34
江戸は春を迎えた。屯所に植えられている桜の木が蕾をつけ始めたし、寒くて見回りのためにパトカー争奪戦も収まりかけていた。春、出会いと別れの季節である。


「新人を迎え入れようと思う」


近藤さんの言葉にみんなが頷く。真選組は時に死者を出す。運の悪かったもの、力が及ばなかったものは死ぬ。よって人の入れ替わりがどちらかと言えば激しい方なのだ。


「主に一番隊の隊士を募集しようと思っているんだが、総悟、どんな奴が欲しいんだ?」
「そうですねィ。よく働いて書類も作れる、そんでもって俺に従順な…名前みてェーな奴ですかねィ」
「「はあ?!」」


途中まで頷いていた私と土方さんの声が重なった。以前は総悟くんと同じ隊を希望して何度も土方さんに楯突いていたけど、今更そんな、え?総悟くんはニヤニヤしながら「鉄も居ることだし土方さんのところは人が足りてて羨ましいや」と言った。


「しかし、総悟…」


近藤さんが困ったように土方さんと私を交互に見る。私も土方さんの顔を見上げた。というより居間に集まっている隊士がみんなして土方さんの顔を見ている。煙草を咥えてスーと吸った土方さんは、深く深く吸い込んでからゆっくり吐き出した。そして私の方など一ミクロンも見ずに「こんなやつ欲しがってどうするんだ?」と総悟くんに言う。こんなやつって言われたけど、一応手元に置いといてもらえそうな返答に安堵した。好きにしろとか言われたらどうしようと少しだけ、ほんの少しだけ寂しく思っていたのだ。


「こんなやつ?そりゃ名前が可哀想ですぜ。どんなにあしらわれても健気に仕えてるのになァ」


総悟くんのその言葉に隊士が騒ついた。多分、みんな言わないだけで私が土方さんを好きだと知っていたのだろう。その証拠にどこからともなく「沖田隊長さすがだ」「よっ!斬り込み隊長!」「実際のところどうなんですか副長」などという言葉が上がった。ゆっくり、しかも水面下で想うだけにしようとしていたのに…。どうしよう、これは思いっきり言葉にされて否定される。絶対100パーセント何があっても俺はこんな女どうも思わねえとかなんとか言われるに決まっている。真っ青になりそうだ。総悟くんの方を睨めば、サディスティック星からやって来た王子は綺麗な顔をこれでもかと歪めて微笑んだ。文句の一つでも言ってやりたい。こんな気分も晴れやかになる陽気なのに、どんだけ真っ黒な腹をしてるんだと言ってやりたい。あいつ…絶対私が傷つくの分かってて言いやがった…!!


「あの私、一番隊、」
「よーし!この件は俺がトシと話し合おう!うん、そうしようそうしよう!きちんと根掘り葉掘り、かなり深層部まで突っ込んで話し合おう!」


傷つきたくなくて、要らねえと言われたくなくて、自衛の為に言葉を発した。それを遮るかのように近藤さんが言葉をかぶせたのだ。局長のその言葉に隊士が静まる。私の位置からは土方さんの顔がよく見えるのに、相変わらず何を考えてるか読めなかった。この顔はどちらだろうか。ここのところ何もなく、平穏だったのに。許すまじ沖田総悟である。


「ほんじゃその話し合い、俺も仲間に入れてもらいやしょうかねィ。なんたって俺の隊も関わってる話なんでねィ」


シレッとそう言う総悟くんだけど、確実に私が有能だからだとか私が本当に使えるから欲しい訳じゃないだろう。ただただ面白そうだからぐちゃぐちゃにしたいだけだろう。ああ、土方さんの思わせぶりに一喜一憂してるだけでお腹いっぱいなのに。これ以上はもう消化できそうもない。万が一、引き留めてもらえたとしても私が土方さんと結ばれるだとかそんな甘い話がないことくらいわかっている。問題は要らないと言われた時だ。私は立ち直れるだろうか。


「トシ、どうする?」


近藤さんが土方さんの顔色を伺うようにして問いかけた。土方さんは顔色ひとつ変えずに「好きにしろ」と総悟くんに言った。ッチ、と総悟くんがつまらなそうに舌打ちをして朝の会議が幕を閉じたのだった。
副長室で書類をやりながら、土方さんからの言葉を待つ。何か私に一言あるかも知れないとドキドキしたが、仕事内容以外の会話はなかった。総悟くんの言葉に、隊士たちの野次に、土方さんはどう思ったのだろうか。結局のところ、私は土方さんの気持ちを何ひとつ知らされていない。拒絶されたり、期待させられたり、どちらか分からない。でもどちらにしても私の気持ちが通じて、土方さんとどうこうなることはないし、ただ想ってるだけで十分なのだ。それ以上を望まないから拒絶さえされなければ生きていけるのに。


「おい」
「はいっ?!」
「誰がそんなミミズが這ってる書類許すんだよ、シャキッとしろシャキッと」
「すみません…」


突然声をかけられたからてっきり先ほどの件についてかと思ったが、土方さんは至っていつも通りだった。しかし夕飯後、例の話し合いが行われる少し前、事は起きた。話し合い結果が気になって不安で怖くて寝れるわけないだろうと一人部屋で悶々としていれば、土方さんがやってきた。不機嫌そうな顔で口を開く。


「ハイかイイエで答えろ。テメェは俺の隣で死にてェーか、それとも総悟のとこで死にてェーか?」


私に選ばせてくれるの?それとも参考までにだろうか。どちらにしろ、私の意見を聞いてくれると思わなかった。これだけでなんだか距離が縮まったというか、少しだけいい方に転じた気がする。


「土方さん、その質問一言で答えられないです」


困ったように笑った私に土方さんは小さく「俺より先にくたばらせてたまるか」と言った。


<< >>