▽ 37
時計の音がテンポよく頭の中に響く。説明しろって言われたって、そんなの告白と一緒じゃないか。なんて言葉にすればいいか分からなくて土方さんの視線から逃げるように目が泳ぐ。
「何をそんなに考えてんだよ。思ってること言えっつってるだけだろ?」
簡単に言ってくれる。そもそも土方さんが悪いくせに。手の届かないものはなんたらかんたらとか、女はめんどくさいだとか、自分が線引きして私を遠ざけたくせに。段々と腹が立ってきてしまった。私どうしてこんなに凄まれてるんだろうか。
「お言葉なんですけど」
「言ってみろ」
「…」
ふんっと鼻を鳴らした土方さん。この人はどこまで上から目線で来るつもりなんだろうか。そんなんだと何も話してあげないぞとそっぽ向いてみた。距離を取ったはずなのに顔の横にすごい勢いで投げられた竹刀がビュンと髪の毛をすり抜けて行く。
「えっ?!なっ、投げました?」
「なんか面見てたら投げたくなった」
「どんな理由ですか、そんな理由でっ」
「長ェんだよ、なにちょっといい女ぶってんだテメェ」
「ぶってませんけど?!全然いい女ぶってませんけど!!」
「俺が話せっつってんだから即話せ。じゃなきゃ腹斬れ」
「選択肢おかしい!選択肢がおかしい!」
「うっせェーな。よし腹斬るか」
「言います言います話します。だから立たないでくださいっ」
"お前は俺が好きなんだろ"そこまで言われたんだ、もうどうにでもなってくれ。ぐっと膝の上で握りしめた拳。袴に皺が寄った。意を決して顔を上げれば凛とした双眼がこちらをジッと見ている。怯みそうになる。もういい。自信過剰じゃないですか、と言えればいいけどこの目の前じゃ嘘なんて簡単に見破られてしまう。
「総悟くんから聞きました。お姉さんのことと、土方さんのこと」
あー胸が痛い。討ち入りで怪我するよりも痛い。気になってはいたけど、知るということは傷つくことも覚悟しなければならない。あ、でも傷つくもなにも叶わないって分かってるからまだマシか。総悟くんから聞いといて良かったかもと思えば少しだけ呼吸が楽になった。心臓が痛すぎて肺まで痛みを帯びているんじゃないかと不安になっていたのだ。
土方さんはなんて答えるんだろう。交わる視線は離れなかった。ゆっくり瞬きをした土方さんはいつもと変わらない声色で「で?」と言った。
「で、って…。だからその、」
「それと自分勝手はどう関係してるんだ?」
「えっと、迷惑じゃないかな、みたいな…?」
「それは自分勝手じゃねェーだろ」
この人どんだけ自分勝手って言われたこと根に持ってるんだろう。何でそこ掘り下げる?え、なにを言えば正解なの?
「もっと言いてェーことあんだろ」
「ないです」
「ある」
「ない」
「タメ口利いてんじゃねェーぞコラ」
「今のはノリじゃないですか!」
「んなの求めてねェーんだよ」
あーめんどくせえな、と煙草を取り出した土方さんにまたもやムカッとしてしまう。私のせいなの?ええ?明らかに土方さんがめんどくさくしてるじゃないか。
「なにが聞きたいんですか。自分勝手って言ったのがそんなに不快だったなら謝ります、すみませんでした」
そっちがめんどくさいと言うならこっちだって言ってやりたい。めんどくさい、もうめんどくさい。何もかもめんどくさい。どうにでもなってしまえ。投げやりになった私に土方さんが舌打ちをした。
「お前何も分かってねェーな。そういうことじゃねェーだろ?」
まじ面倒くせェーわ、と言われた。こっちの台詞である。ぷつんと糸が切れてしまった。もういい!惚れたもん負けなんて言葉は惚れてる方が言うものであって、惚れられてる方が驕るものではないのだ。
「分かるわけないじゃないですか。土方さんの言ってることやってること、全然分からないんですもん。私が土方さんに惚れてるって分かってたんですよね?じゃあなんで振り回すんですか、楽しいですか?年下の幼気な乙女を振り回して!!」
好きな人いるくせに。付け加えるようにしてそれも言ってやった。ハァハァと肩が上下に動く。一気に喋りすぎて疲れた。
「自分勝手、ねェ」
副流煙を撒き散らす土方さんは私から視線を外さない。あまりにも真剣な目で見てくるから、私も目を逸らさなくなってしまった。言い切ったけど、言い切って少しスッキリしたけど…。やっぱり言葉にして吐き出したら胸の痛みが深くなった。そうだ、私は一番これが嫌だったんだ。ようやく気づいた。好きでいるのが辛いとか叶わないのが辛いとかじゃない。土方さんの考えが分からなくて、自分自身の気持ちがまとまらないことが嫌なんだ。
「俺はテメェのことを思って動いてたつもりだけどな」
「…は、あれのどこがですか」
「俺なんざやめとけって、いつだって線引きしてきてやったろうが」
「だったら!!」
ああもう、結局振られるなら言葉に出したくなかった。俺なんかやめとけって、そんなこと言うなら期待させなきゃいいじゃないか。振り回したって言われても仕方ないことしてるんだって、どうして分かってくれないんだろう。
「でももうやめだやめ。総悟から聞いてんだろ?俺は誰とも結婚しねェ。だからお前とも結婚はしねェ。でも、どこぞの馬の骨にくれてやろうとも思えねェよ」
土方さんの言ってる意味が理解できなくて間抜けな声を出せば少し悲しげな声で「俺は自分勝手なのかもな」と言われて、目頭が熱くなった。
「自分勝手です、本当に」
「悪いな、変わるつもりはねェーんだわ」
だから、私にどうしろって言うんですか。
<< >>
←