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「いだっ」
「テメェは何度言えば分かるんだ?ああ?」
「分かってます分かってます!今回は本当に、不可抗力でしたっ!!」
「問答無用だ馬鹿野郎が」


花見の場所取りじゃんけんで負けた私は総悟くんとオールナイトで場所取りをするはずだった。しかし寝てしまったのだ。これは仕方ない、だって連日続く寝不足で限界だったんですもん。二人仲良く居眠りこいてたところへ運悪く朝一番に様子見にやってきた土方さんにバレたのだ。口を開くよりも先に拳を振り下ろした土方さんは今日も朝から元気だそうです。


「日本語が理解できねえのか?英語なら理解できんのか?」
「理解してますって!ああもう、密室でもないし密着してたわけでもないのに…」
「お前には危機感っつーもんがなさすぎる」
「総悟くん相手になんの危機感を持つんですか」
「総悟だって男だろーが!10代なんつーのは頭ん中そういうことしか考えてねェーんだよ!足りねェー頭でもそんくらいわかんだろーが!」
「…え?」


あれ…?以前と怒られている内容が少し違うような…?
あの日、道場で腹を割って話た日から、土方さんと私の間にはなんとも言えない空気が漂うようになった。ぶるっと身震いがする。どうして土方さんは顔を赤くしているのでしょうか!!


「違ェーぞ。今のはあれだから。世間一般の話をしただけで俺の10代の話とかじゃねェーから」
「わっ、分かってます分かってます。土方さんがそんな、付き合ってもない人とそういうことしたいとか考えるわけないですもんね。分かってます分かってます分かってますとも」
「当たり前だろ。そんなこと思うわけがねェ」
「ですよね!大丈夫です、分かってます!!」


二人で頬を染めて無駄に早口で会話を終わらせた。そこへ今まで寝ていた総悟くんが「もっとマシな起こし方ねェーんで?」とあくび混じりに起きてきた。


「ったく。10代の俺から見ても青クセェーったらありゃしねェ」


馬鹿馬鹿しいと総悟くんが起き上がり隊服についた桜の花びらを叩き落とす。土方さんは舌打ちをして、私は聞こえないフリをした。
わらわらと集まってきた隊士がレジャーシートを敷いたり、つまみを出したりと花見の準備を始める。場所取り担当だった私と総悟くんは準備免除でその光景を眺めていた。


「アンタ、これでいいんですかィ?」


山崎さんに怒鳴り散らしている土方さんにうっとりしていれば、あまり興味なさそうに頬杖をついたまま総悟くんが言った。私は「うーん」と返答をする。
本音を言えば土方さんと付き合いたい。もっと言えば結婚だってしたい。でもそれはきっと無理なんだろう。土方さんはここで、近藤さんと築き上げてきた真選組の一部として生きていきたいらしいのだから。


「アンタも姉上も、ほっんと見る目ねェーっつーか…俺には理解できやせんね」
「土方さんのことを好きになるっていうのが?」


総悟くんのお姉さんの話も土方さんから聞いた。話を聞いて、諦めようとも思った。でもそれ以上に、隠すことも嘘をつくこともせず全て話してくれた土方さんの誠実な部分をもっともっと好きになってしまった。


「ばーか。そうじゃねェーよィ」
「え、総悟くんも土方さんの良さが分かってきた?」
「はいはい、ご馳走さん」


あ、山崎さん蹴られてる。
土方さんと私は相変わらず真選組の真髄鬼の副長と使えない副長補佐という間柄である。好きになる前から何も変わっていない。事あるごとに怒鳴られ殴られパシられている。たまに本気で息の根を止めに来てるんじゃないかって不安になるくらいだ。こないだなんて討ち入りで私のこと駒に使いましたからね、あの人。女だっていうことを良いように使って浪士を油断させて…大事にされてるようでされてない気もする。それでも


「名前!何してんだ。さっさとこっち来て働け!」
「えっ?!だって、場所取りした人は準備免除って、毎年っ」


めちゃくちゃ睨まれてるけどだって、私場所取りしたじゃないですか!土方さんの睨みに負けじと目を逸らさず居れば、イテテテテテと先ほど蹴り飛ばされた山崎さんが起き上がり手招きをした。


「サボってたわけじゃないんですよ?場所取りしたから…」
「うん、分かってるよ。副長が側に居たいだけでしょ」


山崎さんの言葉にかあっと顔が熱くなる。土方さんが私の側に居たいだなんて、そんなこと…あるわけがないと土方さんに話を振ろうとそちらを向けば、これまた顔を少し赤くした土方さんと目が合ってしまい言葉が出なかった。


「隣にいろっつったろーが」


顔を赤くした土方さんはいつもの偉そうな口調で私を見下ろす。


「隣って…ええ?えっ?」
「違ェーよ、目離したらまた総悟と余計な事するだろってことだ」
「あっ、ですよね。そうですよね」


二人して顔を赤くしてまた早口で言葉を交わす。そんな私たちに山崎さんが「素直じゃないなあ」と笑った。近藤さんがやって来てもうそろそろ花見が始まる。


「名前」
「はい?」


乾杯用のお酒を注いでいた私に土方さんが小さく口を開いた。


「少し肌寒ィな」
「えっ…?」


寒いですかね?と首を傾げた私に、土方さんは「その意味が分かるようになるのはまだ先か」と呆れたように口元を緩めた。
満開の桜が咲く春の日、暖かくて心地よいその日に土方さんがどうしてそんなことを言ったのか知るのはもう少し後のことだった。



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