04


真選組から警察庁に異動することになったのはこれまた急な話だった。松平さんに返事をしてから二日後、ひょっこりアポなしで松平さんはやってきた。


「準備が整ったから迎えに来たぞぃ」
「……え?」


副長室でいつも通り書類と向かい合ってた私と土方さんはきっと間抜けな顔をしていたと思う。
え?え?とあたふたする私に松平さんは荷物をまとめておいでと言った。土方さんの方を見れば「こっちはいいから荷物をまとめろ」と言う。
私が選んだことだけれど、なんだか急すぎてついていけない。言われた通り荷物をまとめに自室へ戻りながら、モヤモヤとした変な気分になった。
荷物をまとめ終え副長室へと戻ればもう松平さんはいなかった。その代わり土方さんが襖の方を向いてなにやら難しい顔をしていた。


「あれ?松平さんは……」
「帰った」
「え?あ、そうなんですか?」


私は一体どうしたらいいのだろう、と大きなボストンバッグを下ろした。意外と荷物が多い。


「お前……」
「へ?」
「いや、なんでもねえよ。送ってく」


なるべく早く来てもらいてえらしい、と土方さんが立ち上がる。しかも私の荷物を持ってくださった。なにそれ怖い。こないだからちょっと優しくされて怖い。
パトカーに乗り込んで、お願いしますと言ってからみんなに挨拶したかったなぁと寂しくなった。
警察庁に着き、ありがとうございましたと降りようとすれば土方さんが「お前は」と急に口を開いた。ドアに手をかけたまま「はい?」と返事をすれば土方さんはあーとかその、とか歯切れが悪そうに何か言おうとしている。


「俺の接し方が気に食わなかったのか」
「……は?」
「は?じゃねえよ、誰に向かって口利いてんだ立場わきまえろナメてんのかコラ」
「痛い!!」


シリアスチックな表情で急にそんなことを言うから驚いたのだ。驚いて聞き直すつもりで言っただけなのに殴られるんだから、堪ったもんじゃない。土方さんをナメるなんて総悟くんと銀さん以外出来るわけがない、するわけがない。急いでブンブンと首を振れば、土方さんは舌打ちをしてからもう一度「俺が気に食わねえのか」と言い出した。


「気に食わないっていうのは、えっと」
「やっぱなんでもねえよ、早く行け」


呼び止めたのは土方さんなのに、何故か私が長々と居座ったみたいに言われてしまった。はぁ、とため息まじりに返事をしてパトカーを降りれば松平さんが出迎えてくれた。


「なんだよ、言ってくれればおじさん迎えに行ったのに」


そんな大きな荷物持ってちゃ大変だったろ?と言ってくれた松平さんに土方さんが、と振り返り指をさせばもうそこにはパトカーももちろん土方さんの姿もなかった。


「トシ?トシがどうかしたか?」


ホームシックにでもなっちまったかァ?と語尾を伸ばす独特の話し方は少し総悟くんと似てる気がした。
松平さんも煙草を吸っていて、そんなの土方さんで慣れっこなはずなのに何故かひどく鼻につく。
早速今日の夜接待があるからよろしく頼むわ、と私の肩を叩いた松平さんにぎこちない笑顔で頷いた。



新しく作ったという部署はまだ完全に機能していなくて、殆ど仕事がなかった。
機能するまでは適当に仕事を見つけてくれと言われているが、今まで土方さんに指示されたことのみをしていた私は自分で何かを見つけるというのがとんでもなく苦手らしい。何をしたらいいか分からずとりあえず、倉庫みたいに物が溢れかえっている"新しい部署(名前はまだない)"と書かれた部屋の掃除をしていた。
しかし掃除も実家でしてこなかった上に、屯所では女中の方々やってくれていたのだ。やり方が分からない。どんなに頑張っても一向に片付かず気が滅入った。
それに話す人もいないそこは、完全に罰ゲーム状態だった。
少し外の空気が吸いたくて、みんなに会いたくて頃合いを見計らって屯所までやって来てしまった。相変わらず賑やかな声が外まで聞こえる。
ついこないだまで私もその中にいたはずなのに、今は一線引いて他人のようで寂しさが募った。


「なにしてんだてめえは」


聞き慣れた低い声に振り返れば、見回りから戻ってきたのか土方さんが隊服姿で立っている。
あ、っと声を漏らして反射的に走り出した私の腕を最も簡単に掴まれてしまった。


「人の顔見て逃げ出すたァ、いい根性してんなお前は」
「故意じゃないです、反射的です」
「余計腹立つわ」


で、何してんだよ。と言われて懐かしい煙草のニオイとその声に一気に気が緩む。
うっ、と声を漏らすほど胸が締め付けられた。


「なんだその顔」
「生まれつきです」
「よっぽど俺をイラつかせたいらしいな、お前は」


屯所の塀のすぐ横で、たかが数日離れていただけなのに戻ってきたくて寂しくて土方さんの隊服の袖を握りしめてしまった。


「……そんなに辛いか、新しい場所は」
「暇です」
「サボりたがってたお前にはいいところじゃねえか」


女は我儘すぎんだよ、と土方さんが呟いた。なんとでも言ってくれて構わないから、たった一言、戻って来いよが聞きたい。


「土方さん、一生のお願いがあります」
「聞くだけなら聞いてやる」
「やっぱり真選組が恋しいです」


たった一年と少し。
しかもその一年は結構辛かったように思う。
パシられて殴られて怒鳴られて。血だらけになりながら死んでいく人たちをたくさんみたし、たくさん人を斬って。
どうしてそんなところに戻りたいのかって、そんなの一つしかない。私はそれでもそこが好きなのだ。土方さんとの思い出がかなりあって、なんだか少し舌打ちをしたい気分になった。


「へえ。お前がそんなに真選組を大事に思ってたなんざ知りもしなかった」


戻って来ればいいんじゃねえの?と新しい煙草を取り出した土方さんに「でも、だって」とモジモジしていれば気持ち悪いと言われてしまった。


「つか、お前みんなになんも話してねえから出張ってことになってんぞ」
「え?」
「近藤さんですら俺に名前ちゃんはいつ帰ってくるの?って聞いてきたからな」
「えぇ?」


ま、戻ってくんなら今まで以上にこき使ってやるから安心しろ。と頭を撫でられてゾクゾクと背筋が凍った。


「勘弁してください」
「暇なのが嫌なんだろ?良かったじゃねえか」


どちらにしろお前のことだお前が決めろ、と言って土方さんは屯所内へと入って行った。
急いで警察庁へ戻り松平さんに謝った。来たばかりでこんな我儘許されるとは思いませんがっ、と深く頭をさげる私に松平さんは「おじさん嬉しいよ、そんなに真選組で大事にされてたっつーなら」と広く大きな心で許してくれた。
こうして私はたったの四日で、真選組に戻ったのだった。


「あれ?名前ちゃんお疲れ様。ところでどこに出張行ってたの?」
「あっ、えっとあの、近藤さん……」
「つか警察庁に行くのはどうなったんで?」
「総悟くん、それなんだけど……」
「こいつ断ったんだと。死ぬまでウチで刀握ってたいんだとよ。大した忠誠心だよな」


な?と言った土方さんが私に四日で溜まったのであろう書類の束を渡した。


「え、なんですかこれ」
「お前の分」
「えぇ?だって私……」
「あぁそれから"出張"の報告書もちゃんと提出しろよ」


一生のお願い聞いてやったろ?と笑う土方さんに拳を握りしめた。
これ、一生のお願いなんで使わなくても戻ってこれたんじゃ……と後悔してももう後の祭りである。

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