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「あいつの見合いについてってくれねえか」


副長が真面目な顔で言うもんだから吹き出してしまいそうになった。この人はどうしてこうなのだろうか。どうして誰がどうみても名前ちゃんを自分の手元に置いときたがっているのに、時たまわざと突き放したがるのだろうか。


「そんなに心配なら自分で行けばいいじゃないですか」
「心配とかじゃねえから」
「じゃあなんですか?」
「別に。下手こかねえように見張っとけっつってるだけだろ。詮索すんな、うぜえ」


へえ、あ、そう。
不器用もここまでくると馬鹿らしくなる。嫁になんて出せないくせに。大事に自分の見える範囲に置いておかなきゃ落ち着かないくせに。
分かりました、と返事をした俺の声が気に食わなかったのか、はたまた行き場のない感情の掃き溜めにされたのか。副長が舌打ちをした。


「仕方ねえだろ。応えてやれねえんだから」
「俺別になにも言ってませんけど」
「…今日はやけにムカつくなお前」
「えー、そうですか?いつも通りですよ俺は」


おどけて見せたがまたもや舌打ちが返された。ったくもー、鬼の副長もその辺の野郎となんら変わらないじゃないか。一人の女相手に余裕無くしてるじゃないか。


「応えてあげれないって、名前ちゃんから何か言われたんですか?」
「は?」
「大した自信だなあって思っただけです」
「なにが言いたい」
「名前ちゃん、昔から終兄さんが好きって言ってますけど?」
「…なら俺の前であんな面すんじゃねえよ」
「俺の前でもそんな面してますよ」


ひいっと声が漏れてしまいそうなほど、眉間に皺を寄せ睨みを利かせた副長。おー怖っ。こんなに独占欲露わにしといて応えてやれないもクソもないと思うんだよなあ、俺。沖田隊長のお姉さんの時も思ったけど。


「酷ですよね、副長って。離れたいなら副長補佐なんて身近に置いておかなきゃいいじゃないですか。あ、なんなら監察で面倒見ましょうか?女の子がいたら潜入もやりやすくなりますし」
「無理だろ。もうあんだけ顔バレしてんだ」
「そんなん変装でどうにでもなりますよ」


口を少しだけ開いた副長が、そのままにやりと口角を上げた。そして煙草を手に取る。


「火、貸せ」
「すみません、持ってないです」
「ッチ。なに禁煙してんだよ」
「何年前の話ししてんですか」


話は終わりですか?と立ち上がる。副長はなにも言わなかった。襖に手をかけて、ふと、髪留めのことを思い出した。


「ああそうだ。名前ちゃんに髪留めあげました。元々俺宛てじゃなかったようですし」
「小銭が重かったから目についたもん買っただけだっつったろ」
「目についたものと名前ちゃんにあげた着物があんなに合うんですねえ」
「いい加減にしろ」
「やめてくださいよ、今俺のことシメたら単身で名前ちゃんを見合いに行かせることになりますよ」


覚えてろよとドスを効かせた副長に笑顔を向ける。いつもボロクソやられてるんだ、こういう時くらい少し仕返ししてもバチは当たらないはずだ。


「ああ、これは年上の戯言だと思っといてくださいね。いつまでも自分のものだなんて思わない方がいいですよ」
「ザキ、いい加減にしろ。その口永遠に開かねえようにしてやろうか」


かちゃりと金属の当たる音がして、やべえマジだと焦る。副長のためを思って言ってるのに全然伝わってないじゃん!俺のこと殺すって言いたそうにこっち見てんだけど、なんで?違くない?俺、今結構いいこと言ったと思ったんだけど?決まったと思ったんだけど?


