温めた勇廻の手作り料理とコンビニで買って来たビールで腹が満たされ心地良い気分になっていた。

自慢ではないが、勇廻の作るモノはほぼ美味いと言っても良い。
それを食べているのは、この世界の中で俺だけだろう。出来れば他の奴等には食わせたくはない程だ。

「…兄さん、大丈夫?」
「は?唐突になんだ」
「うーん…何か疲れてそうな顔をしてるから」
「元からこんな顔だ」
「…それなら良いんだけど」

どうやら俺はあまり感情を顔に出さない体質なのか知らないが、勇廻から「兄さん…疲れてる?」とよく言われる。
自分の顔などそんなにずっと見ている訳ではないが…そんなに疲労に満ちた顔をしているのか?

「それより、さっき何のゲームをしてやられたんだ?」
「あー…ね。
前からやってるアクションゲームなんだけど、皆からは『死にゲー』って言われてるくらい難しいんだ」
「お前がそんな難しいモノに手を出しているとはな。
直ぐにやられる訳だ」
「違うって!!
私の腕の問題とかじゃなくて、本当に難しいんだって!」

俺が買ってきた缶チューハイを片手に熱弁する勇廻に、憐みの視線を送った。
そしてワザとらしく深い溜め息を零してみる。

「いーや、お前の腕が鈍いのが原因だろう。
さっさと認めたらどうだ?」
「兄さんは分かってない!
これは腕が鈍いとかそんな云々で済まされないんだって!」
「なら、もう一回やってみたらどうだ。
今なら酒の力で上手くいくかもしれんぞ」
「うん!だから今からやるとこ!
…あ、兄さんも手伝ってよ?」


結局こうなるのか…。俺は今帰って来たばかりなんだがな。
…まあ、いい。
ゲームをしている間の此奴は無防備だ。揶揄うには持って来いだ。
そうこうしている内にコンティニューを選択しプレイを再開させた勇廻は俺に背中を見せテレビ画面に釘付けになっていた。

緊張感を漂わせている中、悟られない様に背後へと回り勇廻の腰へ両腕を回し体を密着させる。
予想通りと言うのもなんだが、勇廻から驚きと恥ずかしさも混ざった気の抜けた声が室内に響き渡る。


「にっ、兄さん!!
わ、私がコントローラー持ってる時に背後からくっつくの駄目だってアレほど…!!」
「良いからさっさとプレイしろ。
俺は勝手にお前で堪能するから」
「だ…だから集中できないんだって…!」
「まぁ、俺の事は気にするなよ。
またゲームオーバーになりたくないんだろ?」

ぐ…と声を詰まらせる勇廻の表情は何とも言えないくらいに面白かった。
だから此奴を揶揄うはやめられない。
それに、一日の疲れを勇廻で癒して貰うのも忘れずにな。こうでもしないと疲れを取ることは出来ないのだから。

無意識に引き寄せてると勇廻の首元に唇を押し付ける。
不意に感じた唇の温もりにギクッと身体を強張らせた。…本当に素直な体だ。

「…兄さん、もしかして…溜まってる?」
「年頃の女が、んな事言うもんじゃないぞ。
ましてやお前は刑事なんだろうが」
「刑事でも…女は女だよ?
それに…私……兄さんのこと…えっと……」
「…すまん、俺が悪かった」

…馬鹿な事をしたな。
俺は勇廻の額を此方に向かせると軽く口付けた。
きっと酒に酔っているのも手伝って、思考回路が混雑しいるだけなのだろう。
そうでなければ、こんな事此奴から言う筈は無い。

コトンと何かが落ちた様な音が聞こえた。
それを確認する間も無く勇廻が体を反転させ俺を見上げる体勢になっていた。
上目遣いで濡れた目が閉じ込めていた欲情を誘って来る。

「…酔ってるのか?ゲームはいいのか?」
「今は兄さんと一緒にいたい。…駄目かな?」
「……否定するとでも?」

誘ったお前が悪いんだからな?
背中に腕を回し体温を感じる様に抱擁を交わす。数秒遅れて勇廻からも背中に腕を回してくる。
アルコールも手伝っているのだろう、何時もよりも温かく感じた。






「もしかして俺の帰りを待っていてくれたのか?」
「…ゲームも兼ねて待ってた」
「…ああ、お前はそんな奴だったな」

妹のゲーマー脳内には敵わんな。
…まあ、嫌いではないが。

明日は幾らでも此奴のゲームとやらに付き合ってやるか。



【Fin...】

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