第十話
あなたは忘れてしまった
××
吉良瞳子は憂鬱だった
それは任せられたチームがあまりにも子供過ぎた事もあったが、そのチームの雰囲気が最悪だったことにまず憂鬱だった。いくら隠れてやっていても自分は大人だし、嫌でもチームに何かがあったのかがわかる
だがそれを正そうとは思わない
まず、証拠が無いのだからいくら何か言ったとしても意味が無い、それに自分は彼等に信用されてないのだ、言っても逆効果だろう
それに、あのチームには円堂守が居るのだ、なんとかなるだろうと瞳子は高をくくっていた
それよりもだ、彼女には気になることがあった
まず吹雪士郎についてだ、彼はどうも解離性同一障害と重度のPTSDであるようだ
それはサッカーをやる上で特に問題する事ではないと思っているが、問題なのはそれを自覚していてなお、それをコントロールしている事だ。一般的に解離性同一障害…二重人格は本人による意識がない、つまり無意識の内に他の人格に入れ替わることが多い
だが、それを自覚しながらも、尚人格があり続けそれをコントロールするなど、よほどの精神力が必要だ
…瞳子にとってはそれが心配だった
こんなにも精神がボロボロになりながら、彼はサッカーを続けられるのだろうか?もしかしたら途中で壊れてしまうのでは…
いや、やめよう、今はこんなことを考えるべきじゃない、私は何が何でもエイリア学園に勝たなければならない
…そして、もう一人、風丸亜紀、彼女についてだ
まず驚いたことが彼女が女であること、男言葉で喋り、あまりにも女性的特徴が無いので男だと勘違いしていた
そして、彼女の生い立ちについてだ
彼女には小3以降…つまり海外に行ってからの記録があまりにも無い、まるで、意図的にもみ消されたかのように
それに彼女は自分と少しばかり面識があったはずだ、
あったのは確かに彼女が幼いときだったがレーゼ……リュウジを見れば少しは思い出すのではないだろうか?そう思っていたが彼女は何も反応を示さなかった。
…人違いか?ではなぜレーゼを助けたのだろう、彼等は表向きは宇宙人となっており、彼等を助ける理由など1つもないというのに
更に、もう1つ気になることが彼女にはあった
彼女のサッカーはあまりにもおかしい
彼女はいつもボールを蹴る直前で勢いを失う、その結果、もっと高く、もっと速くボールは飛ぶはずなのに、普通のスピードでボールはパスされる
最初は周りの人達に合わせているのだと思っていたが、どうも違うようだ
彼女はもっと速く走れる、強く蹴れる、高く飛べる
なのに、なぜそれをしない?
…少し、調べる必要がありそうだ
彼女は少しため息を吐き、再び携帯を取り出して響監督へと電話をかけた
××
イプシロンがとうとうやってきた
漫遊寺中のサッカー部は既にボロボロ、戦える状態なんかじゃない
その為私達が戦うことになったのだが一人足りない
その状態でも円堂は戦うと言った
まぁ確かに、今までもそんな事はあったけどさ
そう思っているとれいちゃんが進言してきた
「11人目なら居るよ!!」
そう言ってれいちゃんが出したのはなんと木暮ことこぐれん
…大丈夫なのか?こぐれんってまともにサッカーしたことないんじゃ
そりゃ、やる気があるならいいけど、相手は宇宙人
下手に出して怪我されてもなぁ…
「大丈夫だよ!!、私木暮君の事信じてるから」
そう言って円堂の事を説得するれいちゃん
信じてる、そう言った瞬間こぐれんの顔が一瞬ゆがんだ
あ、そうか…こぐれん裏切られたんだっけ
裏切られた人間にとって、信じてるとかって言葉ほど、残酷なものってないよね
ま、私には関係無いんだろうけど
「…がんばるしかねーよな」
一体誰のためにがんばるのかわかんないけど
××
正直言ってこの勝負、無理
だって円堂のゴッドハンドとかも破られたし、しーちゃんのエターナルブリザードも入らない
こんな試合…いや、もはやこれは一方的な暴力でどうやって勝てと
相手も相手で、三分で片付けるとか言ってたし
最初は嘗めてるって思ったけど、こりゃ確かに私達は弱いな
ていうか、こぐれん以外みーんな地面に倒れてるし
こぐれんは逃げ足が速いからなんとか倒れなくてすんだみたいだ
さて、どうしよう…やっぱりこういう時はこぐれんに隠された力がピカーっと出て形勢逆手起死回生シュート!!的なことが起こればな
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
…マジでか、私も結構冗談で言ったんだけど
こぐれんが躓いて転んだなと思ったらそのまま逆立ちして回転する事によってボールを奪った
これには他のやつらも驚いている
これで勝てる、と思ったらいつの間にかイプシロンは居なくなっていた
…きっかり3分、どうやら相手は几帳面な性格らしい
××
夜、誰も居ない静かな雑木林の中、私は一人でサッカーをしていた
最初はグラウンドの方でやろうかと思ったが既に円堂が居たので、急遽こっちの林でやる事にした
今日のイプシロン戦での反省点といえば全部になってしまう。ジェミニストームに勝てたとはいえ、やはり私達はまだまだ弱い
軽くリフティングをし、竹に向かってボールを強く蹴る。ボールの当たった竹は大きくしなり、折れた
…まただ、試合になるとどうしても自分は弱くなる。こうやって一人で練習をしている時は竹が簡単に折れるほど強く蹴れるのに、試合になるとどうも強く蹴れない
緊張でもしているのだろうか?相手はただの宇宙人、手加減する必要などどこにもないのに…
「すごいね、今のシュート、君が打ったの?」
突然後ろから話しかけられた、急いで後ろを振り向くと誰も居ない
…?、疑問に思いながらもまた前を向くと、あの時の赤髪少年がボールを持って立っていた
「…え?」
いつの間に?だってさっきの声後ろから聞こえて
「はい」
そう言ってボールを渡される、まただ、一瞬の間に距離が埋まっている
何こいつ、てか白恋の生徒じゃなかったの?てかなんで京都に居るんだ?
え、え、え?まさかマジで幽霊?私憑かれた?
「ふふ、安心してよ、俺は幽霊じゃないから」
まるで私の心の中を覗いたかのようにいきなりそう言ってきた
なんだこいつ、なんでこんなにも、貼り付けたような笑顔ができるんだ?
こいつの瞳は氷のように冷たくて、一度目を合わせたら反らせない、背中は冷や汗がびっしょりで頭の中も警報がガンガン鳴っているのに、腕も足も、まったく1oも動かない
どうしよう、どうしよう、どうしよう!!
「それじゃ、またね」
頭が重く感じて、少しの間俯いてる隙にまた彼は居なくなっていた
瞬間、体から力が抜けて地面にへたり込む
腰が抜けたっていうか、足にまったく力が入んなくて今度は立てない
なんだったんだろう
なんで彼は、冷たい目で私を見るくせに、悲しそうな顔をしていたんだろう
遭遇
(会っても思い出せない)
(私は何かを忘れてしまった)
(でも、何を?)
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