35
バンッと勢いよく開いた襖に驚き体を起こせば、総悟くんが酒の匂いをぷんぷんさせながらふらつき私の部屋に入ってきた。


「え…なに、どうしたのって…くっさ!酒臭っ」


私の配属の件で話し合いをすると言っていたはずなのにどうしてこんなに酔ってるんだろうか。というかなんで私の部屋に来たの?いつ転んでしまうか分からないほど、千鳥足の総悟くんの体を支える。こんなところでこんな時間に転ばれて騒がれたら堪ったもんじゃない。土方さんに総悟くんと一緒に寝たりだとか、ゲームをして夜更かししたりだとか…兎に角、一夜を同じ部屋で過ごすことをきつく禁じられているのだ。それは総悟くんだって同じはずなのに、なんで私の部屋に来た。


「やっぱ起きてらァ。なんでィ、寝れなかったのかィ?」


にやにやと顔を上機嫌に緩ませた総悟くんが私にもたれかかった。土方さんに鍛え上げられているとはいえ、全体重をかけるように寄りかかられると意外にも体勢がきつい。


「起こしに来たようなもんじゃんかー。ねえ重いんだけど、なになんなの?」
「うぇっ、だめだ気持ち悪ィ」
「ちょっとたんま!たんま!ここで吐く?えっ、ねえ!ここで吐くの?!」
「厠もここもそうそう変わんねェーだろィ」
「全然違うわ!」
「ちょっ、でけェー声出すんじゃねェーや、本当にぶちまくぞ」
「やめっ、あっ、ちょっ!手突っ込まんで下さい!お願いします、神様仏様沖田様ぁぁぁああ」


やめてやめてと言いつつも背中をさすってあげちゃう辺りが、私と総悟くんの仲なのかも知れない。吐く?気持ち悪い?と心配で顔を覗き込めば「ドアップは気持ち悪ィ」と言われて損した気分になった。


「本当に何しに来たの?悪口言いに来たの?」
「どう見たってゲロぶちまきに来たんだろィ」
「厠行け」
「ここでも問題ありやせん」
「大有りだわ、何言ってんの」


座り込んだ総悟くんは、私にいつも通り暴言とも取れる言葉を投げかけてはいるけど…こんなに気持ち悪くなるまで飲んだ姿は初めて見る。お水いる?と聞けば素直に頷くもんだから、真夜中に人の部屋へ来てゲェーゲェー言われたのに私は台所へ水を取りに行ってあげることにした。なんだかんだ総悟くんは憎めない気がする。
コップに水を入れ戻れば、総悟くんは先ほどより随分落ち着いた様子で天井を見上げていた。


「水、持って来たけど」
「おー、たまには使えんじゃねェーかィ」


その言葉はいつもと変わらない。全然変わらず私に嫌味を言ってるはずなのに。どこか腑に落ちなくて、言い返そうと開いた口はそのまま閉じてしまった。部屋に置かれた時計の針の音、それから総悟くんが水を飲む音だけがする。こんな時間だから、やけに響くように聞こえた。それがなんともいえず、総悟くんの横顔へ余計に影を落とすようだと思った。なにか、なにか会話をしないと。気を使う間柄でもないのにそんなことを思えてしまうほど、今の総悟くんに胸が締め付けられた。


「そうい、」
「アンタ…これからも野郎を追いかけるんで?」


私の声と総悟くんの声が重なった。こちらをちらりと見てから言葉を続けた総悟くんはやはり天井を見上げていた。私も真似して顔を上げてみたけど、なんら変わらない、いつも通りの木目が見えるだけだった。


「別に、そういうわけじゃ」
「もうこっちはとっくに知ってたんでィ。今更別に〜だとかそんなんじゃない〜だとか言ってんじゃねェーや」


やっぱり知ってたか。もう驚きもしない。分かりやすかった?と聞けば総悟くんは「気持ち悪かった」と答えてくれた。それ悪口じゃね?


「うーん、そうだなあ。追いかけるっていうか付き纏うの方が近いかも。ニュアンス的に」
「やっぱり気持ち悪ィー」
「飲みすぎじゃない?」
「アンタの話に決まってんだろィ、なにボケてんでィ」


そうだよねー気持ち悪いかも私、と笑えば自覚あんならまだ救いようがあらァとため息混じりに言った。それからまた沈黙が流れて、2人並んで天井を見上げている。明日も朝早いんだけどなと心の中でボヤいた。


「姉上とアンタの違いはそういうところなんだろうなァ」


突然総悟くんが口を開く。姉上?と首を捻れば珍しく優しそうな顔して総悟くんが笑った。え、なにその顔。反則だと思うんだけど。


「世界一いい女でさァ。優しくって面倒見が良くて、自分のことなんかよりいつだって俺のことを…ってアンタは興味ねェーことだよな」
「え?」
「こっちの話」


それ以上聞いてくるなと言ってるようにも聞こえた。でも総悟くんがこんな風に笑うんだ、きっと身内贔屓など抜きで優しく面倒見も良く、自慢したくなるほどいいお姉さんなのだろう。なんだか心が温かくなる。友達のこんな笑顔、私までほっこりとしてくるに決まってる。


「大好きなんだね、お姉さんのこと」
「まあねィ。姉上に敵うやつなんかこの世に1人も居ねェーって思ってんからなァ」


今まで聞いたことなかったけど総悟くんってお姉さんがいたんだ。実家へ頻繁に帰れる組織ではないから、酔いが回ってホームシックにでもなったのだろうか。だとしたらドエス鬼畜バカイザーにも可愛いところがあるらしい。ふふっと笑った私に総悟くんは「それでもアンタはこれからも野郎を追いかけれるのか」とえらく真面目な顔して言った。その言葉の意味が理解できない。お姉さんの話からなぜ急に…理解しようと今までの会話を思い返す。こんな時間にわざわざ私の部屋へ来てお姉さんの話をする理由があるはずだ。今までの会話の中にそのヒントが必ずあるはずだ。総悟くんの真面目な顔に私の顔を笑みを失っていく。


「ごめん、質問の真意が読めない」
「そのまんなの意味でさァ。分かんだろィ」


全然分からない。全くもって分からないけど、総悟くんがふざけてるように見えないからそれ以上聞けない。
総悟くんが何故お姉さんの話をしたのか、何故土方さんのことを持ち出すのか、何故こんな時間に私の部屋へやって来たのか。脳内に浮かぶ疑問全ての答えが必ず私には分かるはずだと、記憶の中にある引き出しを開くように今までのことを思い返してみた。


「あの、さ。もしかしてなんだけど、総悟くんのお姉さんと」


まっすぐこちらを見るまん丸の目が、痛いくらい胸に突き刺さる。女がめんどくさいんじゃない。土方さんは、土方さんは。


「好き合ってたんでさァ」


そっか、と笑うだけで精一杯だった。


<< >>