22時過ぎ、いつもの公園と沖田が言った二人しか分からない小さな公園にやってきた。ここは遊具もなくて、ベンチが一つ置いてあるだけの公園と呼べるかも分からないようなところである。
真冬の空は澄んでいて、夏場よりも星が綺麗に見えた。
バイクのエンジン音が聞こえて、音のする方へと顔を向ければ沖田がやってきた。バイト着のままだから、きっと急いで来てくれたのだろう。


「言えば拾ってやったのに」
「別にいいよ、そんな遠くないし」


冬は嫌いだ。寒いし人恋しくなるし、言葉が白く目に見えてしまう気がするから。
ガタン、とバイクの足を立てた沖田がベンチに腰掛けた。それと同時に私は反射的に立ち上がってしまった。
沖田に近寄ることさえ、芽依に申し訳なく思えてしまうのだ。


「結局避けるんで?」
「避けてないよ」
「ならちゃんと目ェ合わせて言ってみなせェよ」
「……そんなことよりさ、芽依がね」
「そんなことじゃねェーよ。俺はアイツの話をしに来たんじゃねェ」


悠理、と呼ばれてドキリと胸が跳ねた。沖田はいつだって私を名前で呼んでいた。別に今名前で呼んだことだって、大した意味はないのだろう。
分かってるのに、心臓が煩い。


「悠理」
「……な、に」
「アンタが望んだことだろィ?」


沖田の言ってる意味が分からなくて、振り返ってしまった。月と薄暗い街灯に照らされた沖田の紅い目が、私の心臓を貫く、そんな感覚に陥る。


「望ん、だ?」
「付き合えって言ったじゃねェーかィ」
「えっ……?」
「それが嬉しいって、アンタは笑ってたぜィ」


なのになんでそんな面しやがるんでィ、と言った沖田の目はいつもこんなに潤んでいただろうか。
沖田、と伸ばした手を沖田はワレモノに触れるかのように優しく包み込んだ。頭の中で芽依の泣いて震えた声が再生される。


「!ご、ごめん」


一気に現実に引き戻された。
私は沖田の親友でもあり、芽依の親友なのだ。何をしようとしていたんだ、と自己嫌悪に陥る。


「沖田」
「……なんでィ」
「芽依のこと好き、なんだよね?」


ドクンドクンと鼓膜までもが脈を打っているように感じる。好きだと言うだろうと思いながら、どうか好きじゃないと言ってくれと願った。
沖田は告白されたと言った日同様に「アンタはどう思うんで?」と質問に質問で返してきた。


「どうって……」


そんなの……


「好きでしょう?」
「アンタならそう言うと思ってやしたァ」


さみィーなァ、と沖田が言った時携帯が鳴った。私のではなく、沖田の携帯が。


「出ていいよ、それ電話の音でしょ?」
「……どうせ大した用じゃねェーよ」
「私たちだってもう話すことないじゃん」


出なよ、と言えば沖田は渋々感を半端なく顕にしながら、電話に出た。車も通らなくて、住宅地からも遠いここでは通話相手の声まで聞こえてしまった。


『今、家かな?会いに行ってもいい?直接謝りたくて』


指先が冷えていく。電話の相手は芽依だった。
どうしよう、帰らなきゃ……一緒に居たらきっと芽依が悲しむ。沖田に手を振って、先に帰ると口パクで伝えた。公園の出入り口の方へ歩みを進めれば後ろから急に腕を回された。抱きしめるとか、そんなんじゃない。首に腕を回されたのだ。


「今はちょいと出てやす。それに俺は怒っちゃいやせんぜ」
『でもっ』
「謝るのは俺の方だろィ?」
『そんなっ、私は別に!』


首に回された腕がギュッと絞まった。ちょっと馬鹿じゃないの?普通この状態で首絞めてくる?ダンダンと腕を叩いてみても、沖田は全く緩める素振りを見せない。


「悪ィ。また連絡しやす」


ツーツーという音まで聞こえた。
電話が切れたことを確認してから「馬鹿じゃないの、普通首絞める?」と沖田に文句を言えば、「馬鹿はお前の方でィ」と鼻フックを決められてしまった。なんてことしてくれるんだ、ただでさえ低い鼻がこれ以上低くなったらどうしてくれる。


「ブッサイクな面」
「マジでやめて、頼むからやめて。華のJKになんてことしてくれてんの?つか大丈夫?私の自慢の高い鼻は無事?」
「いい加減現実見なせェーよ。生まれてこの方アンタの鼻は息が吸いやすそうでしたぜィ」
「上向いてるって言いたいの?」
「上は向いてねェーよ、ちょっと鼻筋が豚に近いだけでィ」
「それ上向いてんじゃんか」


沖田がそういうことするから私に彼氏が出来ないんだよ、と文句を垂らせば「いらねェーよ」と沖田は答えた。


「いるよ。私だって彼氏くらい欲しいよ」
「その面で?」
「女は中身って聞いたことない?」
「ありやせん。それってつまりブスの精一杯の強がりだろィ?」
「やかましいわ、シネ」
「お前がシネ」


気づけばいつも通りの会話に戻っていた。
マジで鼻筋足りてない?だからモテないの?と聞けば「マジで寸足らずですぜ、そりゃ男も寄ってこねェーって話でさァ。どう見たって豚のご親族だもんなァ」と言われてムカついた。


「このまま死ぬまで独り身だったらどうしよう、それは寂しい気がする」
「ふぅん。じゃあそん時は俺が面倒見てやらァ」


これは私たちが今までしてきた悪ノリの会話だ。幾度となく私は沖田に好きだと伝えてきたし、未来の旦那様だよなんて友達にふざけて紹介したりもしていた。
なのに、なのに……ふざけてそう言った沖田になにも言い返せなくなるくらい顔が熱くなった。
今まで通りの私たちでは、芽依を傷つけるだけなのだろうと思った。