第二夜:ネクロマンサー | ナノ

「は…っなせ、く…、っ!」
両手を後ろ回され俺に組み敷かれながらも、その子供は身をよじり逃れようともがいた。
既に夜は明けようとしている。一体何時間やりあっていたのだろうか、さすがの俺もへとへとだ。

……あのとき、集団となって襲ってきたゾンビたちは、俺を殺すという目的をもって動いていた。つまりこの子供によってそう命じられていることは明らかだった。
ならば話は早い。司令塔を叩けばいいだけだ。腐敗臭をまきちらしながら向かってくる動く屍を斬り倒しながら、最短距離で核へと進む。
驚いた顔をする子供にすまん、と心中で謝り、くるりと返した刀の柄をみぞおちへと突き出した。

「…!?」

捕らえた、と思った。そのはずだった。が、柄があたった感触もなければ子供の姿すら目の前にない。
(下か!!)
膝の高さほどに身を低くしたそいつはニヤリと笑って足払いをかけてきた。すぐさま後ろに飛び退き体制を立て直そうとするも既に相手は地面を蹴ったあとで、一気に二人の距離が縮まる。

…強い。
というか、速い。闘いに慣れている。
この年の子供でここまで技術が身に付くものなのだろうか。
その腕の細さからは想像もつかないほどに、一手一手が重く鋭い。そしてタイミングをずらしてゾンビの攻撃も加わってくる。

死体と霊魂を強制的に結びつけ操る者…ネクロマンサーか。

ネクロマンサーは使役したゾンビの治癒にたけている為いくら斬っても復活するし子供の体力は尽きないし、さてどうしたものかと頭を抱える。

「アンタもっと貧弱かと思ってたらなかなかやるな。死んだらつかってやってもいいよ」
「…そりゃどーも、」

死んでまでこき使われるなんてまっぴらゴメンだ。しかし本気で相手をしないと俺がゾンビにされるのも時間の問題か・・・

ピィーー・・・

子どもの発する澄んだ指笛が響くと、倒れたゾンビが息を吹き返す。
・・・なるほどな。これでようやく道が見えてきた。

「なに?もう諦めたの?」
復活したゾンビたちは再びぐるりと俺の周りを囲むと、そのままにじり寄ってくる。
・・・まだだ。もう少し引きつけてから・・・

「まあいいや、いい手駒が増えた」
・・・今だ!

「我が魔力を糧として我が意思に大いなる力を与えよ・・・バアル!!」
団子状になっていたゾンビたちを一斉になぎ払うと、宝刀から放たれた光がその体を貫いていく。これならしばらくは動けないはずだ。

「な・・・っ!」
そのすきに子供との距離を一気に詰める。とはいえ一晩やりあって更に大技をかましたあとだ。さっきまでと同じようにやりあえる自信はなかった。
右、左と飛んでくるくさび状の武器をかわし・・・そのあとが狙いだ。
先刻までのやり取りで見つけたこの子の癖。飛ばした武器を戻したあとは必ず直接攻撃が来る。

「はぁあっ!!」
予想通りの行動。作戦決行だ。
イチかバチかの大勝負になるが・・・振り上げられた切っ先を前に、俺は覚悟を決めた。


「っ・・・、」
俺の上に馬乗りになった子供は、一瞬困惑の表情を見せた。その一瞬のすきに武器ごと相手の腕をつかみ、反転して地面へとねじ伏せる。まさかわざと攻撃を受けるなんて思っていなかったのだろう。

「アンタ、何やってんだよ・・・!」
「はは、お前はすばしっこいからなあ。さっきのゾンビで力を使いすぎたし、こうでもしないと捕まえられないと思ったからさ。」
じわりと衣服に広がる赤いシミが、地面に落ちた。
とりあえず腕さえ塞いでしまえば指笛は吹けないからゾンビの再生もできないはずだ。

キラリ、目の端にうつった光へと視線を向けると、山々のあいだから太陽が頭をのぞかせていた。結局何時間やりあってたんだ・・・

掴んだ腕は枝のように細い。はだけた布の下の肌も病的に白く、言ってしまえば骨と皮だ。
「おとなしくしてろよ・・・っと。」
腕は拘束したままひょいと肩に担ぐ。案の定、子犬でも担いでいるかのように軽かった。
夜通しの重労働のため、若干よろめきながらゾンビの転がる墓地をあとにした。
(あの依頼人の青い顔が目に浮かぶが・・・片付ける体力なんて残ってない。)

「おい!放せよ!!どこ連れて行くんだよ!」
「仕事が済んだから家に帰るんだよ。・・・今日から俺とお前の家だ。」


月色の子
(ひとりぼっちのネクロマンサー)