芽依が学校を休んだ。
いつもなら私に連絡が来るのに、この日は来なかった。風邪?と送ったメッセージに既読がつくこともなく、放課後になってしまった。
沖田と連絡を取るのは芽依に後ろめたくて……避けていたけれど心配になって電話をかけてしまった。


『なんでィ』
「あ、のさ。芽依から何か聞いてる?」
『は?』
「今日休みだったんだよね。風邪とか、何か聞いてないかなって」
『なんで俺が知ってるんでさァ』


連絡なんて取っちゃいやせんぜ、と言われて「へ?」と間抜けな声を出してしまった。


「だって、付き合ってるじゃん」
『なァ、そのことなんだけど』


本能が聞いちゃダメだと警報を鳴らす。
これ以上はダメだと、ガンガン私に知らせた。
ごめん、と言って切った通話。私は嫌な奴だ。
沖田が芽依より私を大事にしてくれていることを、どこかでずっとわかってた。わかってたのに、被害者のフリをしていた。
この中で一番の被害者は他の誰でもない、芽依なのに。



「で、お前はどうしたいんだよ」
「どうしたいっていうか……どうしたらいい?」


誰かに聞いてもらいたくて、沖田の友達である土方をファミレスに呼び出せば面倒くさそうにしながらもやって来てくれた。


「なんとなく、こうなることは分かってたけどな。お前と総悟が悪いとしか言えねえわ」
「沖田は悪くなくない?」
「馬鹿かお前は。総悟は好きでもないのにお前が言ったから付き合ったんだろ」


十分酷い奴だろ。
ズズッとコーラを飲み干した土方は、煙草が吸いたいと言う。やめてね、今制服だから。
うーんうーん、と首を捻る私に「さっさとその女に謝った方がいい」と真っ当なことを言った。


「謝るって……私も沖田が好きなのって言うの?」
「まあ、そうだな」
「でも沖田が私を好きかなんて分からないし、言ったところで」
「お前は俺になんて言って欲しいんだ?総悟はお前のこと好きだろう、ずっと好きだっただろうって言ってもらいてえの?」
「別にそんなんじゃっ!!」


じゃあなんだよ、と言われて土方のこういうところがモテない原因に違いないと思った。同い年なのに、一人ずば抜けて落ち着いている。大人びていて、子どもっぽさがない。みんなで一緒に遊んでいても、一人少し離れたところで冷めた目をしてこちらを見てるような奴だ。


「話を聞いてる限りじゃ、多分その女気づいてると思うけどな。だからお前に総悟の話をしねえんだろ?」
「えっ……」
「つか多分、総悟は言ってると思うぞ。あいつはお前以外の女に優しくなんざしねえよ」


つか俺じゃなくて総悟に聞いてみりゃいい、と言って窓の外を指差した。指差された方向へ視線をずらせば、沖田が立っている。


「なっ、沖田?!」
「俺が呼んだ」
「はぁ?」
「当たり前だろーが。お前と二人で会ってたのが後から総悟の耳に入ってみろよ、面倒くせえことになるに決まってる」


今までもそうだったじゃねえか。
土方は「いい加減、都合よく親友だなんて言うのやめれば?」と続けた。
都合よくって、別にそんなつもりで親友って言ってるわけじゃない。本当に、沖田は私にとって大事で、ダメなところも笑って許してくれてたまに本気で怒ってくれて。嫌なことがあったら話を聞いてくれて、嬉しいことがあったら一緒に喜んでくれて……
逆も然り。沖田の嫌なことは私も聞いてあげたいし、沖田が嬉しいことは私も喜びたい。


「男女間で親友なんて、あり得ねえと思うけどな俺は。友情はあり得ると思う。けど、親友っつーのはどうなんだろうな」


お前らどっちとも優しさの意味を履き違えてるんじゃねえの?と言われてしまった。
カランと入店を知らせる音が鳴る。沖田がムスッとした顔でこちらへやってきた。


「悠理」
「沖田、あのね、」
「俺はお前が笑ってんなら、それでいいと思ってやした。お前が望んだからアイツと付き合うことを決めやした。お前が喜ぶならそれが正しいと思ってやした」
「沖田、待って、お願いっ」


まだ、その続きは聞きたくない。
ずっと気づかないフリしてた。
ずっとずっと、これじゃダメなんだと思ってた。
だって私たち、親友だから上手くいっていただけかも知れない。付き合ってみて、合わないって思ったら?
そうしたら、もう親友には戻れないんだよ。
友情に終わりはないけれど、恋愛に終わりはいつだってついてくる。


「悠理、聞きなせェーよ」
「沖田こそ私の話聞いてよ」
「嫌だねィ。お前の我儘はいつだって聞いてきたつもりでさァ。でも今回ばかりは、」
「だから違う。もう絶対逃げないから、お願い、今言わないで……」


だって私、芽依になにも謝ってない。
土方が溜息を吐いた。
「お前って、損な性格してると思うぞ」と言った土方に沖田が「だから俺が側にいねェーとダメでしょう」と答えた。
ああもう、私はいつだって沖田に甘やかされてきた。