申し訳なさそうにドアをノックした店長が「悠理ちゃん出勤出来る?」と言ってくれて助かったと安堵した。支度をしながらチラリと盗み見た沖田は、先ほど同様に怖い顔をしていた。


「……沖田くん、帰らないみたいだね」
「帰るんじゃないですか?私に話があるっていっても上がりまで5時間はありますからね」
「早上がりする?」


こそこそと話しかけてきた店長に「勘弁してくださいよ」と返事をして、掃除にピザ作りに精を出した。
流石の沖田も5時間は待っていないだろう。
店長ともなんだか気まずくて、バイト中、有線から流れる流行りの歌をひたすら聴いていた。

上がり時刻30分前。つまり21時30分になっても沖田は事務所から出てこなかった。
マジか、マジでか。と心臓が痛くなった。これは過去最大に怒っているらしい。最も、沖田と喧嘩をしたことがない私には過去最大がどれ程なのかわからないけれど。


「大丈夫、なんだよね?沖田くんと殴り合いとかにならないよね?」


心配そうに眉を下げる店長に流石にそれはないと思いますよ、と笑えばお腹痛くなってきたと店長が嘆いた。私だってお腹が痛くなりそうだ。
上がり時間になり、恐る恐る事務所へと入れば沖田はイヤホンをして寝ていた。
多分きっと、いや確実に私を待っていたのだろうけれど……起こさぬようにそっとそっと荷物を取る。このまま先に帰ってしまおう、と我ながら最低な奴だなーと思った。


「おい」
「うわっ、起きたの……」


残念ながら沖田は目を覚ましてしまったらしい。くわっと欠伸をしながら私のバッグをガッチリ掴んだ。


「送ってやらァ」
「遠慮する」
「お前に拒否権はありやせん」
「勘弁してよ、本当に」


お願いだからほっといて欲しい。
沖田は分かってない、分かってなさすぎるのだ。私は沖田を見れば切なくて、親友の芽依に対して嫌な感情を持ってしまう。だから、私のこの気持ちが落ち着くまで、そっとしていて欲しい。ただそれだけなのだ。


「いいから早く来なせェーよ。お疲れ様でしたァ」
「ちょっと待って、待ってってば!あ、店長お疲れ様でした!!」


バッグを引っ張られて、そのまま沖田と駐輪場までやってきてしまった。もちろん沖田は自転車でなんか来ていない、バイクである。


「ほい。メット」
「いい。歩いて帰るから」
「ガタガタガタガタうるせェーったらありゃしねェー。いいから早く乗れよィ」


無理矢理私にヘルメットを被らせて、沖田はバイクに跨った。そして人質かのように私のバッグを足元に置いている。
しぶしぶ後ろに跨がれば、沖田が「今日はしっかり掴まってろよィ」と言った。いつだってしっかり掴まっていたと思うけど……
勢いよく発車されて、少し体が浮いてしまった。慌てて腕を回せば沖田がギュッと腕を掴んできて、芽依への罪悪感が膨れ上がった。

深い意味はない。そんなこと分かってる。少し体が浮いたから、ちゃんと捕まっとけって腕を押さえてくれたんだと思う。それ以外に何かあるわけがない。
分かっているのに、沖田に対する好きだという気持ちが痛いくらいに主張した。