晋ちゃんとヤキモチ




坂田と二人で学校近くに新しくオープンしたカフェにやって来た私は、携帯を何度も確認していた。いちごパフェを食べている坂田がめんどくさそうに私を見て、態とらしくため息を吐く。

「お前らってさー、なんでそうめんどくさいわけ?」

「めんどくさいかなぁ?でもさぁー」

晋助は本当に妬かない。私のことは多分好きだと思う。キスしてくれるし、手だって言えば繋いでくれるし。私よりも晋助と付き合いの長い坂田も愛されてんなっていつも言ってくれるけど…。

「何回も"坂田と二人で放課後デートしてくる"って言ったんだよ?なのに普通にいつも通りふうんって!ふうんって!」

坂田とカフェに行く約束は一週間前からしていた。別に行くなとか言われたいわけじゃないけど、ふうんってどういうこと?!気をつけろよとか、あんま俺以外の男と出掛けるなよとか、何か一言言われたい。なんなら俺が一緒に行ってやるとか言われたい。ガツンとパンケーキに刺したフォークがお皿とぶつかって下品な音を立てた。

「馬鹿、甘味は悪くねえだろ。当たんな!ふわっふわのパンケーキがベシャってんだろ!」

「いいじゃん別に、胃に入ればベシャるんだから」

「良くねえよ!美味そうに、もっと愛でながら食うもんなんだよ!」

坂田相手だからだろうか。幼馴染だって言ってたし…。それとも浮気なんかしないだろうっていう自信?そういうこと?分からない。晋助って本当に何考えてるか分からないよな、とパンケーキを口に運びながら考えた。そもそも晋助が妬くとか何かに執着するだとか、そういうのが想像できない。私のことは好きなんだと思うけど、それは言葉にされたからとかじゃなくて、一人を好む晋助が側に置いといてくれるからまあ嫌いではないだろうなってだけで。あ、やばい。無駄に考え出したら少し凹んできた。晋助って私のことどう思ってるんだろう。

「おい、馬鹿、なまえ」

「あっ、ごめん、なに?なんだっけ?パンケーキ?」

いつの間にか目の前のパンケーキは残り少しになっていて、坂田はプリンを追加注文していたらしく本日二品目のデザートに突入していた。

「そもそも高杉今日は用事あったんだろ?」

「うん。なんか河上くんとかとツーリング行くって」

「バイク乗ってんなら連絡なんかして来ねえだろ」

「そうだけどさー」

「なに?友達より私を優先して、的な?やめとけやめとけ男からしたらそーゆーの面倒くせえだけだからな?」

スプーンを私の方に向けてドヤ顔をする坂田。そういうのとも違うんだよなあ。友達より私を優先してなんて思わないし、基本的には多分私を優先してくれてるんだろうし。別に病んでるとか不安になってるとかそういうのでもないし。

「わがままなんだよね」

「高杉が甘やかしまくってんからな」

「え?」

「は?そういう意味じゃねえの?」

晋助が、私を、甘やかしてる?そうだろうか。仲は良いと思うけど、恋人同士の甘い雰囲気みたいな?こう、見てるこっちが恥ずかしくなるとかそういうのは付き合い当初から一度足りともない気がする。

「甘やかされた記憶もないんだけどなあ」

「はあ?じゃあ最初から高杉あんななわけ?それはそれで気持ち悪いんだけど」

「どういう意味?」

「なんつーの?完全に気を許してるっつーか。攻撃的じゃないっつーか」

お前ら喧嘩とかしねえの?と聞かれて首を縦に下ろした。喧嘩なんてしたことがない。私は晋助の何もかもが好きだし、ムカつくだとか腹が立つだとか、そういうのはないのだ。常に晋助かっこいいな、可愛いな、今日もいい男だなって感じ。

「え、なに。今日元気ねえのかと思ってたけど結局惚気?」

「惚気てないよ」

「ニヤニヤしながら高杉のこと思い出してんじゃねえよ、胸焼け起こすわ」

パンケーキを食べ終わった頃には、何に対して考えていたのか分からなくなっていた。確か、ヤキモチ妬いてくれない、ってことだと思うけど。別に気にすることでもないか、仲良しだし信用されてると思えば全然気にならない。ポジティブにいこう、そうだポジティブでいこう。素直な晋助のことだ。私に興味関心がなくなっていれば惰性で付き合うなんてしないだろう。
私が食べ終わったのを待ってましたと言わんばかりに坂田が帰ろうぜと立ち上がる。
帰りに晋助の家に寄ってから帰ろうかな、と会計をしながら思っていた。

