第十四悔

Ad nocendum potentes sumus.

××

???side

たとえば、目の前で見知らぬ男の子が静かに涙を流していたとしよう

『自分』だったらどうするのだろう

生まれて間もない私にはどうすればいいのかわからない

なんで、この男の子は泣いてるのだろう


「………あの、大丈夫、ですか?」


とりあえず言葉をかけてみる

何をするにしても、まずは相手の事を聞かなければ

私の言葉を聞き、男の子は更に涙ぐむ

それを見てますますどうすればいいのかわからなくなってしまう

とにかく、彼の涙を止めなければ。私は彼の涙を拭くためのハンカチをポケットから取り出す

なんで、泣いてるの?


『泣かないで、のせ』


瞬間、頭の中でそんな言葉が木霊する

それは遠くから聞こえてくるとても小さな声なのに、なぜか意識してしまう

のせ?


「……あの、これ、どうぞ」


私は頭の中の声を無視してハンカチを彼に渡す

彼はハンカチを受け取り、涙を拭くと再び私を見据えた


「……亜紀、だよね」


「……あの、人違い、じゃないですか」


「違う、亜紀だ、間違えるわけない、その髪の色、瞳の色、声の色、全部亜紀だ」


キンキンと頭が痛む

それはまるで警告音の様に

違う、私は『  』じゃない

だけど、その名前を聞くたびに暖かいものが胸に広がる


「違います」


私は、もう一度否定の言葉を述べる

まるで私自身を納得させるかのように、私自身を守るかのように

頭の中で木霊した声も、聞こえる警告音も全て無視して


「私の名前は、キア・K・プエッラです」


それが、『  』ではなく、私に与えられた

たった一つの証明だった

××

亜美side

とうとうFFI一回戦が始まる

初戦の相手はイギリス代表ナイツオブクイーン

チームキャプテンはエドガー・バルチナス

彼の必殺技は長い脚から繰り出される『エクスカリバー』

チームの特徴は『アブソリュートナイツ』による防御を中心としたパスによる戦術


そんな風にパソコンにデータを纏めてると潮風が髪を揺らした

……すこし煩わしい

海は、あんまり好きじゃない

髪を傷めるし、肌はべとべとするし、日焼けもする

だけどアイツは好きだったから、私は少しだけ我慢して何時も海を眺めてた


カタカタと音を立てながら再びデータまとめに入る

すると、上から影が差し込んできた


「……何してるんですか?亜美さん」


「…データ纏めよ、久遠冬花」


久遠冬花―――このチームの監督である久遠道也の義理の娘

性格はおとなしく内気な方、だが時々信じられないような大胆さも出す

『天才』の話では幼いころに交通事故にあって両親を亡くしている

その際心に深い傷を負い、過去の記憶を久遠道也らによって消されている

この子もまた、アイツと幼いころに交流があった

だけど記憶をなくしているんじゃ話にならない

そう思って話しかけず、放って置いたのだが……


「……何の用よ、何時までそこに立ってるつもり」


「亜美さんに聞きたいことがあるんです」


「後じゃダメ?」


「駄目です」


……深くため息をついてパソコンを打つ手を止める

このまま無視を決め込んでもこの子は何時までもそこに立っているだろう

この子はそういう人種だ

私は抵抗するのを諦めて相手の話を聞く


「……で、何が聞きたいの?」


「亜美さんんは音無さん派ですか?それとも玲姫さん派ですか?」


「…ずいぶん単刀直入に聞くわね」


「その方が誤解が少ないですから」


私は少し俯いて考えるフリをする

そうでもしないと、笑ってしまいそうだったから

だって、私がどっちかの派閥につく?

おかしすぎて今にも笑いそうだった


「はっ、私はどっちの味方じゃないわよ、バカバカしい」


「それは、中立ということですか?」


それを聞いて私は更に吹き出しそうになった

中立だなんて、そんな一番めんどくさそうな立場に私が?

一番ありえなくて、とても笑えることね


「違うわね、私はイナズマジャパンに派遣された記録係……それ以上でも以下でもないわ」


「つまり、あなたは何も関係ない……と、いうことですか?」


「そうよ、私はあんた達がどうなろうと関係ないわ。私はあくまで派遣された人間だもの」


むしろ破滅してくれた方がこちらとしては万々歳だ

元々好きでこんなことをしてるのではないのだから

今の私はただの記録係、それ以上でも以下でもない


「私はね、このイナズマジャパンっていうチームが誰よりも大嫌いなのよ」


××

円堂side

とうとうFFI本選が始まった

相手はイギリス代表ナイツオブクイーン

先日、招待されたパーティでのときはエドガーのエクスカリバーを止めることは出来なかった

どうしたらいい、どうすればゴールを守れる?

そんな不安が心の中、ぐるぐると渦巻いている

しかしみんなの前ではそんなの見せられない、俺はキャプテンなのだから

やれるやれないじゃない、やり通さないといけないのだ


「………亜紀」


不意に口からこぼれた、あいつの名前

隣にいる水色の幻影が俺に語り掛ける

俺を安心させるように、不安を取り除くように


「大丈夫、円堂ならできるよ。だって、それが俺たちのサッカーだもん」


涙がこぼれそうになる

何も語らないでくれ……俺のことを、許さないでくれ。俺の事を恨んでるんだろう

なのに、水色の幻影は何時までも俺の隣で俺を励ます


「……何してるの、そろそろ試合が再開するわよ」


突然、後ろから声をかけられる

振り向くとそこには亜美が立っていた


「……亜美」


「……何しょぼくれた顔してんのよ、まだ負けたわけじゃないでしょ」


確かに、負けたわけではない

でもこのままじゃ確実に負ける

初戦でいきなり負けるのはチームの士気にも関わってしまう

負けないためには、俺がなんとかしてゴールを守らないといけないのだ


「わかってる、だけど、このままやったって意味がない」


「……ふーん、自分の置かれている立場はちゃんと理解しているみたいね」


赤い瞳が俺を射抜く

彼女の目は何度見ても好きになれない

彼女の目はアイツの死の間際と同じ目をしている

だから、怖い。まるで責められてるみたいで


「……ゴールキーパーの仕事って、なんだと思う?」


不意に、亜美がそう問いかけてくる


「え?……そりゃ、ゴールを守ることだろ」


「そうよ、ゴールを守るのが貴方の仕事。ボールを受け止めることだけが貴方の仕事ではないわ」


ボールを受け止めることだけが、俺の仕事じゃない?

でも、ゴールを守るのが俺の仕事

どういうことだ?



「……そろそろ戻るわよ」


「あ、あぁ」


頭の中で亜美の言葉が繰り返される

俺の仕事はゴールを守ること

ボールを受け止める事じゃない

じゃぁ、受け止められないボールはどうすればいい?


一つ一つ、パズルのピースが組み合わされていく

そうか、そういうことか!!


「亜美!!」


俺は先に進んでいる亜美に向かって大声で叫ぶ


「ありがとな!!」


「……ふん、わかったなら、とっとと勝ちなさい」


そういって、亜美はいつものように不敵な笑みで笑った





Ad nocendum potentes sumus.


(我々は危害を加える力を持っている)

(笑顔の裏に隠されたもの)

(君は何時も泣いていたの?)

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