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密偵を終えて屯所に帰ってきたのは、クリスマスイヴだった。結局黒と言えるだけの情報は掴めずに初めての密偵は終わった。


「お疲れ様。どうだった?初めての監察は」


寂しかったよと自室に荷物を下ろした私を後ろから抱きしめてくれたのは近藤さん。ギチギチに締められて苦しい。ただいまです、と返事をすれば「今日明日、ゆっくり休んでね」と言われて驚いてしまった。


「えっ、イヴもクリスマスも休みですか?」
「張り込みから帰ってきた日は休みのことが多いんだ。明日は休み希望出てなかった?トシから受けてるんだけど…」
「土方さん?」
「いや俺もね、トシから名前ちゃんを一ヶ月監察方で使いたいって聞いた時は喧嘩でもしたのかなって心配したんだけど。二人で休みを取るなんて要らん心配だったようで安心したよ」
「え?」
「ん?」


仲良くするんだよ、と頭を撫でて近藤さんが部屋を出て行った。一ヶ月?休み希望?はて…。
荷物を解くこともせずそのまま副長室へ向かう。どういうことだろう。失礼しますと開けた襖の向こうは、屯所を空けた一ヶ月前となんら変わらない光景だった。少し煙い部屋で文机に向かう広い背中。「ああ?」と振り返った土方さんは相変わらず涼しい顔をしていた。


「あのっ、今近藤さんから聞いたんですけど、一ヶ月って…」
「挨拶」
「へ?」
「普通隊務から戻ったら挨拶が先だろう」
「あっ、えっと、苗字ただいま戻りました…?」
「報告書は」
「いやあの、」
「報告書」
「いやっ、話を聞い、」
「ああ?」
「…ええ?!」


なにこれ、なんだこれ。何事も無かったかのように話してくる土方さんに、え?え?とあたふたしてしまう。だって、最後に会った時は気まずさが残ってたではないか。なにがあった、私が不在だった間に。
報告書出したら聞いてやる、と言われれば仕方ない。土方さんの隣は私が使っていた時のままだった。私の荷物を持ち出したのだから広く使えばいいのに、土方さんは以前と変わらないスペースだけを使い私が使っていたところはそのまま空いている。


「隣いいですか?」
「は?良いも悪いもお前の場所だろう」


この人は…。あーもう、いいや。
なにも答えず隣に腰を下ろす。知らない、もう知らない。迷惑がられても知らない。私は土方さんを諦めるとか、そういうの出来そうもない。これは私だけのせいじゃない。土方さんだって悪いんです。
報告書を埋めていく。互いに無言なのにこないだまでの気まずさが嘘のように気が軽かった。


「それ終わったら、鍋でも食い行くか」
「…へ」
「こないだ言ったろ。クリスマス限定の、」
「あーあーあー!!明日ですよね?明日!」
「明日、でもいいけど、お前戻ってきたし別に今日でもいいんじゃないか?」


無理ですごめんなさい。お風呂もちゃんと入りたいし、寝不足続きでコンディションも良くないし…。兎に角今日は無理である。というか本当に何があったんだろう。怖い、怖い怖い!
あ、もしかして泣かせたのを気に病んでいるのだろうか。土方さん、そういうところあるから…。


「あの!もしも、もしも私を気遣ってとかなら大丈夫ですよ?全然大丈夫ですよ?」
「はあ?」
「私、もう完全復活したというか、もう大丈夫というか…気にしないで下さい!!」


ほらほら、元気ですよ!と満面の笑みを向けた私に思いっきり溜息を吐いた土方さんが煙草を取り出した。そしてそのまま火をつける。満面の笑みで元気アピールしてる部下をガンスルーして一服します?しちゃいます?


「あっ、の、土方さん?」
「勘違いすんじゃねえよ。なんで俺がお前のご機嫌取りしなきゃならねえ」
「え?」
「逆だろう。いつも迷惑かけてるてめえが俺の機嫌取りしろよ」
「…え?」
「だから今日鍋」
「いや全然分からないんですけど」
「俺が誘ってやってんのになんで断るんだよ」
「いやいやいや!だって明日がクリスマスですよ?クリスマスって言ったの土方さんじゃないですか!」
「お前がまさか昼の間に戻ってくると思わなかったんだよ」
「明日行きましょう?今日は無理ですごめんなさい」


物凄くイラっとした顔をしてる土方さんが私を鋭い眼力で睨みつける。ごめんなさいと土下座までしたのに全然ご機嫌は直らないらしい。でもだって、今日は…


「山崎さんとお鍋食べ行くんです」
「…は?」
「いやでも、駅の方!駅の方にあるお店なんですけど!土方さんと行くのは反対方向ですもんね!大丈夫です!2日連続お鍋でも私大丈夫です!」


切れ長の目を開き、驚いた顔をしてる土方さんに「冬は鍋っていうか、私お鍋好きなんで全然楽しみです!」とフォローをしたつもりだったが頭を引っ叩かれた。


「え?!なんで、なんでぶつんですか!」
「明日の鍋は辞めだ、辞め」
「ええ!じゃあ土方さんとご飯無しですか?」
「鍋じゃねえとこにする」
「…私、本当にお鍋好きですよ?」
「煩えな。クリスマスに鍋なんか食うわけねえだろ」
「ええ?!だって、またお鍋食べに行こうって」
「山崎と行くんだろ、行ってこいよ。明日の分も食ってこい」
「怒ってます?」
「はあ?俺が?まさか。山崎と鍋食い行くって聞いて思考回路が一緒だとか思ってイラついてるわけねえだろ」
「イラついてます?」
「ついてねえっつーの」


しつけえと顔を背けられてしまった。でも、これは嫌な背け方じゃない。それに明日、一緒にご飯が食べれるらしい。一ヶ月の真相はまだ聞けてないけど、あとで山崎さんにも聞いてみよう。
報告書を作成しながら土方さんと他愛のない話をする。それはやっぱり居心地よくて、自然と顔が緩む。


「終わりました」
「おう、あとで目通しとく」


報告書を提出して、んんっと背筋を伸ばしていれば襖が開けられ山崎さんが「副長、今回の報告書です」とやって来た。


「ああ、名前ちゃんも終わった?ご飯行ける?」
「はい、行けます!」
「じゃあ支度しておいで」
「はーい!じゃあ土方さん、失礼します、また明日!」


土方さんと仲直りした私は上機嫌だった。喧嘩したわけでもないけれど。にっこにこしながら手を振れば無視をされてしまったけど。
襖を閉めれば「ちょ、ふっ副長?!違います違います!他意はないですって!ギャァァァァアアアアア」と叫び声が聞こえた。
支度を終えて山崎さんのところへ行けば何故か山崎さんはボロボロになっていた。


「山崎さん?何があったんですか?てか大丈夫ですか?」
「ああ、うん、大丈夫。どんな心境の変化が知らないけどいい変化があったみたいだから」
「なんの話ですかそれ」
「この怪我の話」


山崎さんの連れて行ってくれた日本料理屋さんはとても美味しかった。

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