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見回りは、お葬式帰りのようだった。会話は続かないし、空気は重苦しく感じた。そんなどんよりした空気を変えようと、空元気ではあるが明るく「少し遠回りして帰りましょうよー」と笑って言ってみる。


「ああ」


てっきり余計なことすんじゃねえと怒られると思っていたのに、やっぱり土方さんは怒らなかった。いつだかの女はめんどくさい発言や、興味がない発言を思い出す。分かっていたはずだ。土方さんにこの手の感情を抱いたところで報われないこと。分かっていたはずだ。土方さんが絶対に少しも受け入れてくれないこと。分かってたのに、分かってたはずなのに、ちくしょうめ、視界が霞む。泣けばもっと、今よりもっともっと困らせてしまうのに。
2度目の落ちた涙は見ないふり、してくれないらしい。


「なあ、監察に行くか」


山崎が女手を欲しがってる。
そう付け加えられているものの、その提案の本意は私が邪魔だと分かった。迷惑なんだと分かった。
ついに私は隊士として、部下としても側に居させてもらえないらしい。自分が招いたことなのに、返事をするだけで精一杯だった。
少し遠回りした帰り道に後悔した。

屯所に戻ってから、土方さんは近藤さんに話をしてくると局長室へ向かった。私は副長室へ戻り荷物をまとめた。たった一言、しかも気持ちをきちんと伝えられたわけでもきちんと振られたわけでもないのに、こうなるなんて予想できただろうか。私には無理だ、予想なんて出来なかった。荷物を整理していて、日中殆どの時間をここで過ごして居たわりには少ないことに気づく。ここは土方さんの自室兼仕事部屋で、そんなプライベート空間に入れてもらえただけでも凄いことなのかも知れない。でも、その荷物の少なさが空いた溝を思い知らせた。結局、土方さんは私をどうとも思って居なくて、ただ一緒にいて私が勝手に惚れた腫れたと騒いだだけなのだ。つまり今回の移動は仕事に支障が出ると判断した結果なのだろう。
特別になることはおろか、側にいることもできないのならこの気持ちをどうすればいいのだろうか。


「名前ちゃん」


荷物運ぶの手伝うよ、とやって来た山崎さんの声が優しすぎてまた視界が揺らいでしまった。泣きたくない。涙は女の武器だなんて思ってない。引っ込め、引っ込め、引っ込め。グッと力を込めた拳が膝の上で震える。


「あーあ。二人とも何してんだか」


明日目腫れちゃうよ、とタオルを貸してくれた山崎さんは泣き止むまで何も聞かず何も言わず、ただ側に居てくれた。これからは上司が山崎さんになる。土方さんより優しくてきっと面倒見だっていい。殴られたり怒鳴られたりパシられたりしないんだろうな。以前の私なら両手離しで喜んでいたはずなのに、寂しくて悲しくて悔しくなった。
ずっとこき使ってやるって言ったくせに。ずっと面倒見てやるって言ったくせに。


「すみません、もう大丈夫です」
「そ?なら良かった。荷物運んじゃおっか」


副長室を出たところで、ふわっと土方さんの匂いがした気がした。辺りを見渡してみたけど土方さんはいなかった。


「だめですねー、鼻が犬みたいになってますよ。麻薬犬」
「え?犬?」
「しかも土方さん限定で」
「それなんて反応したらいい?」
「馬鹿だなって笑ってください」


悔しくなって、嫌いになりたいと思っても意味がない。そんな簡単に嫌いになれるなら今こうなっていない。行こっかと歩き出した山崎さんの後に続く。
監察方になれば、今ほど顔を合わせなくなる。気持ちが落ち着いたらまた今までみたく戻れるはずだと自分に言い聞かせた。



監察方へ移動してから、最初の2日くらいは一人の時間が来るたびに土方さんのことを考えてしまったりして凹んだりもしたが、そんな暇はすぐになくなった。山崎さんが直々に偵察の極意を伝授してくれるとのことで、今追ってる浪士の偵察に連れて行ってくれたのだ。


「話には聞いてましたけど、本当にあんぱんと牛乳で過ごすんですね…飽きません?」
「まだ平気だけどもう少し経つと人格が変わるよ」
「それ立派な中毒症状ですよね。肉とか魚とか食べた方がいいですよ」
「ゴミ出るし、片手で食べれた方が動きやすんだよ。あ、今の重要だからね!あんぱん以外ならカロリー○イトとかもオススメ」


偵察はもちろん泊まり込みだった。屯所を離れて、山崎さんと二人きり。
山崎さんは優しかった。土方さんなんかより全然優しい。急に怒ったり舌打ちしたりコンビニ行ってこいなんて言わないし、むしろ初めての密偵で気遣ってくれている。土方さんはそういうのなかったよなあと初めて討ち入りに連れてかれた日のことを思い出した。稽古で竹刀を振り回したり打ち合いをしたりは実家でもしていたけど、いざ真剣で人を斬るというのは結構ハードなものだった。返り血の温かさや肉の硬さ。骨だってあるし、人間は簡単に死んで簡単には死なない。殺るか殺られるかの世界だから無我夢中で刀を振ったけど、初めての討ち入りが終わった後私は嘔吐した。張っていた糸が切れて、その場でぶちまいたのだ。そんな私に土方さんは「こんなんでへばってんじゃねェーぞ」と労りの言葉無しに蹴りを入れていた。しゃがみ込んで嘔吐してる新人に蹴りを入れていた。あの時は副長補佐なんて絶対いつかやめてやると思ったよなあ。


「願いは叶ったはずなのになあ…」
「ん?」


振り返った山崎さんに慌てて首を振る。気を抜くとここ最近頭に浮かぶのはいつだって土方さんだった。
土方さんはどうだろうか。私がいなくなって少しでも思い出したりしてくれてるだろうか。


「そういえばこの隊務はいつまでなんですか?」
「相手が尻尾出すまでだから期限とかはないよ。帰りたくなった?」
「いや。まだ出来れば偵察してたいですね」
「基本的には一ヶ月前後かな?終わるまで他のみんなには会えないけど俺で我慢してね」


終わったら何か美味しいもの食べ行こうか。鍋なんてどう?冬だし。
そう言った山崎さんはどこまで知っているんだろう。


「駅前に美味しいところがあるんだよね。まあそれなりに値は張るんだけど」


駅前と聞いて胸を撫でおろした。良かった、駅前なら土方さんに連れて行ってもらった場所じゃない。良かった。


「楽しみですね、鍋」


いつか上書きされて、他に好きな人ができたらその時はもう一度。今度は逃げずに気持ちを伝えられればいいと思う。

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