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借り部屋から見えるのは、クリスマスが近づき浮き足立つ市民とここぞとばかりに商いへ力を入れる町民。少しづつ増えていくクリスマスの装飾を見下ろしながら今日もあんぱんを食らう。


「肉、肉が食べたいです。あーあと米!白米!」
「あー願望言い出すとキリがないからやめときな」


陽が落ちて外は暗くなる。小さなロウソクに火を灯して監察日記を記入している山崎さんが窓から外を覗き込んだ。


「全然動きが見れないね。酒場での情報は外れだったかな」
「えっ。だめですよ酔っ払いの話を間に受けちゃ」
「そんなことないよ。お酒が入った時と弱ってる時の言葉は本音が混じってることがあるんだ」
「大変ですね監察も」
「目立つ功績は滅多に上げられないけど結構重要でしょ?」


動きがないなあ…と漏らした山崎さんが「あっ」と声を上げた。どうしたのか気になり同じく窓から外を覗き込む。


「土方さん?」
「差し入れかな?手振ってみたら?」
「えっ」
「あ、こっち来るね。差し入れかもよ、良かったね白米だといいね」
「えっ、来るんですか?密偵現場に土方さん来るんですか?」
「そりゃ来るよ。経過聞きに来たりとか。でもほら、ちゃんと変装して来るよ」
「あれのどこが変装?!?!」


玄関が開けられた。まだ気持ちの整理が出来ていないから、できることならもうしばらく会いたくなかったのに土方さんがやって来た。
眼鏡に着流しで、ビニール袋をぶら下げてやって来たのだ。変装にしては緩いし差し入れにしてはあんぱんが見えるんですけど。


「よう、どうだ奴さんは」
「まだ動きが見れないですね。差し入れですか?」
「あんぱんと奮発してコーヒー牛乳持って来た」
「ありがとうございます。適当に座ってください」


山崎さんが座布団を差し出す。私の向かいに腰を下ろした土方さんと久しぶりに目があった。久しぶりに見る土方さんに胸が痛くなる。


「慣れたか?監察」
「あ、」


不意に声をかけられて顔が歪んでしまった。外を見ながらこちらを見ずに言葉だけ投げかけられたのに声色でバレてしまったかも知れない。痛いくらいの沈黙に気まずさが膨張する。


「あ!そうだ!ちょっとコンビニに行きたいんで副長待っててくれますか?」
「は?コンビニ?」
「はい。俺、最近ここから出てないんで。名前ちゃんを一人にするのも忍びなくて」
「あー…分かった」
「じゃあお願いします」


えらく明るく言った山崎さんがトントンと靴を履きながら「何かいる?」とこちらを振り向く。今二人きりにしないで欲しい。今はまだ土方さんと何を話したらいいか分からない。私も行きますと言えば山崎さんは笑顔で「待ってて。上司命令」と言った。キィーと錆びついたドアが閉められる。バタンと閉まったドアを見ながらこの気まずい空気も一緒に持って行ってくれたらと思った。
山崎さんと二人の時はこんなに無言になることがなかったから気づかなかったけど、街はクリスマスソングが流れ出しているらしい。少し遠くから聞こえるクリスマスソングをなぞるように頭の中で歌った。そうでもしないとこの沈黙に耐えられそうもない。


「お前、好きだろクリスマスとか」


沈黙を破ったのは土方さんだった。
頭の中で繰り返していた曲が止まる。クリスマスについて問われたのに、"好き"に過剰反応した私の脳内に浮かんだのはこないだの月夜だった。


「好き…ですかね?」
「イベント毎は騒いでただろ。今年は討ち入りの予定がなさそうだ」


去年は討ち入りでパーティーできなかったですもんね。まだこうなる前の、去年は楽しかった。土方さんと見回りに行くたびイルミネーションを見に行きたいと騒いだものである。結局、討ち入りが入ってしまってイルミネーションはおろか屯所で予定していたクリスマスパーティーもなくなったけど。
「今年はパーティーできますかね?」と聞けば駅前のツリーは見なくていいのか?と返された。土方さんは分かっていない。駅前のツリーも街の飾りも、土方さんと見たかったのだ。誰それ構わず見たいわけじゃない。


「見たかったですかね」
「見ればいいだろ」
「過去形ですよ」
「クリスマスはもう少し先だぞ。それまでにこの密偵も終わんだろ」


ああもう嫌だ。二人きりをこんなに嫌だと思ったことはない。最初は大嫌いな上司だったはずだ。その頃は総悟くんの隊に入りたくて、そうしたら土方さんから逃げられると思っていた。理不尽に怒られなくて毎日小言を言われたりもしなくて、それで。


「山崎さん遅いですね」


早く戻ってきて欲しい。ハアと手を温めたくて吐いた息は白く天井へ上がっていく。


「…鍋、美味かったよな」
「え?」
「あの店、クリスマス限定メニューがあんだと」
「鍋ですか?」
「知らねえけど」
「知らないんですか?」
「知るかよ。クリスマスに行ったことねえし」
「休み取れはいいじゃないですか」
「今年は、取ろうと思ってる」


そうですか、と答えながら外を見た。山崎さんはまだだろうか。土方さんとの会話が途切れるのが怖い。沈黙がこんなに気まずいことはない。ああもう…。早く早くとコンビニの方を見ていれば山崎さんが出てくるところだった。


「あ、山崎さん戻ってきますよ!」


土方さんだって同じように思ってるはずだ。沈黙は気まずいし、かといって今まで通りになんてできない。ほら!と外を指差して振り返れば難しい顔をした土方さんが私の腕を掴んだ。


「え、っと」
「お前も休みにしてやる。鍋食ってツリーでも見に行くか」


土方さんは酷いと思う。気持ちは受け入れてくれない。泣いたら部下としても側に置いといてくれない。なのに、そんなのずるい。
顔が歪んで手に力が篭る。なんて答えよう、どうしたらいいんだろうと頭をぐるぐるさせていれば土方さんは立ち上がった。


「泣かせたいわけじゃねえよ」
「…じゃあもうほっといて下さい」
「近くに居すぎて無理」
「遠くに行けってことですかっ」
「そんなことさせるわけねえだろ」


じゃあ一体どうしろって言うんだ。
受け入れてくれって言いたいんじゃない。そうじゃない。そうじゃない、はずなのに。


「綺麗なものを手に入れたいと思っちゃったんですもん」


手が届かないから綺麗だと思ったんじゃない。土方さんだから、そう思ったんだ。鼻声になって、また泣いてしまいそうだ。


「我儘過ぎんだよ。思ってるだけにしとけ」
「できたら苦労してないです」


私はやめようとしたじゃないか。なのに土方さんがツリー見に行くかなんて、そうやって…。「土方さんは私にどうしろって言うんですか」と睨む。近くに居るからほっとけない、でも遠くに行かせてもくれない。生殺しである。睨んだ私を見下ろしながらいつも通りの顔で、いつも通りの声色で「俺も我儘なんだよ」と言った。そんな自信たっぷりに言われても、馬鹿な私に真意は分からない。


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