▽ 24
近藤さんや土方さんに見合い話がくるのはよくあることだった。二人とも結構いい年だし、真選組にいる限り出会いなんてものはそんな頻繁にあるわけじゃない。いつ死ぬか分からないから、運命の人を待ってるだけじゃだめだとかなんとか。この手の話はいつも松平さんがセッティングする。
「今回は名前ちゃんご指名なんだよなあ」
「へっ?!」
「なんでも相手の方がえらくご執心らしい」
「え?」
近藤さんに呼ばれてやって来た局長室。「とっつぁんから見合い話が来たんだが…」と始まった話は、まさかの近藤さんでも土方さんでもなく私宛てだった。
「えっと、私ですよね?名前って私ですよね?」
「お前以外にいんのかよ」
「分からないですけど」
「居ねえよ安心しろ、お前だ」
何故か、土方さんまでもが呼び出されたらしい。そんなことで、と言いたげにこちらを睨んでいる。
「嫌なら断ればいいんだけどね?一応幕臣のご子息らしくて…顔合わせくらいはしとかないと…」
ごめんね?と申し訳なさそうに眉を八の字にした近藤さん。どうして謝られてるんだろう。タダ飯食べるだけなのに。土方さんの方をジッと見た。言葉が選べなくて、助けて欲しかった。私の視線に気づいた土方さんが溜息を吐く。
「なんだよ」
「いや、なんでしょう?」
「は?」
「タダ飯食いに行ってきます」
「…てめえが食われたりしてな」
「は、」
「話は終わりか?近藤さん、俺は仕事に戻らせてもらうぜ」
「ま、待てトシ!トシを呼んだのはもう一つ聞いてもらいてえことがあるからなんだ」
襖に手をかけた土方さんが振り返った。近藤さんが真面目な顔で私と土方さんを見て懐から写真を取り出した。
「その相手、名前ちゃんとトシの仲を疑ってるらしくてな…こんな写真まで持っていたらしい。少し、いやかなり愛が重いみたいでなあ…」
見せられた写真は土方さんと私が歩いているのを背後から撮った写真だった。二人とも隊服だし駅前だし、多分見回りをしてる時の写真だと思う。そしてその写真の中の土方さんは顔を黒く塗りつぶされているのだ。
「おいおいおい。会ったこともねえ奴に殺意抱かれてんだけど?写真の端に小さくkillって書かれてんだけど?」
「近藤さん!これ愛が重いとかの次元ですか?会ったこともないのに!」
ヒィッと怖くなった。なんだこれは。こんな少し頭のネジが足りない人とタダ飯なんて聞いてない。これなら断る一択である。
土方さん、土方さんと袖を引っ張った私に舌打ちした土方さんが「伸びんだろ、ちょっと黙ってろ」と頭突きをかまして来た。痛い、おでこが痛い。
「トシ、何かいい案はないか?このままじゃ本当に名前ちゃんがタダで食われてしまうかも知れん」
「ちょ、近藤さ、」
「だからお前は黙ってろっつってんだよ」
「いや、私の貞操の話で、」
「煩えっつーの」
「だぁぁああああああ」
前髪をグッと捕まれ引っ張られる。痛い抜ける、抜け落ちる。「煩えっつってるよな?」とギチギチに前髪を引っ張りながら超至近距離で睨みを利かせた土方さんに「ごめんなさい」と言えば舌打ちをしてから「ったく。めんどくせえのに好かれんじゃねえよ」と言われてしまった。私のせいじゃありません。
「それで、いつ顔合わせなんだ?」
いい案いい案、と呟いた土方さんが近藤さんに問えば、近藤さんはもじもじしながら「今日」と言った。
「はぁぁあああああああああああああ?!」
「いっだァァァァァアアアアアアアア!!」
ブチブチッと髪が抜ける音がした。
近藤さんの言葉に驚いた土方さんが腕を引っ張ったのだ。私の前髪を掴んだまま。そりゃ、ブチブチ言いますわ、前髪抜けますわ。
痛い痛いと前髪を抑える私なんて御構い無しに、土方さんが「お前、気をつけろよ」と言った。つまりそれは、私の貞操を守ってくれる気は無いということだろう。
「いいんですか?私がどこぞのおっさんにいいようにされても」
「俺は痛くも痒くもねえからな」
「っ、いざとなったら幕臣のご子息の一人や二人…」
「ダメに決まってんだろ」
「嫌ですよ、なんでタダ飯の代償が私の体なんですか!」
「まだそうと決まったわけじゃねえだろ?!そうなることもあるかも知れねえなってだけだろーが。てめえの身くらいてめえで守れなくてどうする」
なんにしろ夜までに打開策を考えるのは無理だと土方さんはそのまま局長室を出て行ってしまった。
「名前ちゃ、ん?」
「…分かってても、」
「ん?」
「なんでもないです。あー、せめてイケメンだったらいいのになあ。あと優しい人。終兄さんみたいな」
「名前ちゃん。トシは、」
「近藤さんー、私分かってるんですよ」
ニッと笑えば近藤さんは困ったように笑っていた。そしてポンポンと頭を撫でて「俺は見守るとしようかな」と言った。
分かってる。土方さんと私はただの上司と部下で、土方さんが私に恋愛感情としての好きを抱いていないことくらい。多分部下としては好きでいてくれてると思うけど。
分かってたけど、私が嫁に行くかもってなっても気にも留めて貰えないらしい。
てめえの身くらいてめえで守れ、ってごもっともなのだ。だって私は唯一の女隊士なのだから。その辺の町娘とは違う。いつだって自分の首は自分で守って来たじゃないか。
「万が一の時は血祭りに上げてもいいですか?」
「それやっちゃうと俺も血祭りに上げられちゃうから違う方向で行こう」
ああもう。ちょっとだけ悲しくなってしまった。ネガティブはよくない。
無理矢理笑った私に近藤さんが「大丈夫だよ」と笑った。
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