優しい夜 | ナノ
ジャーファル→猛毒の大蛇
シンドバッド→獅子

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熱帯気候に位置するシンドリアの夏は暑い。噴水や分厚い石造りの建物によって様々な対策はしているものの、暑い。
もともとここで生まれ育ったものにとっても暑いのだから、そうでない人にとってはつらいものがあった。特に爬虫類や魚類など、変温動物の特性を持つ者は気温と同時に体温が上昇するため、イルカの血を引くヤムライハなどは常に自分の周りに水泡を浮かせて体感温度を下げている。
が、それができないものもいるわけで…

「ジャーファル様、こちらの決算はまとめ終わりました。」
「ありがとう。これと一緒に王印をもらってきてくれるかい。」

新人の女性の文官はいつものようにテキパキと仕事をこなし、ジャーファルのもとへ次々書類を運んでいく。その様子を古くから仕える者たちはハラハラしながら見守っていた。かといって、お休みくださいといったところで素直に聞く政務官様ではないということも知っている。心配の種であるジャーファルは猛毒の大蛇との半獣。特に涼しい場所を好む蛇の血を宿す彼は、夏は大の苦手だ。
加えて汗をかきにくい体質のためか見かけから見て取れないものの体に熱がこもってしまい、倒れてしまうことがしばしばある。そして今の上司は倒れる寸前だ。それが経験者たちの至った結論であった。

終業の鐘まであと少し、上司の負担を減らすべく筆をとるのであった。

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「ん・・・」

ゆらゆらと波間を漂うような意識の中で、涼しげな水音を聞いた。ひんやりと頬に触れる手が気持ちいい。この大きな手は、安心する、この手は・・・
うっすらと瞼を上げると、目の前に広がるアメジスト。吸い込まれそうな夜の色に自分の居場所が分からなくなる。

「・・・大丈夫か?」
「シ、ン・・・?」
逆さまに映る顔がだんだんとはっきりしてくる。頬に触れる手は水気を帯びているようで、意識の浮上とともに身じろぎをすればちゃぷんと耳元で水の揺れる音がした。

「!」
はっとして身を起こせば周りを囲うのは書類ではなく澄んだきれいな水・・・
先ほどまで枕にしていたのは浴槽の淵で、シンはその外から支えていてくれたようだった。

「政務室で倒れてたから連れてきた。」
にっと笑うシンの後ろの、外の空気を取り込むための窓を見れば、映し出された空はすでにオレンジがかっている。
それに気付いたのか「終業の鐘はもう鳴ったから、ゆっくり休みなさい。」と頭をなでられてしまう。
ああ、やってしまった。今日の仕事をどこまで終わらせたのか記憶に靄がかかっていて思い出せない。早く戻って続きをせねばと立ち上がりかけると、腕をつかんで引き戻された。


「また俺に運ばせる気か?今夜は熱帯夜だそうだ。明日にしなさい。」
なんて役立たず。暑いのは皆同じだというのに。いっそ洞窟にでも引き込もってその中で仕事をしてやろうか。夏は嫌いだ。唯一の私の仕事さえ奪ってしまうのだから。
するりと後ろからのびてきた腕が私を包み、首元にシンの吐息がふれる。ぞくりと肌が粟立って反射的に喉をそらせばつややかな長い髪が滑り落ちて肌にはりついた。

「ぬれちゃいますよ?」
「んー、そうだな。」
肌に触れるアメジストは手に取れば猫の尻尾のようにするりと逃げて水面へ落ちてしまう。じわじわと水を吸って濃くなる夜は、もっと、と私の欲をかきたてる

「うわ・・・っ!?」
首に巻きついた腕ごと前のめりに引けば、膝立ちだったシンはバランスを崩して容易に水の中へと引き込まれた。鬣を濡らした獅子は何とも情けない顔で、「なんてことするんだ」と少し笑って見せた。
水面を覆う夜の色、私を包むアメジスト。少しの優越感と満足感に私も笑って返してみせる。


「俺の髪が好きか?」
「ええ、好きです。深い深い夜空の色。」
「俺が夜ならお前は月だな。・・・綺麗だ」
そういって私の髪へと口づける。私が月だと言ってくれるのなら、この命尽きるまでいつまでもあなたの中で輝いていたい。

私をやさしく包む腕にくすぐったさを感じながら、そっと振り返って唇を重ねた。



優しい夜

(貴方を照らせる光となりたい)


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前半と後半のつながりが・・・
変温動物に夏冬はつらいよねってことと、
シン様に水風呂に連れて行ってほしかっただけです。

どうも不完全燃焼になってしまいました