*第十一輪
初めては貴方に
××
腕を勢いよく引っ張られて、引きずられながら廊下を歩く
ふうちゃんにキスされた後、我に返ったヒーちゃんが私の手を取って無理やりどこかへ移動する
バーンは驚いた顔をしたまんま、ふうちゃんは特に驚いた様子も無く私達を静観していた
……いや、そこは助けろよと思ったけど
「ちょ、ヒーちゃん!?」
ずっと引きずられっぱなしだったので流石に足が痛い
というより、あんな勝負をした後だったのでできれば休みたい
だけどヒーちゃんは私の言葉を無視し、歩き続ける
そして、誰かの部屋、たぶんヒーちゃんの部屋(だと思う)に着くとベッドの上に投げられた
突然の出来事だったのでベッドに打ち付けられた背中が痛い
「っぅ、ヒーちゃん?」
ヒーちゃんが私の上に覆いかぶさる
そこで漸くヒーちゃんの表情を見て体が固まってしまう
ヒーちゃんの目は冷たく、無表情で恐い
恐くて、動けないでいると乾いた音とともに頬に痛みが走った
呆然と、何をされたのか理解できないで居るとヒーちゃんが語りかけてきた
「ねぇ」
ヒーちゃんが何かを喋る
「君は」
恐い、恐い、恐い
どうしよう、聞いちゃ駄目、聞いちゃ駄目だ
背中を伝う汗が気持ち悪い、息が上手く吸えない
「誰なの?」
風丸亜紀だって、答える事のできない自分がそこに居た
××
フィディオside
それは遠い昔の様に感じられるほど、幸せな一時だった
亜紀は正しく俺達にとってヒーローだった
アツヤを死の淵から助け出したのは亜紀だ
家庭に問題を抱えていた俺を助けだしたのは亜紀だった
怪我でサッカーができなくて悩んでいた一之瀬を助けたのは亜紀だった
新しくキャプテンに任命されてチームを支えられるか不安になっていたマークを助けたのも亜紀だった
皆を、俺達を助け出し、自分を犠牲にしたのも亜紀だった
俺達はあまりにも彼女に依存しすぎて、彼女を傷つけていたのは俺達だった
それに気づく事なんてなかった
俺達はずっと甘え続けていたんだ
あの幸せな現状を、当たり前の毎日を
それは決していけない事ではなかった
誰だって幸せな日常を望む権利がある
でも、俺達はその権利を平気な顔をして彼女から奪っていった
だから、次こそは間違えたりなんかしない
今度こそ、彼女も一緒に幸せになるんだ
××
「な、何を言ってるのヒーちゃん?」
私は亜紀だ、風丸亜紀なんだ
その一言が言えればいいのに、その一言が口からでない
「………あまりにも、似てるんだ」
似てる?
誰に?
「ねぇ、亜紀ちゃんなんでしょ?」
ヒーちゃんの目じりに涙が溜まる
私と、同じ名前?
「ねぇ、そうだって言ってよ」
ギリギリと私の首をヒーちゃんの手が絞める
否定の言葉なんか聞きたくないって言うように
「っぁ、ヒー、ちゃ」
「ねぇ、そうだって言ってよ、そうなんでしょ?」
苦しい、息が出来ない
首が徐々に絞まっていく
「あ、っぅ、ひー、ちゃ」
私は、亜紀だよ
でも、きっとヒーちゃんが望む亜紀じゃないんだろうね
「泣か、ない、で」
「っ、ぅ」
息を呑む音が聞こえる
ヒーちゃんの目が大きく見開かれ、そしてすぐさまその顔は怒りに染まった
「生意気なんだよ!!あの子と同じ顔して、そんなこと言うな!!」
「がっ、ぁ」
お腹を思いっきり殴られる
首を絞められた状態で無防備なお腹を殴られたのですっごく痛い
不幸中の幸いか、私は何にも食べていなかったので吐くことはなかった
「なんで、なんであの子と同じ顔をして今さら俺の前に現れたの?お前さえ、お前さえ居なければ今まで通り父さんの言う事を聞けたのに!!」
ギリギリを首が絞まっていく
口からはもはや息の音さえだせない
「なんで、なんでなんだよ!!あの子を同じ顔をして、今さら、今さら、今さら!!」
無防備に光る希望ほど、人を傷つけるものはない
あぁ、そうか
私の存在がヒーちゃんを泣かせていたんだね
「ハァ、ハァ、ハァ」
荒い息が部屋に木霊する
だんだんと首を絞める手が緩んでいく
ヒーちゃんの目じりには涙が溜まっていて、右目からは一筋の涙が零れ落ちていた
でも、私じゃ止められない
ヒーちゃんが望んでいるのは私じゃないから
「亜紀ちゃん」
ヒーちゃんが私じゃない誰かの名前を呼ぶ
徐々に私に近づいてくる顔
ゆっくりと唇に何かが触れる
「亜紀ちゃん、亜紀ちゃん、亜紀ちゃん」
ヒーちゃんの目は狂気に染まっていて、何度も私じゃない誰かの名前を繰り返す
私の首元に顔を埋めて噛み付いて吸って、甘えるかのように顔を擦り付けてくる
あぁ、私は今から襲われるんだろうな
他人事のように私は頭の中でそう思った
私はきっとそれに抵抗なんてできやしないし、するつもりもない
100%同情によって私は彼を受け入れる
それは褒められた行為なんかじゃないけど
だけど
「ヒーちゃん」
でもね、ごめん
私でもわかんないんだ
苦しいんだ
ヒーちゃんのこと、否定できないの
抵抗なんてできないよ
だって、ヒーちゃんは私大事な………大事な、なんなんだろうね
わかんないけど、きっと大切な物なんだよ
だから
「亜紀ちゃん」
「ヒーちゃん」
これはただの同情
ただの哀れみ
だからこそ、ごめんなさい
何の覚悟のなく私は貴方を受け入れるでしょう
だから、お願いします
私の事を否定しないで
百合
(純潔)
(零れ落ちる涙と血)
(無情にも、私は貴方を受け入れてしまった)
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