第一夜:開幕 | ナノ
ーーー時間か。

雲に隠れていた月が顔を出す。光は筋となって窓から差し込み、壁にかけてあった剣を照らした。右手に開いていた本にしおりをはさみ、サイドテーブルにのせる。
続きはまた明日だ。グッと背を伸ばして、光に包まれた剣と、仕事道具のつまった袋を肩に下げ、今日の依頼先へと足先を向けた。

ーーーさあ、妖怪退治の始まりだーーー


第一夜:開幕


腰ほどまでにある長いアメジストの髪をひとつに束ね、大きなフープピアスをつけたこの男、シンドバッドは数年前から妖怪退治を生業としている。わだ若いながらもその腕は確かなもので、たちまち噂は広がりあちこちから依頼が舞い込むようになった。
今回の被害は墓場荒しらしい。さて、犯人は人間かはたまた妖怪か…
シンドバッドはひとつ息を吸い、足音を殺して墓地のゲートをくぐった。

その墓地は町の大きな刑務所の裏にあり、埋まっているものの多くはもと囚人たちだ。依頼人もその監獄の支配人であり、身元引き取り人がいないため苦情は来ないものの、気味が悪いと真っ青な顔で訴えてきた。
月明かりに照らされ整然と並ぶ墓石たちは、形もバラバラで傾いてしまっているものもある。そんな粗末な墓石のした、土の色が変わっているところを見つけた。

片膝をついて土に触れるとまだ柔らかく湿っている。
今日、あるいは昨日辺りに掘り起こされたらしい。
と、不意に月が陰った。自分のまわりだけに落ちた影にシンドバッドは警戒して振り返る。

(子ども…?)

みたところ、10才前後だろうか。背中にあびる月に溶けてしまいそうなほどに白い肌と髪。そして対照的な深い闇のような瞳が印象的だった。
服とは言いがたいぼろ布からのびる手足は木の枝のように細い。

「…なに、してるの」
「え、ああ、君こそこんなところに一人で何をしているんだい。ここは危ないよ。」
「どうして?」
「最新ここらに墓荒しが現れるみたいなん。俺はそれを退治しに来たんだよ。さあおいで、おうちはどこだい?」

こんな夜更けに出歩いていてはご両親も心配しているだろう。…とはいえ、格好を見る限り裕福な暮らしではなさそうだ。もしかすると親すらすでにいないかもしれない。
それならばせめてうちに連れて帰り暖かいスープと毛布を与えてやろうと手をさしのべる。

「退治…しにきたの?」
「え?」
「アンタにできるかな?」

うつむいていた顔がスッとあがると、ブラッディレッド…深紅の瞳に変わっていた。ぞくりと身震いをして反射的に後ろに飛び退く。
まさかこんな子どもが墓荒しの犯人だというのだろうか。この生業を続けているが故、命を落としそうな修羅場は何度もくぐった。焦ってはいけない、まずは落ち着くことだ。

シンドバッドは気を落ち着かせるために息をすう。と、足に奇妙な違和感を覚えた。
どうやら落ち着きすぎたらしい。盛り上がった地面から飛び出してきた腕のようなものにしっかりと足首を掴まれている。
所々肉が削げて白い骨が見え隠れしていた。
続いて出てきた眼球の溶けた瞳と挨拶を交わし…腰の剣を引き抜いて躊躇いなくその腕を切り落とした。

「アンタ、こーゆーの慣れてるんだな。ゾンビを見て叫ばなかったのはアンタがはじめてだよ。」

いたいけな子どものふりをして俺の心をもてあそぶなんて、と文句を言う口を開きかけて。止まる。
いや、正しく言うならば開いたまま、だ。
いつの間にいらっしゃったのか様々な腐りかたをしたゾンビたちがぐるりと回りを囲んでいた。
ツンと鼻をつく腐敗臭に頭がおかしくなりそうだ。

「ほらみんな、好きにしていいよ。」

子どもの合図を、きっかけに、ゾンビたちが一斉に動き出す。これは…大層なパーティーになりそうだ。
シンドバッドは剣を構え直すと地面を踏む足に力を込めた。



魔物たちのの輪舞曲
(こうして舞台は幕を開けた。)