沖田と芽依が付き合ってから、私はバイトが二人と被らないように店長にお願いした。店長は繁忙期も過ぎたし別に構わないよ、と快諾してくれた。
理由は学業に専念したいと大嘘をついた。

二人が休みの日に働いて、二人が午前中上がりの日に夕方から出勤する。二人が夕方からの場合は午前中のバイトが終わり次第休憩もせずに家に帰った。
そんな私に芽依は「掛け持ちでも始めた?」と聞いてきたのでこれまた大嘘をついて「掛け持ちしたくて新しいバイト先探してるところ」と答えていたのだった。

始めこそ沖田から頻繁に届いてた連絡も、既読スルーを繰り返せば来なくなった。最後に来た連絡は"俺、お前になんかしやした?"という内容で胸が締め付けられた。



今日は沖田も芽依もバイトが休みで、しかも二人はデートに行くと言っていた。ならば少し早く行っても問題ないだろうと夕方からの出勤なのに少し早く家を出た。あの二人が付き合う前はよく、沖田と早く出勤して賄いと称して店長にピザを焼いてもらっていた。

「おはようございまーす」と事務所のドアを開ければ、休みでデートに行ってるはずの沖田がいて驚いてしまった。そんな私から出た言葉は「なんでいるの?」なんて、皮肉めいたものだった。


「なんでって、俺が居たらなにか都合でも悪いんで?」
「別に、そうじゃないけど……」


明らかに今までとは違う私たちに、店長とパートのおばさんがオロオロとし始める。気を遣わせてしまうと思い、慌てて明るい声で「デートじゃなかったのー?」と話しかけた。
すると店長とパートのおばさんはもっとオロオロとし始めてしまい、今のは失敗だったかと後悔した。


「そんなことより、話があるんでィ。ちょっと面貸しなせェーよ」
「ここでいいじゃん」
「よくねェーから言ってるんでさァ。学業に専念するって?掛け持ち先探してるって?お前は一体何がしたいんで?」


いつもより低い声で睨みながらそう言った沖田に店長が真っ青になった。その顔は"あれ、俺余計なこと言っちゃった感じ?"と言ってるようでなんだか申し訳なくなった。


「あ、そっそうだ。沖田くんお腹空いてない?俺、ピザ作るけど食べる?休みだけどみんなに内緒で賄い出してあげるよ?」


無駄に大きな声でそう言った店長にパートのおばさんが「私、前の自販機で飲み物買ってこようかな?沖田くんと悠理ちゃん何飲みたい?今日はおばさんが奢っちゃうぞー?」とこれまた無駄に大きく明るい声で言った。
結局気を遣わせてしまったのだ。


「あっ、じゃ、じゃあミルク、」
「俺たちは大丈夫なんで気にしないでくだせェ」


ミルクティーお願いしてもいいですか?と言いかけた私の言葉を消し去るように、沖田が言った。
余計なことするなよ沖田。見てみろ、パートのおばさんも店長も余計困ってるじゃんか。


「じゃあ俺、ピザ!ピザ作るから」
「私、やっぱりちょっと先のコンビニでアイス買ってこよかな?」


困ったように事務所を出て行こうとする二人に、ごめんなさいと小さく漏らせば二人ともブンブンと首を振ってくれた。ここの人たちはみんないい人だ。
二人が慌ただしく出て行った事務所には私と沖田だけになってしまった。
店長が気を利かせて店内の有線の音量を上げて、事務所のドアを閉めて行った。
いつもなら並んで座っていたけれど、今の私たちは部屋の隅と隅に座っている。
流れる沈黙に溜息が出てしまった。


「ため息を吐きたいのはこっちでさァ。何が気に食わないんで?」


怒ったように沖田が私を睨みつける。
別になにも、と答えれば「何もなくて連絡無視するような奴でしたっけ?」と言われて忙しかったとうそぶいた。


「それは何に対して忙しかったんですかィ?勉強?それとも掛け持ち先を探してたんで?」
「両方」
「矛盾しまくりですねィ。学業に専念するんならバイト掛け持ちなんてしてる場合じゃねェーと思うけどねィ」


アンタ、俺を避けてるんでしょう。
そう言った沖田の声は、今まで聞いたどんな声よりも冷たく低く固い気がした。