今、なんと…?
ものの理解の遅い子供のように首をかしげて問いかける。聞こえなかったわけではない。言葉が拙いわけでもない。
自分の聞き間違いであろうと、若しくは彼の言い間違いであろうというほんのわずかな期待を胸にひきつった笑みを無理矢理浮かべる。
そして心のどこかではそんな期待など無意味であると既に悟っているさめた自分もいた。
それでも蜘蛛の糸にでもすがるような気持ちで待った次の言葉は、一字一句際ほどと違わなかった。
「どうした、ジャーファル…うわぁあ!?な、泣いてるのか!?」
次に目の前に現れた王は、私の顔を見るなり叫び声をあげた。意味もわからずぼう、と前を見つめるだけの私の目からははらはらと暖かいものが止めどなく溢れる。
辺りを見回しこちらへ近づいた王は、その指で優しく涙をぬぐった。
「どうしたんだ、珍しいな。怖い夢でも見たのか?」
ゆめ、ああそうか。
今日は天気がいいから外でお茶でもしようなんて、ありきたりの口実を使って仕事をサボる王に付き合わされて、真っ白なテーブルをはさんで少し遅めのティータイムをご一緒していたんだ。
あんまり日差しが柔らかく気持ちいいものだから、座ったまま眠ってしまっていたらしい。
「あなたに、お別れを告げられました。」
「別れ?俺にか?」
理由はなんでか聞けなかった。もしかしたら何か言っていたのかもしれない。でもそんな言葉も入ってこないほど苦しくて、胸が押し潰されそうだった。こんな感情を抱くなんておこがましいのはわかっているけれど既に私の心はそうなってしまっていた。
「そんなことはあり得ない。私はお前がいないと生きていけないよ。」
ぎゅう、と椅子ごと抱き締められ、ようやくこちらが現実だと実感した。力強い腕のなかはとても安心する。小さい頃からの、私の居場所。
「でも、いずれあなたは后をとらねばなりません。そのときに私が今の場所にいるわけにはいかないでしょう。」
「だから俺は嫁はとらないと…」
「しかし世継ぎは必要です。貴方の血は…伝えていかねばなりません。」
「じゃあお前は俺が嫁をむかえてイチャイチャしてても平気だって言うのか?」
明らかに不満を含んだ声で、肩口に顔を埋めながらまるで駄々っ子のように呟く。発した言葉は直接振動となって私の肩に伝わった。
「嫌ですよ。当たり前じゃないですか。」
「どっちなんだよ…」
くつくつと呆れたような、でもどこか嬉しそうな振動がつたわる。
「いつまで笑ってんだアンタ」
「いや、嬉しいなあって。」
いい加減にしろと腕をつねって、かえってきた言葉がこれだ。いつからマゾヒストになったんだ。…いや、もとからそんな気はあった気がする。酒だ女だと好き放題やるたびに口を酸っぱくして咎めると、どこか嬉しそうな顔をするのだ、この男は。
「私の気持ちに関係なく結婚はさせますからね。」
「えー、いいのか?それで。だって夢で泣くほど好きなんだろ?」
形のいい唇が、憎らしく弧を描く。女への気遣いは余計なところまで回るくせに、どうしてこうなのか。
嫌いかと聞かれればそうではないと答えられるが、好きかと聞かれて肯定できるほど素直な人間にはできてない。
「知るか、馬鹿。」
精一杯ひねり出した答えはやはり悪態にしかならず、それを聞いてへにゃりと顔をゆがめた王はやはりMだと思った。
一緒にいよう。
(今度は夢のなかでも愛してあげる)
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今よりもう少し若い頃の二人。
シンって呼べなくなったり、当たり前に個人として接することができなくなってちょっとずつ不安の膨らむジャーファル。
シンは不器用なジャーファルに気づいてますよ。それでいてあえて聞くのです。