「あ、そっそうだ。俺やることあったんだ、そうだった忘れてました」


慌てて副長室を出た。あの人本当に、どうしたいんだろう。捨て身の台詞も抹殺されるし、かといって俺のこと見合いの偵察に使うし。


「名前ちゃんも副長も、見てるこっちが一声かけてやりたくなるんだよなーもうっ」


小さく呟いたその言葉を悪魔が拾ってしまったらしい。トンと肩に乗せられた手に力を込められた。


「野郎と名前がなんだって?ついに動き出しやした?」
「お、沖田隊長…」
「なーんか見合いがどうのこうのってさっきやけに粧し込んだ名前が言ってやしたけど、野郎は行かせるんで?」
「ま、まあ、そうですかね?」
「行くなって言えねえヘタレが出した答えがザキに密偵させると」


やばい。この笑顔は何か企んでる時だ。やばい。
ニヤァと顔を真っ黒い笑顔へと歪めた沖田隊長が「俺も交ぜなせェ」と言った。副長と隊長。混ぜるな危険とはこの二人だと思う。しかも名前ちゃんが絡んでるなら尚更だ。


「嫌だと言ったらどうなりますか」
「野郎にシメられるか、俺にシメられるか」
「どっちにしろシメられるじゃないですか」
「諦めなせェ。アンタはそういう星に生まれたんですぜィ」


あー楽しみだなァと鼻歌交じりに歩き出した隊長の背中を見ながら、今日の見合いが何事もなく終わるわけがないと悟った。



名前ちゃんの見合いは何事もなく進んでいた。隊長がつまらない飽きたと不満を漏らすほど、上手く進んだ。このまま何事もなく終わるだろうと、帰るためにパトカーを回して来ようとした時事件は起きた。
次はいつ会えますか、などの質問をされていた名前ちゃんだったが多分断ったのだろう。男が名前ちゃんを押し倒したのだ。あっ、と思った時にはもう唇を塞がれていた。


「あーあ、純潔は奪われちまいやしたねィ。土方ザマアミロ」
「今そんなこと言ってる場合ですか!いいんですか、アレほっといて」


にやりと笑いながらピローンと写真を撮っている隊長にああもう!と俺が助けに行こうとした。飛び出て行こうとした俺の腕を掴んだのは隊長だった。


「ここでザキが出て行ったらなんも変わらねーと思わねェーんで?」
「え?」
「穴に突っ込まれそうになるまではほっときやしょう」
「何言ってんですか!いいんですか?こんなの副長にバレたらっ」
「あーそれならもう報告してあるんでねィ。多分戻ったら扱かれやすぜ」
「な、なにしてくれてんだァァァァァアアアアアアアア」


見せられた携帯の画面には、副長宛てのメールに今さっきの写真が付属されていた。ご丁寧にコメント付きである。"ザキが興奮してやす"ってマジでこのクソガキなにしてくれてんだ。


「隊長、まじで離してください。俺、死ぬマジで殺されるっ」
「あ、帯緩められてらァ」
「ちょっと隊長ぉおおおお!離してくださいよ!助けに、行かない、と?」
「山崎。お前あとで3分の2殺しな」


どこからか現れた副長は、俺の頭を鷲掴みして握力マックスで握り潰そうとしたかと思えばそのまま名前ちゃんの方へ歩いて行く。急ぐそぶりは見せないものの、その後ろ姿から隠しきれていない怒りが見えた。


「すげェーや、ザキ。土方さんカップラーメンよりも早く到着しやしたぜ」


帰ろうぜ、と立ち上がった隊長が小さく「さっさとくっついちまえ」と言ったのを俺は聞き逃さなかった。その横顔がどこか寂しそうで、哀しそうで、俺はそのまま黙って着いて行くしかできなかった。
お姉さんのことは拒絶した副長と名前ちゃんのことは手元に置いて起きたがる副長。隊長はどう思っているんだろうか。いつか聞けたらとは思うけど、部外者の俺にはきっと何も言わないと思う。


「お、パトカーありやすぜ。乗って帰ってやろーぜ」


そう言って多分土方さんが乗ってきたパトカーを発進させた隊長。追いかけるべく俺も先ほど乗ってきたパトカーを走らせた。走らせてから気づく。


「あ、副長と名前ちゃん、どうやって帰ってくるんだろう…」


あれ、もしかしてパトカー乗ってきちゃ不味かったんじゃ…?
どうせ怒られるなら戻らなくていいだろう。二人が少しでも多く会話をして、今よりもう少し距離が縮まればいいと思いました。山崎退。

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