03


松平さんへ返事をしなければならない約束の一週間は、特になんの変哲もなくいつも通り過ぎていった。
討ち入りやら事件が起きない限り、私の仕事なんて延々と土方さんの言いなり以外のなにものでもない。


「明日だねィ」
「んー?なにが?」
「とっつぁんに返事すんの」


ぷくぅーと風船ガムを膨らませた総悟くんがどうするんで?と聞いてきた。
今は風呂上がり、私と総悟くんでオセロをしているのだ。


「どうするって……もちろん受けるよ、こんないい話」
「へえ。あ、角取りィ!」
「聞いといて興味ないんかい」


寂しい?と聞いてみれば「別に全く?」とわざわざ顔を上げて目まで合わせて言ってくれた。しかも顔はキョトン顔である。
私は寂しくなるなぁ、とボヤけば総悟くんがだって、とオセロ盤へ視線を落としながら続けた。


「アンタがいなくなって一番寂しがるのはなんだかんだ土方さんなんじゃねェーんで?」
「はっ……」


開いた口が塞がらない。どうして土方さんが?むしろ一番喜びそうだよあの人。きっと手のかかる使えない部下がいなくなって万々歳だよ。


「俺も少しは遊び相手がいなくなってつまんねェーとか思うかも知れねェーなァ」


パチン、と白を黒にひっくり返しながら総悟くんが言った。
私も総悟くんとこうしてオセロができなくなるのかと思ったら寂しいよ、と言えばここに残ればいいと言い出すから困ってしまった。


「こんなにとんでもなく雑魚なのにゲーム好き、他にいやせんぜ」
「褒めてるんだよね?」
「俺をこんなに気分良く眠らせてくれるんですぜ?自信持ちなせェーよ」
「だから褒めてるんだよね?別れを惜しんでるんだよね?」


んなわけねェーだろィ、と言われてそうだったそうだった総悟くんはそういう人だったわと冷静になれた。
しばらく大して重要でもない話をして、寝るかとオセロを片付けた。明日は起きたら近藤さんのところに話に行こう。
歯を磨いてから総悟くんとおやすみと挨拶をして自室へと戻った。女だから、副長補佐だからと、私にも部屋をくれたのは土方さんの心意気らしい。
真選組にやってきて一年と少し。ポッと出の新人が入隊してすぐ部屋を貰えたり、副長補佐になったりできっと不満もあったろうに……誰一人として私に文句を言う人は居なかった。近藤さんは実力もあるんだから胸を張れと言っていたけど、きっとみんながとてもいい人なのと文句を言おうにも常に鬼の副長とドエス隊長が側にいてくれたからだろうと、柄にもなく二人に感謝した。



近藤さんに朝一で警察庁へ行くと、こないだのとっつぁんの話を受けると報告すれば眉を下げ少し困ったように笑って「名前ちゃんが決めたことなら」と頭を撫でられた。
そして寂しくなるなぁと言って涙なんて溜めてくれちゃうから、なんだかこの選択は間違えているようにも思えた。


「なんで朝から泣いてるんだよ、近藤さん」
「あぁ、トシ……名前ちゃんがなぁ」


"今日受ける方向でとっつぁんに話に行くってよ"
食堂へとやってきた土方さんに近藤さんがそう言えば「そうか」と一言だけ言って朝食を摂り出した。
まあ土方さんが近藤さんのように別れを惜しみ寂しいだとか言って涙ぐむなんて思っていなかったし、総悟くんのように冗談でもここに残れなんて言うようにも思えなかったから予想通りといえば予想通りの反応である。


「いつからあっちに行くんだ?」


近藤さんの横に腰を下ろした土方さんは私の斜め向いに座っている。今日は近藤さんに誘われ、幹部席で食べることになったのだった。


「まだ詳しくは分からないんですよね。松平さんにも話してないし」
「荷物の整理なんかもあるからな、分かり次第報告しろ」


さっぱりしてる。いや、ここで近藤さんのように泣かれても吐き気しかしないけど。
了解です、と返して玉子焼きを食べた。今日はチーズ入りらしい。
ちらりと顔を上げれば近藤さんがやはり眉を八の字にしながら、私を見て笑った。
午前中の稽古を終えてから、松平さんに連絡を入れれば「じゃあこっちで推薦の準備をしておくからなぁー、おじさんがいいポジション用意してあげちゃうからね」と言ってくれた。また何か決まり次第こっちに顔を出してくれるという。近藤さんに伝えればトシとよく話し合うように、と言われてしまった。
話し合うって、いったい何を話し合えばいいのだろう。
いつも通り副長室へと顔を出せば土方さんは机に向かっていた。いつもなら手伝えと言うのに総悟と見回りに行ってこいと言われて、少し戸惑った。


「見回り、ですか?しかも総悟くんと」
「どうせこれからまた書類は俺が裁くんだ、お前は心置きなく行けるように念願だった総悟と見回りにでも行ってくればいい」


それが優しさからなのか、はたまたどうでもいいからなのか分からないけれど……
了解です、と残して総悟くんと見回りに行くことにした。
もちろん屯所を出てすぐに見回りルートから外れたのは言うまでもない。

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