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「ちょ、やめっ、本当にやめてくださいっ」
「とか言いながら本当は嫌じゃないんだろう?」


そう言って帯を緩めてくるこのクソ男の目を誰か覚ましてやって欲しい。マジで腹立つ、なに人の上に跨ってんだクソ野郎!!
幕臣の息子相手に手荒な真似出来ない。そんなことしたら近藤さんに迷惑がかかる。土方さんにも迷惑がかかる。大丈夫だなんて無責任なこと言ってくれると今日の近藤さんと山崎さんのことを思い出した。全然大丈夫じゃないじゃないか。どこら辺が大丈夫なのだ。ああもう、最悪だ。私の貞操守り切れなかったと目を瞑った瞬間、聞き慣れた心地よい声が聞こえて胸が締め付けられた。


「うちの隊士に何してくれてんだ」


目を開ければ土方さんが私を見下ろしながら「てめえもなに受け入れようとしてんだ、馬鹿が」と言う。男が土方さんになにやらギャンギャン言っているが、土方さんはそんなの無視して隊服のジャケットを脱ぎ肌蹴た私へと投げかけた。


「帰るぞ」
「え、あっ…」
「立て」
「土方さん、あのっ」


手を差し伸べられてるのに、震えてうまく立てない。怖かったかと聞かれれば怖かったかもしれないが、震えるほどじゃない。初めてなわけでもないし、命を取られるわけでも無かったのだから。この震えは恐怖じゃない。土方さんが来てくれたから、安心したから。
立てない私を土方さんは抱きかかえた。


「あっ、」
「本当、手のかかるクソガキだなお前」
「すみません」
「別に」


そのまま部屋を出ようとすれば、男が「このままで済むと思ってんのか!父上に言えばお前なんかっ」と叫んだ。


「好きにしろよ。こっちだって証拠の写真握ってんだからな、強姦野郎が」


米俵のように雑に抱えられているが、嬉しくて嬉しくてぎゅっと腕を回す。そんな私に土方さんが小さく「重ェーよ」と呟いた。
なんで来てくれたとか、どうして助けてくれたのかとか、聞きたいのに気持ちが上手く言葉に出来ない。言葉よりも先に涙が出てしまいそうだ。泣かないように涙が溢れ落ちないように、空を見上げれば月が綺麗で目頭が熱くなってしまった。


「あいつらっ!」


急に土方さん立ち止まり、舌打ちをした。震える声がバレないよう「どうしたんですか?」と力強く言えば「パトカー乗って帰りやがった」とイラついたように言った。


「寒くねえか?」
「あ、はい…土方さんは大丈夫ですか?」
「重ェー荷物背負ってんからな。大丈夫だ」
「歩きますよ!!」
「いいから担がれてろ」


ブッと声が漏れるほど締め付けられる。歩き出した土方さんは平然としているが、私としてはドックンドクンと暴れ出す心臓を抑え込むの必死だった。もう無理だ。こんなヒーローみたいなことされて惚れるなって方が無理だ。
いつだって助けに来てくれちゃうんだから、どうしようもない。


「ありがとう、ございました…」
「別に」


お礼を言ってみたが、サラッと返されてしまい会話が途切れる。溢れる好きが手のひらでも拾いきれなくなって、多分土方さんにも伝わってしまってると思う。離れたくなくて少しも離したくなくて、シャツを握り締め土方さんの髪の毛に顔を埋めた。ほどよく摂取したお酒と満月が私の言葉にしたくない気持ちを後押しする。
言ったところで、叶わないことなんて百も承知なのに、どうしても言いたくなってしまった。


「土方さん」
「あー?」


いつも通りの声。
私の気持ちを言ったらどうなる?きっと今まで通りではいられないだろう。土方さんに気も遣わせてしまうし、私も今まで通り馬鹿みたく接することができなくなるだろう。言いたくて名前を呼んだくせに、怖気づいた。怖いのだ、振られることよりもその後の関係が壊れることが。だってなにをしたって毎日顔を合わせる。一日のうち誰よりも何よりも時間を共にする。時には命だって預ける。そんな相手と距離を取ってしまうことも、振られたからといってこの気持ちをなかったことにすることもできる気がしなかった。


「月、綺麗ですよね」


逃げた私の言葉を土方さんがどう受け取ったのか分からないけど、少しの沈黙の後返された言葉にやはり私は泣いた。どうしたって、泣くしかできない自分が嫌になる。好きでいたってこの恋が実ることはないのだと改めて知った。


「手が届かないもんは全部綺麗に見えんだよ」


せめてもの救いは私の啜り泣く声に聞こえないふりをしてくれた優しさだった。

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