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ホワイトクリスマスになったらロマンチックだなあとか思っていた昨日の私を、誰か殴ってくれないだろうか。


「さっむ!!なんで?なんで雪?!」
「うるせェ…つかなんでそんな薄着なんだよ!朝から雪降ってたろーが」
「だって、これが一番お気に入りなんですもん!」
「はあ?お気に入りだろうがなんだろうが寒くて震えてりゃ意味ねえだろ」


クリスマス当日、約束通り土方さんとご飯を食べに向かっている。朝から雪が降っていてホワイトクリスマスという事実に浮かれていた。好きな人と、しかもクリスマスに出掛けられるなんて浮かれないわけがない。朝から粧し込んだものの、薄着すぎたらしい。屯所から出てすぐ、外気の冷たさに震えが止まらなかった。なんで雪が降ってるんだろう。お願いします、もう少し暖かくなりませんか。


「なら戻ってなんか着てこい」
「それは出来ないです、この着物に合う羽織を持ってないんで」
「はあ?そんな理由で薄着なのかよ」
「そんな理由って言わないでください。超超超、重要ですよ」


寒い。本気で寒い。しかしお洒落は我慢である。震える足で雪を踏みしめる。昨日はそこまで寒くなかったはずなのに、一晩でなにが起きたらこんなに雪が降るのだろう。周りを行く、あったかい格好しているのに可愛い女の子を見れば自分が可哀想に思えてくる。慣れないお洒落なんてしたからだとか、いつも通り着込んで防寒してる土方さんは私の気持ちなんて微塵も気づかないんだろうなとか。冷えた指先を暖めながら少し先を行く土方さんの背中を追いかけた。


「…マフラーくらいなら貸してやらねえこともねえけど」
「え?」
「だからァ!マフラーくらいなら貸してやるっつってんだよ、二度も言わせんな」


そう言って振り向いた土方さんは自分のマフラーを私に投げつけた。顔面で受け止めた私は冷えて赤くなった鼻に痛みを覚える。そのまま雪の上に落ちてしまったマフラーを拾い上げ、顔を上げれば土方さんはもう背中を向けていた。
相変わらず不器用な人である。いつだって優しいくせに。


「煙草臭いです」
「じゃあ返せ」
「嘘です」
「…めんどくせえんだけど」
「ありがとうございます」
「おー」


マフラー一枚でどれだけ暖かくなったかと聞かれれば苦笑いを浮かべると思う。でも、土方さんのマフラーなら話は別で。
首元が暖かくなった以前に、何故か心まで暖かくなった気がするのだ。今日土方さんはどんな思いで誘ってくれたのだろう。クリスマスを意識して、私を誘ってくれたならいいのにと考えて首を思いっきり振った。そんなわけない、そんなことあるわけない。だって私は遠回しに振られている。きっと深い意味はない。私と同じように土方さんも、今まで通りに戻りたくて仲直りのために誘ってくれたのだろう。


「結局お鍋やめてなに食べ行くんですか?」
「寒いから鍋」
「あ、鍋」
「鍋」


山崎と行ったところより美味えぞ、と言われてやっぱり期待したくなる。都合よく解釈してしまってるだけだと分かっていても無理だ。


「土方さんって、私のこと好きですよね」
「部下としてな」
「ふふっ、私も好きです」


上司として。というのを付け加えれば安心した顔をするのだろうか。だったら絶対言わない。
ニッと笑った私に溜息を落とした土方さんが「馬鹿じゃねえの」とボヤいた。馬鹿だなんていつも言ってるくせに今更すぎて笑うしかない。
叶わない受け入れてもらえない通じ合わない。そんなの、前から分かってた。でもこうして拒絶されないならまだ想っていてもいいってことだろうか。


「サンタさんサンタさん、プレゼントは何くれますか」
「誰がサンタだ」
「あれ?知りませんか?私、サンタさん信じてるんですよ」
「嘘こけ、去年それ近藤さんに使った手だろ」
「近藤さんは多分今年もプレゼント買ってくれてます」
「あの人は総悟にも毎年やってる」
「土方さんだって総悟くんにあげるくせに」
「あげねえよ。あいつにあげんのはお年玉だけだ」
「え?お年玉あげてるんですか?!」
「20歳になるまではな」
「やだなにそれ、可愛いですね」
「…うぜえ」


お店に着くまでそんな話を続けた。今までよりも会話は続いたし、今までよりも満たされた。楽しくて幸せで、叶わないと分かっていてもやめ方が分からない。


「好きなだけ食え」
「マヨネーズは自分のお椀に入れてくださいね、私のに入れないでくださいね」


他の人から見たら私たちはどう見えるんだろう。クリスマスの日にわざわざ休みを揃えて夕食に出掛けて、このあと駅前のツリーを見に行くんだよ?ねえ、どう見える?
恋人のように見えていたらいい、恋人じゃないけどお似合いだとどこかの誰かが思ってくれたらいい。
やっぱり美味しいですね、と言えば土方さんは「クリスマス限定じゃなくてこないだと同じやつ頼むと思わなかったわ」と言った。だって私たちは恋人じゃないから、クリスマスなんて関係ないんじゃないだろうか。


「ただの25日です」


先ほどまでおめでたく浮かれきってたくせに、ごちゃごちゃ考えていたらネガティブ思考が邪魔をしてきた。そのままおめでたくへらへらしていれば今は幸せにずっぷり浸かっていれるのに、本能が防衛する。クリスマスだからとかクリスマスなのにとか考えていると明日、きっとまた叶わないことに嘆きたくなる。そしてそれを全部土方さんのせいにしてしまいそうな自分が嫌になる。誘ってくれたくせにどうしてこの気持ちは受け入れてくれないのだとか、どうして思わせぶりなことをするのだとか、どうして諦めさせてくれないんだとか。
土方さんはいつだって変わらず接してるだけで私が変に恋愛脳なだけなのに。


「馬鹿、クリスマスなんだろ?」


へらへらしながら、しかし一応自分の為に張った防衛の壁である"ただの25日"という虚勢を土方さんは簡単にぶち壊しやがった。


「あーもう。土方さんなんて大嫌いです」
「俺もお前が嫌いだから心配すんな」


食い終わったんならツリー見に行くぞ、と煙草を灰皿に押し付ける目の前のこの人は私をいつまで生殺しにして置くつもりなんだろうか。
先ほどの好きですと今の大嫌いですが同じ気持ちから出てきたもので、どちらを取っても私はこの人が好きだと再確認させられた。やっぱり嫌いで大好きなのだ。
店を出ても雪は変わらず降っている。

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