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見合いに向けて一応、着飾らなければならないらしく隊務は免除になった。箪笥をひっくり返して着ていくものを選ぶ。よそ行きの、しかもそれなりに上等なものを探していてまだ一度も着ていない土方さんが買ってくれた着物を手にした。私の手持ちの中ではこれが一番上等な着物だけど、これを着て行くのはなんだか気が進まない。かといって他のものは安いものばかりだし見合いの席には相応しくない。仕方なく袖を通してみた。鏡に映った姿に笑みが溢れてしまう。できれば土方さんと出掛けるときに着たかった。
時間までゆっくりしてていいとのことだから折角なので山崎さんに化粧と髪結いをお願いすることにした。


「ん?どこか行くの?」
「見合いなんです」


快諾してくれた山崎さんが仕事道具を引っ張り出せば、私よりも充実した化粧品やら髪留めやらが出てきた。お店に並んでる時と同じように綺麗に仕切りに入っている。わあ、と声を漏らした私に山崎さんが「髪留め、どれがいい?」と聞いてくれた。


「この着物に似合うやつでお願いしてもいいですか?」
「それならこれはどうかな?まだ使ってないんだけど…」


副長がくれたんだよね、と笑った山崎さん。へえ、仲が良いんだなあ。器用に髪をまとめていく山崎さんがふいに「でもなんで俺に髪留めくれたんだろうね、名前ちゃんの方が使う機会多いのに」と漏らした。


「私はそんなに仲良くないですから」
「え?そんなこと言っちゃう?副長泣くよそれ」


はいできた、と山崎さんが鏡を渡してくれた。美容院でやる時みたいに綺麗に結われている。化粧もしちゃうね、と手際よく支度をしてくれる山崎さんに「見合い、したくないんですよね」と言えばにっこり笑いながら「そんなこと知ってる」と言われた。


「大丈夫だよ、絶対上手くなんていかないから」
「え、酷くないですかー?」
「違う違う。そうじゃなくて、絶対副長がぶち壊してくれるから」
「そうでもないですよ」
「ハハッ。名前ちゃんはまだまだ分かってないなー。あの人、結構我儘だから」


大丈夫だよ、と言った山崎さんと先ほどの近藤さんが被る。大丈夫って、無責任にも取れる言葉なのに本当に大丈夫な気がしてきた。


「はいできたよー。副長に見せてきたら?」


折角可愛いんだから、と言われてちょっと恥ずかしくなった。山崎さんと近藤さんは可愛いを乱用する気がする。立ち上がってお礼を言った私に山崎さんがにこにこしたまま「その着物、副長が買ってくれたの?」と言った。


「え、なんで分かったんですか?」
「髪留めとよく似てる色合いだし、なんとなく、かな」


ほら、見せておいで。と背中を押され追い出されてしまった。できれば今会いたくないんだけどなあ。
しかし折角山崎さんが可愛くしてくれたのだ。2度とこんなに粧し込むことはないかも知れない。副長室の襖の前で深呼吸をしていれば後ろから「何してんだ」と声をかけられて肩が跳ねた。


「やっ、土方さんに、買って頂いた着物を着たので見せようか、と」
「ふうん。いいんじゃねえの?」


私の横をすり抜けて自室へ入った土方さん。分かってたけど、土方さんが可愛いとか言うわけないよな。着物は見せれたしもういいやと膝を返した私に「入んねえの?」と土方さんが言った。え?と振り返ればパチリと目が合う。射るような鋭い視線に口が開いてしまった。


「間抜けな面」


ちょいちょいと手招きをされて、首をかしげた。ッチと小さくされた舌打ちに理由なく殴られる気がして身構える。


「なにしてんだよ、さっさと来い。襟元緩んでんから」


ああ、なるほど。直してくれるのか。
すみませんと近づいた私の襟を、土方さんが引き上げて直してくれている。その距離が近すぎて息をすることさえ、申し訳ない。鼻息が荒いとか思われたらどうしよう。


「ん、これくらいでいいんじゃねえか?」
「っはあー!死ぬかと思いました、息がっ」
「は?なんで息止めてんだよ」
「いえ、ちょっとしたプライドです」
「意味わかんねえわ」
「ですよね、ってふぁ?!」


ぽんぽんと頭に乗せられた手に、またもや息を止めてしまいそうになった。なんで、土方さんに頭を撫でられてるんだろう。というか髪の毛結ったのに…


「土方、さん髪の毛…」
「あ、いや、悪いっ」


勢いよく離された手と視線。向けられたのは広い背中だった。一気に現実に引き戻される。どうして頭を撫でたんですかと聞きたいのに、聞けない。


「山崎呼んできてくれ」
「え?」
「山崎だよ山崎」
「あっ、はいっ、山崎さんですよね?」


失礼しました、と副長室を出てその場にしゃがみ込んだ。
気まぐれじゃなくて、もしも土方さんが少しでも私の頭を撫でたいと思ってくれたのならそれだけで見合いがどうとか私の貞操がどうとか、どうでもよくなる気がした。

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