晋ちゃんと風邪(彼女)
ピピッピピッーーー
体温を測り終えた音がして、どくんどくんと脈に合わせ痛む頭を起こした。38.2度、風邪を引いたらしい。学校は休むとして、別に授業に遅れるだとかテスト範囲を聞き逃してしまうだとかそんなことはどうでもよくて。枕元に置いてあるスマホに手を伸ばした。無料通話アプリを開いてまだ寝ているだろう晋助に電話をかける。お願い起きて晋ちゃん、愛しい彼女が絶体絶命の危機だよ(大袈裟)。念を込めて何度も通話ボタンを押してみたが出る気配はない。分かってたけども、また寝てるって分かってたけども。怠い体を起こし壁に掛けてある制服を持ってリビングへと向かった。
「おはよう、ねえ聞いてお母さん私今やばい熱ある」
制服片手にしんどいアピールをする私を見てお母さんは「じゃあ休んだら?」と言った。休みたいに決まってるでしょう、何言ってんの。
「無理だよ。晋助に会えない方がしんどい」
「…何度あったの?」
「38.2度」
「寝てなさい」
私の手から制服をもぎ取り、部屋へ追いやる母親に本気で抵抗する。無理無理無理、私晋助の顔見ないと治るものも治らないから。生きる希望だから。ちょ、やめて押さないで!!
「晋助くんだって風邪移されたくないでしょう、今日はダメ寝てなさい」
「晋助くんは私の菌さえも愛してくれるって信じたい!」
「…熱で頭がやられたのかしら」
「通常運転です」
私の発言を華麗にスルーしてお母さんは部屋を出て行ってしまった。制服は返してくれないらしい。晋助と一緒に休めるならいつだって喜んで休むけど、私がいない教室に晋助が登校したら?さみしくて泣いちゃうんじゃない?もう一度電話をかけてみればめちゃくちゃ不機嫌そうな声でなまえか?と晋助が出た。何度もかけといてアレだけど晋ちゃんまさか出るとは思わなかったよ。
『朝から煩え』
少し掠れた声が機械を通してだけど聞こえれば私の熱は少し上がったように感じた。寝起きも色っぽいんだから嫌になるなあ。
「おはよう晋ちゃん大事な話があるの」
『…手短に』
かちゃっとライターの音とその後に息を吐く音がした。煙草を吸っているらしい。やだなあもう、そういうところも好き。
「残念なお知らせです」
『だから用件はなんだって』
「…風邪引いて熱が出ました」
『何度』
「38.2度でございます」
ふうーと息を吐いた晋助が『寝てろよ』と言った。私は驚きのあまり「え?!」と今日一大きな声が出た。まだ起きてから1時間くらいしか経ってないけど。
「いいの?!今日晋助が学校に行っても私いないんだよ?!」
『別に』
「今日一日私の顔が見れないんだよ?!」
『だからなんだよ』
「ひどい冷たい…」
『うぜえー…』
低血圧の晋助から出た本気のうぜえに私の精神は崩壊、しなかった。もう慣れました。ちえっ、とわざと舌打ちをうてば電話の向こうで水の音がした。なにしてんの?と聞けば歯磨きとくぐもった声がして、余計に会いたくなった。頭痛すぎて私今凄いめんどくさい女の自信ある。
「もう学校行くの?二度寝は?」
『起こされたから仕方ねえだろ』
「でも珍しい」
『別に。ただお前』
俺と違って…ガラガラッぺとうがいをする音に続く言葉は遮られた。
「え?ごめん今なんて?」
『あとで寄ってやるから欲しいもんあったら連絡しとけよ』
「えっ?!」
『耳まで熱にやられてんじゃねえの』
それから晋助は何度か電話を切ろうとしたけれどその度に寂しい無理と喚く私に文句を言いつつ通話のままにしてくれていた。さすがに学校着く前に問答無用で切られたけど。それからお昼頃に坂田から“今気づいたけどお前休みじゃん”と失礼にもほどがあるメッセージが届いて、晋助からは“欲しいもん送れ”と連絡があった。私は勿論晋助の笑顔晋助の肉体晋助の吐いた二酸化炭素と送ったが返事はこなかった。
