33
本格的に寒くなってきて見回りも億劫になった。しかし文句を漏らせば鉄拳が降ってくるのがここ真選組である。そして私の隣で苛立っているこの男こそ、鉄拳を降らせる達人土方十四郎だ。


「あいつら、寒いだなんだって全員パトカーで行きやがった」
「すごいですね、副長である土方さん差し置いてパトカー使えるなんて。見習いたいもんですなあ」
「総悟に至っては見回りすら行ってねえんだろうけどな」
「そう考えるとパトカーを使っているとは言え、見回りに行く方達を褒めたくなりますね」
「ならねえよ。ガソリンだってタダじゃねえんだぞ」


ったくよ。と歩き出した土方さんの後に続いて屯所の門をくぐり出る。乾燥した空気を肌に感じながら本日の見回りを始めた。寒くなってくると暖かな部屋で行える書類作業の方が幾分嬉しい。隊服は動きやすさ重視、闘った時のことも考えて熱があまり籠らない仕様である。


「はー、寒い」
「寒いって言うな、余計寒く感じんだろ」
「じゃあ暑いですね」
「しばくぞテメェ」
「なんでですかー」


下らないやり取りをしながら市内をぶらつく。怪しそうな人には積極的に声をかける。
私と土方さんはクリスマスを一緒に過ごしたといえ、何も変わらなかった。駅前のツリーを一緒に見ても、私たちは周りのカップルのように手を繋いだりしない。公共の場でキスをしてるカップルだらけの中で多分浮いていただろう。キラキラと光るツリーの下で、私たちがした事といえば仕事の話くらいだった。


「もうそろそろだな」
「え?」
「忘年会。今年はハメ外すんじゃねえぞ」


クリスマスのことを思い返していればガシャンと音がしてハッとした。土方さんが自販機で飲み物を買っているところだった。ん、と渡された温かいお茶。寒いから休憩と自販機の横に設置されているベンチに腰を下ろした。お茶のお礼をして私も座る。忘年会、忘年会と去年のどんちゃん騒ぎを思い返す。


「あっ…その節はご迷惑お掛けしました」
「本当にな。総悟と暴れやがってよ」
「本当にすみませんでした」


去年の忘年会。私はやはり総悟くんと一緒に飲んでいた。最初は原田さんを潰そうぜだとか、近藤さんを酔わせてお小遣いを貰おうぜだとかくだらないことをしていた。しかし段々酔いが回ってきた私と総悟くんは、何故か口論になり勝負を始めたのだった。今思い返しても、何故あんなことをしたのかよく分からないが、あの時は大真面目だったと思う。抜刀してキーンと刀をぶつけ合った。室内で突然起きた決闘に、酔いの回っていた隊士はどっちが勝つかに賭けを始めていた。千鳥足で振るった刀は柱を傷つけ、なんの騒ぎだとやって来た土方さんによって止められたのだった。それはそれはもう、本気で怒られたし本気で殴られたよなあ…。


「今年は俺の横から動くな。またあんなことになったら修理費テメェ等から出させんぞ」
「でも酌しろって言われますよ、総悟くんに」
「神山辺りが喜んですんだろ」
「じゃあ土方さんには酌しましょうか」
「酔っても小遣いはやらねえぞ」


コーヒーを飲み終わった土方さんがカコンと缶を捨て立ち上がる。私も立ち上がった。行くぞと言われたわけでもないが、同じタイミングで歩き出す。何も変わらない。私たちはきっとこれからもこのまま変わらないのだろう。嬉しいような悲しいような、なんとも言えない気持ちになる。


「来年もこうして一緒にいれますかね?」


は?と言いたそうに振り返った土方さんが手招きをする。少しだけ開いていた距離を小走りで詰めた。


「お前は俺の横にいりゃいいんだよ、これからも」
「…なんだか甘い言葉に聞こえたんですけど気のせいですか?」
「気のせいだろ」


そうか気のせいか。それでも嬉しくて、そうですかと笑った私の頭を何故か叩いた土方さんは「勤務中にヘラヘラしてんな」と言った。
何も変わらないようで、少しだけ何か変わったのかも知れない。今までの土方さんを思い返してみてもどこが変わったのか分からなかった。もしかしたらずっとずっと、私と土方さんはこんなだったのかも知れない。いつだって私の隣には土方さんがいて、いつだって私のヒーローで。ああ、でも王子様ではないんだよなあ。


「土方さん土方さん。私、白馬に乗った王子様を待ってるんですけど」
「急にメルヘンかよ」
「でも多分王子様は来ないんですよ」
「だからなんだよそのメルヘンチックな思考」
「どちらかと言うと独裁的だし、王子様ってキャラじゃないし」
「…へえ」
「偉そうだしわがままだし」
「お前より我儘なやつがいたのか」
「自分で言ってましたよ、俺も我儘なんだよって」


白馬に乗った王子様を待つなんて、おとぎ話の世界だけなんだろうな。きっと待ってたって迎えになんて来てくれない。そして私はお姫様でもなんでもない。じゃあどうしたらいいんだろうって、そんなの。


「王様を守る騎士にでもなろうかなって」
「なんの話だか分かんねえんだけど」
「私も分からないです」
「は?何お前」
「つまりですね、私はこれからもずっと隣にいますよって意味です」


はあ寒い、と吐き出した息は白く空へ登って…いかなかった。そのまま空中でバラけて消えてしまった。私と土方さんは、きっとこの距離がいいんだ。そして私は別にお姫様になりたいわけでもない。でも諦めることはできなそうだから、だから、死ぬギリギリまで隣には居させてもらえれば上出来じゃないだろうか。


「どっちが早く死ぬか勝負しましょうね」
「その勝負、お前の勝ち戦だろ」
「なんでですか?」


トンと触れた肘。土方さんの顔を見上げれば、真面目な顔して「お前、馬鹿だから病気にならないだろ」と言った。


「でもでも、もしかしたらその辺の浪士に殺られちゃってぽっくり逝っちゃうかも知れませんよ」
「俺の隣にいんならそんなことあるわけねえだろ」


俺を誰だと思ってんだ?と言った土方さんに、守ってくれちゃうんですかとは聞けなかった。期待させないで欲しいのに、土方さんは意地悪である。


「やっぱり王子様より王様を待ってるかも知れないです」
「は?またその話かよ」


呆れたように土方さんが笑った。


<< >>