「は?何でお前もこっち来んの。駅の方だろ、家」

店を出て同じ方向に歩き出した私に坂田がついて来んなと言う。誰が坂田なんかについて行くか。晋助の家に行くんだよ、お前らお隣さんだろうが。

「晋助に会ってから帰りたいんだもん」

「なおさら家帰れ。多分お前ん家にいると思うぞ、あいつ」

「え?なんで?」

「そーゆー面倒くさい奴だから」

じゃあな、と背中越しに手を振られた。晋助が私の家にいる?なんで?会う約束なんてしてないし、晋助今日は河上くんとかとツーリングのはずでしょ?坂田がなんでそんなこと言い出したのか分からなくて、私と一緒に帰りたくないだけじゃ?とも思った。なんか今日はやたらと早い解散だし。いつもならもっとどうでもいい話してるじゃん坂田は。
しかし晋助の良いところも悪いところも私より知っていて、尚且つ私と同じくらい晋助を好きな坂田が言うのならそんなこともあるのかも知れない。
くるりと膝を返した。もしも本当に晋助がいたら、とりあえず抱きつかせて貰おう。なんならちょっとわがまま言ってキスもして貰おう。
家へと向かう途中、坂田から来たメールに顔が綻んだ。
"言わないだけで俺とパンケーキ食いに行くのよくは思ってねえと思うぜ?結構晋ちゃんは器と身長の小せえ男なんだよ"
もしも本当にそうだとしたら、どうしよう嬉しい。晋助が男と二人で出掛けるなとか言ってくれたら絶対行かないのに。と言っても私には坂田くらいしか友達がいないけど。我が校切ってのイケメン二人と、そのうち一人は彼氏だという私には女友達なんていないのだから。

ガチャリと開けた玄関に、黒い大きめのクロックスがあって私の機嫌バロメーターは目盛りを振り切った。坂田の言った通り晋助は我が家に来ていたらしい。これはこれは、本当にヤキモチだとか心配だとか、そういうのでは?!
リビングへと顔を出せば、お母さんと晋助がお茶を啜っている。

「あ、おかえり。遅かったわねー。晋助くん待ってたわよ」

「あ、えっと、ただいま…?」

ほのぼのとした情景にポカーンとしてしまった。いやいやいや。彼氏だと紹介したことはあったけど、晋助そんなコミュ力高かったっけ?なんかいい子に見えるし、お母さんと笑って会話してるし。え?え?
私が帰って来たからか、気を遣ったお母さんが買い物に行くと緩み切った顔で言う。そして私の横を通り過ぎる際に「2時間くらい買い物してくるね」とウインクをして行った。2時間って…!!それはつまり、そういうことをしてもいいと?!

「おい。何ニヤニヤしてんだよ気持ち悪ぃーな」

「はっ!ごめん、ちょっと次元飛んでた」

「意味わかんねえキモい」

部屋行く?と聞けば無言で立ち上がり、私を通り過ぎて行く。さっきまで好青年面してたくせにどうして彼女の前では無表情なのだろうか。ま、いいけどね。クールな晋助も好きだもの。

「早かったな」

ベッドに寝転がり私の部屋に当たり前のように増えていったロードバイクの雑誌を読みながら晋助が口を開いた。私は制服からジャージへと着替えつつ「晋ちゃんが心配してるかなと思って」とふざけて返してみた。坂田も言ってたし。

「別に。たまたまこの雑誌読みたくなって来ただけだ」

「今日はツーリングじゃなかったの?」

「雑誌読みたくなったからやめた」

「ふうん。雑誌ねえ」

制服をハンガーに掛けながら、足をダムダムジタバタとさせたい衝動を抑える。なんだそれ、なんだそれ。可愛すぎやしませんかー?!
ああ、もういい。連絡来ないなーとか妬いてくれないなーとかどうでもいい。そんなこと考えるだけ無駄だと悟った。だって、この晋助の行動こそ、答えじゃないか。
ベッドの縁に腰を下ろし「晋助が嫌だって言うなら行かないよ」と言ってみる。にやける顔を抑えながら。

「は?」

「え?違うの?」

眉間に皺を寄せ馬鹿らしいとでも言いたそうな顔で晋助が私を見た。え?え?違う?私の解釈間違ってる?

「んなこと言ってたらお前、高校の思い出俺しかいなくなんだろーが。友達いねえんだから」

「…晋ちゃん!!!」

「うっぜえ、まとわりつくな。抱きつくな」

なんだなんだ、そういうことか。坂田、私甘やかされてたよ。とんでもなく甘やかされてたよ。
嬉しくて抱きついた私を、本気で引き離した晋助はお母さんが帰ってくるまで雑誌を読んでいました。

今日も私たちは仲良しです。

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