晋ちゃんとタバコ
あまり物がない部屋に広がる晋助の匂いを鼻いっぱいに吸い込む。何度来てもこの場所は私を幸せにするらしい。一人暮らしの晋助の部屋には不釣り合いなピンクのクッションを見て緩む頬を抑えた。
「邪魔だ。んなところに突っ立ってんな」
トンっと私の頭の上に漫画を乗せた晋助が部屋の中へと入るよう促す。ドアのところに突っ立って、彼氏の部屋に満足していた私は押されるようにして部屋へと足を踏み入れた。
「来島が読み終わったら感想聞かせてくれって」
「ありがとう!帰ったら読んでみる」
晋助の後輩ちゃんがオススメする少女漫画を受け取りながらベッドの縁に腰を下ろした。ガラステーブルの上に置かれた大きな灰皿を引き寄せた晋助が慣れた手つきでジュッと煙草に火をつける。晋助のニオイは香水と煙草が混じってパウダーちっくだといつも思う。お父さんが家で煙草を吸っていても臭いと思うのに、晋助の煙草だけは締め切った部屋で吸われても臭くない。むしろにやにやと顔が緩んでしまう。多分晋助のファンは喫煙者だと知ってはいても、こうして実際に喫煙しているところを見れないだろう。晋助はこう見えて滅多に制服のまま外で煙草を吸わない。
「…なに」
ふふっと吐き出される煙を見ていれば、気持ち悪いとでも言いたげな声が投げかけられた。
「当たり前な顔して吸うんじゃないよ未成年」
つんっと頬を突っついてみる。思いっきり振り払われたけど。
日中学校で吸えないからか、二本立て続けに吸った晋助は彼女が家へ遊びに来ていてもお構い無しに自分のやりたいことをし始めた。最近は坂田から借りたゲームのレベル上げに精を出しているらしい。ルールも操作方法も分からないそのゲームを隣で眺める。
晋助は器用だと思う。私にはそんな早くボタン連打なんて出来ないだろうなあ。
「…本でも読んでれば」
「え?観てるの楽しいんだけど」
「あともう少ししたらセーブする」
「そしたらなまえちゃんと遊ぶ?」
「じゃあ煙草」
今手が離せねェーから、と画面から目を離さずに言った晋助。手が離せないなら吸えないと思うんだけどと思いながらも煙草を渡せば「火」とだけ返された。
「つけろってこと?」
「つけれねェーだろ。いい、一本寄越せ」
ん、と口を開いた晋助はやっぱり画面から目を離さない。そんなにしてまで吸いたいものなのだろうか。彼女は放置できてもゲームは放置できないんですか、このやろう。
カチャカチャとライターの石を回してみても上手く火がつかなかった。親指が痛くなってきた。
「無理、つかない」
「下手くそかよガキ」
ムッとして煙草を取り上げれば「あっ、くそ、死んだ」と晋助がぼやく。
「返せ」
「こんな体に悪いものやめればいいのに〜」
「無理」
「美味しい?」
コンテニューと浮かぶ文字に舌打ちをした晋助がコントローラーを投げやり、私が隠すように後ろへ回した煙草を寄越せと言った。
「美味ェー訳ねェーだろ」
「じゃあなんで吸うの?」
「…なんだよめんどくせェーな」
そりゃだって、彼女が来てるのにゲームばっかされてもつまらないじゃないか。もっと私が分かるやつにしてよ、そしたらいじけないから。
「このゲームつまらない」
「そうでもねェーよ」
「私はつまらない」
「分かったからとりあえず煙草返せ」
ほら、と差し出された手に煙草を乗せた。私が何回やっても火なんかつかなかったくせに晋助だと一発でつくらしい。ふわっと香る草の燃えるニオイと吸っては吐き出す薄い唇。あ、キスしたいと思った。唐突にという訳じゃない。私はいつだって晋助といちゃいちゃしたいです。
「ねえ、チューしようよ」
「しねェーよ」
「なんで」
「苦ェーぞ」
「いいよ別に、いつもじゃん」
「無理。今煙草吸ってんだろ」
ケチ、と返せば後でなと返された。へえー、後でしてくれるんだ?なら許す。私は単純で晋助のことが大好きなのだ。
早く吸い終わらないかと晋助の口を一定の間隔で離れる煙草を見ていた。それに気づいた晋助が「吸ってみるか」と意地悪な顔して言う。
「やだ、美味しくないんでしょ?」
「口寂しいんだろ?」
「口寂しい?」
「キスしてェーとか言っちゃうほど」
からかわれてると気づいて照れ隠しに笑う。口寂しくてキスしたい訳じゃないんだけどなあ。ほらと向けられた煙草を吸ってみる。苦くて少し苦しくてそのままむせ返るように吐き出した。
「うっわ、まっず!にっが!」
「肺まで入れろよ勿体ねェーな」
「肺って、何?無理無理、こんなの二度と吸わない」
生まれて初めての煙草はただ苦いだけだった。そう言えば煙草を吸った直後のキスも苦かった気がする。その度に苦いと言う私に晋助はうっせと言っていた気がする。気がするというのも最近その苦さを味わっていないからである。
「ねえ、チューして」
「は?」
「煙草吸い終わったじゃん、チューして」
「…発情期かお前は」
「もうそれでいいからチューしよーよー!晋ちゃん!」
呆れたように溜息を吐いた晋助が立ち上がろうとしたから慌てて腕を掴んだ。そして無理矢理引き寄せて唇を重ねる。触れるだけのキスは苦くもなんともなかった。あれ?と首を傾げた私に晋助が「ちょっと待ってろ」と部屋を出て行く。
戻って来た晋助はペットボトルのお茶を二本持っていた。
「お望み通りしてやんからベッド行け、コラ」
ごくごくと喉を鳴らしながら勢いよくお茶を流し込んだ晋助が足蹴りをした。大して痛くも無かったけど痛いと騒いだ私に跨り「うっせー」と言う。
二度目のキスは深く舌を絡まし合った。冷たくてほんの少し苦い。
「ね、ちょっと待って、ねえ」
首元に顔を埋めた晋助が「なんだよ」と少しめんどくさそうに口を開いた。
「私の為にお茶飲んだでしょ」
にやにやとした私を馬鹿じゃねェーの?とでも言いたそうな顔して晋助が見下ろす。だから最近苦いだけのキスをしてなかったのかと察した私は「晋ちゃんの愛を感じた」とふざけてみた。今度は顔だけじゃなく言葉にも「馬鹿じゃねェーの?」と出した晋助は少し目をそらす。
「苦いキスも好きだよ」
「…うっせーよ」
ふふんと笑った私の首筋を吸い上げた晋助の耳が少し赤くて、笑ってしまいました。晋ちゃん可愛すぎかよ。
今日も私たちは仲良しです。
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