珈琲を一杯 | ナノ



カランカラン・・・
店の扉につけられた鐘が午後の来客を知らせる。少し薄暗い店内には今はめったにお目にかかれない大きな円盤、レコードがかけられ、溝をたどる針の振動により落ち着いたジャズ音楽が奏でられる。
ふわりと漂う香ばしいコーヒー豆のにおいに誘われて、アリババはカウンター席に着いた。

「よお、カシム。いつもの頼むぜ。」

カウンターの向こう側、コーヒーカップを吹いている定員に向かい声をかける。白いカッターシャツに黒の長めの腰エプロン。大人びて見えるものの、これでもアリババと同級生だ。

「んなかっこつけたって、どうせミルクと砂糖たっぷりのラテだろ。」
「なんだよ!俺だって最近成長したんだぜ!!」
「ココアからな。」
う、と言葉に詰まっている間に、注文の品が目の前に届いた。確認するのも恥ずかしいが、砂糖とミルクたっぷりの、俺のためのブレンドだ。
最近ココアからランクアップしてようやく飲めるようになった。

「ブラックが飲めるからといって、それが良いというわけではないよ。人には人の好みというものがある。背伸びして美味しさもわからないまま無理して飲むほうがよっぽど子供さ。」
「マスター!」

白髪交じりの髪の毛に、目じりのしわ。それなりの年齢を思わせる風貌ながらも、まっすぐな背をしたこの店のオーナーだ。人差し指をそっと唇に当てると、俺の前にサンドイッチを二つ、出してくれた。
カシムがここでアルバイトをするようになってから、俺もちょくちょく顔を出すようになった。そのうちマスターとも仲良くなり、時折こうしてサービスしてくれる。マスターの腕にほれ込んでここでバイトするって聞いたときはどうなることかと思ったけど、案外うまくいってるみたいだ。

「カシム、今日はもうあがっていい。それから、裏に残り物を包んであるから、持っていきなさい。」
「えっ、でもマスター・・・」
「今日はお客さんが少ないからね。私一人でも大丈夫だよ。」
「・・・わかりました。お先に失礼します。」

待ってろ、と俺に一言いうと、マスターに頭を下げてからカシムが奥へと入っていく。俺がいるからって気を使ってくれたのかもしれない。悪いことしたかな。
食べかけのサンドイッチをほおばりながら、チラリとマスターの横顔を覗き見る。その視線に気づいたのかこちらににこりと微笑んだ。

「君はカシムと長い付き合いなのかい?」
「え、あ・・・はい。幼馴染で…小さいころから。」
「そうか。彼は面白い子だね。」

マスターはカシムがここで働かせてほしいと言ってきたとき、とても驚いたという。それもそうだ、目つきの悪い、外見は不良以外には見えないやつが、バイト募集の張り紙もないというのに突然押しかけてきたんだから。
あいつはコレと決めたら引き下がらないところがあるから、雇うつもりはないといっても強引に頼み込んだんだろう。
話を聞けば、通りかかったのはたまたまらしい。ふと香った豆のにおいに誘われたんだそうだ。
元からカシムはコーヒーを飲むのが好きで、あちこちのメーカーを飲み比べては不平を漏らしていた。

「あいつ、メーワクかけていませんか?あんな性格だし、お客さんにガンつけたりとか・・・」
学校でさえ稀に上級生に目をつけられては大ごとになる前に俺がうまくかわしてやっているというのに。
口を出さなければ真っ向から受けて立とうとしてしまう。

「そんなことはないよ、本当にまじめで、一生懸命な子だ。私には息子がいないから、体が動かなくなったら店をたたもうと思っていたんだが・・・もう少し、頑張ってみようかと思えるようになったんだよ。あの子には・・・感謝している。君にもね。」

え、とその言葉に戸惑っていると、着替え終わったカシムが出てきた。何を話しているのかと訝しげな目を向けられ、あわててラテを流し込んだ。








「なあ、なんであそこでバイトしようと思ったんだ?」
カシムたちのアパート、マスターからもらった野菜(サンドイッチの具らしい)と、パスタをゆでて今日の晩飯にした。マリアムは隣の部屋でぐっすり眠っている。今日は体育があったらしく、疲れたんだろう。

「・・・べつに。」
「ふーん」

理由もなくあんな行動に出るとは思えないが、今は話す気がないのならここは流しておこう。いつか忘れたころにでもまた聞いてやろうと思った。

「アリババ、ちょっとこっち来い」

さほど広くもない部屋でさほど離れているわけでもないのに手招きをされ、立つのも面倒な距離なので四つ這いのまま隣に近づいた。なんだよ、と問えば次は目を閉じろと命令してくる。さすがに妹バカなカシムが、眠っているマリアムの隣で変なことはしないだろう、とおとなしく従うことにした。

視覚が奪われると自然に聴覚が冴えてくるわけで、何をしているのかと音をうかがっていると突然耳に触れられた。無意識に肩をすくめると、触れていたカシムの手が冷たく無機質なものにすり替わる。そのとき。

「パチンッ」
「〜〜ってぇええ!!!っん!んん・・・!!!」
「バカ静かにしろ!マリアムが起きるだろうが!!」

何かをはじくような軽い音とは対称に走る激痛。刺すような痛みに声を上げれば後ろから羽交い絞めにされて口をふさがれた。ああ理不尽だ!!ジンジンと痛む耳に涙目になりつつも、マリアムを起こさないよう小声で抗議する。

「おま、なに、いってえ!!」
「うるせえ動くなじっとしてろ」

大声を出さないと分かったカシムは口を開放しかわりにぎっちりと顎を固定する。訳が分からないまま再びぱちんと音がして、最初ほどではなかったもののピリリと痛みが走る。ようやくすべてが解放されると、なんだか左耳に一つ重みが増えたようだった。

「???」

鏡を見るため洗面所に行き自分の姿を映す。顔を右に向けると左耳の上部に赤いピアスが増えていた。

「なんだよ、これ」
「この間最初のバイト代が入ったからよ。何となくブラついてたら見つけた。」
「だからって無理やり穴開けてつけるか?フツーに渡しゃいいじゃねえか」

形を確かめるように指でなぞると、リングの中心だけ膨らんだようなデザインのシンプルなものだった。

「これ、お前のと似てね?」
「だから買ったんだよばーか」

いつの間に後ろに来たのか、鏡に現れたカシムがまだ傷のふさがっていない耳へと舌を這わせる。生ぬるく湿ったそれにぴくんと体がはねたのは、痛みからだけなのか・・・
鏡に映る自分のふやけた顔を見ていられなくて思わず目をそらす。それに気づいたのかカシムが顔をつかんで鏡へと向かせた。

「見えるか?首輪の代わりだ。ありがたく思えよ」

ぬる、と舌を這わせながらいうものだから、吐息と声と、直接鼓膜を揺らす振動に立ってるのは限界で、それを見透かしたカシムの顔が、鏡ごしににやりと歪んだ。






放さねえよとささやいた

(その声に心から震えるんだからどうしようもない)




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リハビリでカシアリ。
カシムはカフェでバイトしてます。
アロババはいろんなとこかけもち。
学校はアルバイト禁止なんでバレたら二人ともあぶないです。

アリババにはカシムのピアスしててほしいなあって話。