晋ちゃんとピアス



目をきつく閉じ、膝の上で握られた拳は爪が手のひらへ跡を残すほど強く閉じていた。吸っては吐いての深呼吸を何度となく繰り返し、この体勢に入ってから何分経っただろう。

「あー!やっぱ緊張する!待ってね、あとちょっと、あとちょっとで根性見せるから」

「そんな気負うことでもねえだろ」

握りこぶしに力をもっと込める。呆れた口調の晋助には分からないだろう、体に穴開けるとか私からしたら一大事なのだ。

「あ、行くよとかやるよとか言ってからにしてね」

「言えばやっちまっていいのかよ」

「私がいいよーって言ったらね」

「…やんぞ」

「だめだよ!まだだってば!」

「なんだよ面倒くせえな」

態とらしく落とされた溜息にイラッとした。そもそも私にピアスホールがないこと知っててどうして誕生日プレゼントがピアスなのだ。そりゃ彼氏に貰ったものは嬉しい、だから身につけたい。しかし聞く話によるとピアッサーは痛いものらしい。そりゃ、私だって身構えますよ。

「面倒くさいとか言わない。ああーもう、手汗凄いんだけど、本気で怖いんだけど」

「だからそんな痛くねえって」

「嘘つき、痛いって言ってたじゃん」

足をジタバタさせれば膝を叩かれた。「煩えよ」って、そりゃないぜ晋ちゃん。晋助のばーかばーか、痛いって脅したのは晋助のくせに。

「なーんでピアスなのかなあ。私に穴空いてないの知ってたでしょ?普通もっとさー、」

「空いてねえからに決まってんだろ」

「は、なにそれ、なんの嫌がらせ?」

開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。フンっとドヤ顔かましてる晋助に更にイラッとする。もしも私が穴なんて空けないとか言ったらどうするつもりだったんだろう。いや、晋助に貰っといて空けないなんて選択肢は私に存在しないけど。

「つかピアス以外にもうあげるもんねえだろ、指輪もネックレスも時計もブレスレットも。お前が身につけてんの誰が買ってやったと思ってんだよ」

「やだなあ、晋ちゃん。そんなに私に自分が選んだもの身につけさせたいの?なあに、束縛?束縛したい感じ?」

「…死ぬほどうぜえ」

「もうっ、ツンデレなんだからっ」

「ジッとしてろよ、穴ずれんぞ」

「わっ、嘘ですごめんなさい。もう少しだけ待ってください」

ふざけてみたら耳たぶを引っ張られてしまった。やだやだやめて、まだ早い、まだ心の準備ができてない。
それから大して重要でもない世間話を重ね、晋助に急かされ、私はついに穴を開けることに成功した。散々脅されていたからか、思ってたほど痛くなくて「終わった」と晋助に言われてから有頂天で喜びの舞を踊ってやった。

「ピアスホールが完成するまで1週間くらいはそのまま様子見ろよ」

「おっけーだよ、晋ちゃん!」

「そのテンションマジでうぜえんだけど」

「もうっもうっ、そんなこと言わないでよ晋ちゃん!」

「…軟骨とかに開けてやればよかったな」

「いや本当勘弁してください。最初は耳たぶからって生まれてくる前から決めてたんです」

「意味わかんねえよ」

そんなこんなで私はついにピアスデビューをしたのだった。


翌日、寝坊常習犯の遅刻魔晋助を置いて登校すれば坂田が「あれ?お前ピアスなんかつけてたっけ?」と話しかけてきてくれた。ありがとう坂田。私もちょうど今日お前にその話をしようと思ってたんだよ。

「昨日晋助に開けてもらった」

「あー、そういやお前誕生日だったっけ。オメデトーオメデトー」

「坂田もなんか頂戴よ。親友の彼女が生まれてきてくれた日だぞ、祝え」

「親友じゃねえーし、生まれてきちまった日の間違いだし」

嫌そうな顔で首を横に振った坂田が、今度は急に真顔で私の頭の先からつま先までをジロジロと見てきた。

「なに勝手に見てんの、事務所通して」

「何様だよ。改めて、高杉の独占欲やべえなって引いてんの」

「独占欲?」

うげっ、と顔を歪めた坂田。私は首を傾げた。独占欲ってなんだっけ?晋助が独占欲?私に?まさかまさか。

「坂田も知ってるでしょ。そんな熱いラブラブな感じ私らにあった?」

「言わねえだけだろ、鏡見てこいよ。お前見てると高杉がチラついてムカムカすんだけどー?」

「なにそれこわい」

「俺のセリフだわ。まーでも、可愛いよな。俺のって意味なんじゃねえーの?それ全部」

なまえの趣味なに一つねえじゃん、と笑われたから私も笑い返してやった。
確かに晋助がクリスマスやらホワイトデーやら誕生日やらにくれるものは、私の趣味に合わせて買ってくれてる気がしたことはない。むしろ、晋助がつけた方がいいんじゃない?と思える。なんなら私が首から下げてるネックレスはメンズ用ですしね。

「え、待って。じゃあなに?晋助って私のこと大好きなの?」

「なんでお前喜んでの?普通に重くね?普通キモくね?」

「ふふっ。キモくない重くない、むしろ愛しい」

へへっと笑った私に坂田がより一層顔を歪めた。仕方ないじゃないか、私は晋助が大好きで大好きで大好きなのだから。

「なに朝から騒いでんだよ、煩えな」

「あっ、晋助おはよー!」

珍しく朝から登校してきた晋助に、嬉しくて飛び付けばものすごく嫌な顔をされ、尚且つ避けられた。坂田、見てごらん。これが独占欲を持つ男のやることだと思う?

「なまえ、耳見せてみろ」

「耳?」

私の髪をかき上げ、昨日開けたホールの確認をしてくれる晋助が「あんまいじんなよ」と言った。了解ですとピースサインをした私に坂田が「お前ら面倒くせえな」と笑った。

今日も私たちは仲良しです。

prev next

[しおり/戻る]