昼過ぎに飲んだ解熱剤がよく効いたらしく次に目を覚ましたら既に夕方で、カーテンの向こう側は赤紫オレンジと騒がしい色に染まっていた。枕元に置いたままのスマホに手を伸ばして晋助からのメッセージを開く。調子乗った返信をした私のメッセージ以降は何も表示されてなくてボソッと「晋助のケチ」と漏らした。
「誰がケチだ」
「ふぁい?!?!?!」
突然聞こえた声に心臓が肋骨を突き破るかと思った。びっくりして2mmくらい布団から浮いた気さえした。声のした方へ顔を向ければ晋助がヤクルコを飲みながら私が買い揃えている少女漫画を読んでいて「なななななにしてるの?」と上ずった声が出た。
「見りゃ分かんだろ」
「少女漫画読んでる…」
「雑誌はもう読み終わったしな」
「でも少女漫画は…面白い?」
「目が疲れる」
「ああ、うん、そうだね」
やばいやばいやばい。目の前に晋助がいるこの現実に心がまだ追いついていない。絶対熱また上がったよね?心臓が苦しいんだけどどうしよう。とりあえず抱きつきたい衝動をグッとこらえて口を手で覆ってみた。すると晋助はめちゃくちゃ怪訝そうに眉をひそめて「なにしてんだ?」と言った。晋助に風邪を移さない為の予防みたいなもんだよ、原始的だけどね。
「それより本当に来てくれると思わなかった」
「あ?お前が欲しいもんつって送ってきたんだろ」
ほれ、と向けられたのは全然笑顔ではなかったけど綺麗に整った晋助の顔なので文句ないです100点!嬉しくてふふーんと笑った私に晋助はノートを投げつけた。うちの晋ちゃんはちょこっと乱暴で困る。
「なにこれ」
「今日の授業の」
「へ?」
ぺらぺらとめくれば晋助の字で板書されていた。そこで朝のうがいに遮られた言葉が頭に浮かぶ。“俺と違ってノート取ってるだろ”って言ってたのかな。嬉しすぎて布団から飛び出し、晋助の上にダイブした。だってこの嬉しさは晋助に抱き着かないと表現できないと思ったんだもん。
「だから好き!すごい好き!」
「いっ、てえんだけど」
「無理無理無理、好きが溢れてるの今!」
「いや重ェよ退け」
「風邪引いてよかった万歳!」
「はあ?頭沸いてんじゃねえの?」
つか退けよ、嫌、退けって、嫌〜
晋ちゃん好き好きと抱きしめれば腕の中で晋助がウゼェと言った。ツンデレなんだから、もう!と私は熱に侵されている頭でポジティブに捉えた。そのまま気の済むまで晋助を抱きしめていれば本当に機嫌が悪い時の声で晋助が「そろそろ退け離せ」と言い出したから素早く布団へ戻る。怒らないでね晋助、だって私今風邪引いてるんだよ。
「怒った?」
「怒ってねえけどしつけえ」
「その声は怒ってる時の声だ!」
「怒ってねえっつってんだろ。いいから布団入れ」
「今の言い方確実に怒ってる時のですね、分かります」
「なんなのお前」
「晋助こそ私をこれ以上惚れさせてどうしたいの?」
はあー、と大きなため息をついた晋助がめんどくせえと言う。でもそのめんどくせえにはほんの少し晋助の照れが見え隠れしていた。
「チューしたら移るよね?」
「知らね」
「移ったら晋助可哀想だから我慢する、褒めて欲しい」
「今日のお前いつにも増してうぜえんだけど」
上体を起こした晋助が布団に手をついた。ゆっくり近づいてそのままキスをして「熱ィな」と呟く。私はその様子を瞬きせずに見ていた。
「い、ま、キスした?」
「して欲しかったんだろ?」
「いや、うん、そうだけどー…」
してくれるとは思ってなかったのだ。キスされたと理解してから私はまた抱きついた。好きが爆発してしまいそうだ。
「晋ちゃん抱いて!!」
「抱かねえよアホか」
「もう無理〜好きすぎて無理〜」
「病人は寝てろ、明日はノート持ってこねえぞ怠い」
「一緒に寝る?」
「…帰る」
「うそうそうそごめんなさい入る!布団入るからもう少しだけ居て!!」
晋助は怠そうに少女漫画をぺらぺらしながらもこのあと3時間は居てくれました。
今日も私たちは仲良しです。
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