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「おーい名前ー」


ドライヤーをしていたところに総悟くんがやって来た。開けるぞとかそういう言葉もなく開けられた襖に、普通なら文句を言うけど総悟くんなら仕方ない。レディーの部屋にズカズカと足を踏み入れる総悟くんに、ドライヤーを置いて「どうしたの?」と聞けばアイスを渡された。


「え、なに」
「分かれる仕様だったんでねィ、一本くれてやらァ」


総悟くんが、あの、総悟くんが!!見返りを求めず私にアイスをくれるなんて…!怖い恐ろしい。何か企んでいるのでは、と頭の先からつま先までジロジロと見ればムッとした顔をされた。


「要らねえっつーならいいんでさァ。別に無理矢理食ってもらわなくても困らねェーんでねィ」
「だって怖いじゃん。総悟くんだよ?」
「たまたま買ったら分かれる仕様だったんでィ」


要るのか要らないのかと凄まれアイスを受け取った。なんだなんだ、総悟くんが私に優しい。怖い。恐る恐る口に含んだアイスはいちご味だった。不審な点はない、総悟くんが私に優しい以外には。
二人で無言でアイスを食べていれば、総悟くんが野郎が好きなのかと聞いて来た。


「んっぐ…野郎?」
「ニコ中、マヨラー」
「あ、ああ…土方さんね…」
「好きなんでィ?」


ポタリと垂れたアイスがベタベタする。総悟くんにバレてみろ、明日の朝にはみんなが知っていることになる。拡声器で叫んで広められる。目をそらすな、怪しまれるな。微塵も私が土方さんを好きだと悟られるな。


「まさか」
「あっそ」


嘘でも好きじゃないなんて言えない。口が裂けても好きじゃないなんて言えない。ジッと見つめたままなるべく力強く言ってみれば、総悟くんはあっさりと目をそらした。一体なんだったんだ、今の問いはなんだったんだとアイスをガリっと噛めばトロリと中心部から練乳が出てくる。予期せぬ練乳の登場に、トロッと口から垂らしてしまった。


「あっ、ティッシュ、ティッシュ取って!」
「うっわ、汚ねェー垂らすんじゃねェーや」


畳に垂らさぬよう、手で押さえながらティッシュを受け取った時、襖を少し叩いた音がして「入るぞ」と土方さんの声がした。ニヤリとした総悟くんがティッシュをシュッと襖の方へ投げる。


「なっ、ティッシュ!」
「いんなら返事くらいし…は?」


開けられた襖。土方さんの足元に転がる箱ティッシュとそれに手を伸ばす私に、何故か立ち上がった総悟くん。


「お前ら…ナニしてやがる」
「え?なに?え?え?」


般若のような顔をした土方さんに、肩が跳ねた。なんで怒ってるの?え?


「あーあ。タイミング悪ィーや土方さん」
「そっ総悟くん?!」
「じゃ、俺は寝るんで。名前、口元ちゃんと拭いとけよィ」


待って総悟くん、そりゃないよ。見て、土方さん鬼のように怒ってるんだけど?何故か般若みたいな顔してるんだけど?
あ、あ、っと去りゆく総悟くんの背中に伸ばした手は土方さんによって握り潰された。


「いだい、なんですか、どんな握力で人の手掴んでるんですか」
「なんですか?じゃねーよ、そりゃこっちの台詞だボケ。人のこと呼び出しといてなんだこれは。つか、お前らいつからそういう、」


ハァと溜息を吐かれ、頭を抱えられてしまった。全然よくわからない。呼び出し?どういうことだろう…。しかし今はそんなことよりも、だ。そんなことよりもティッシュが欲しい。畳に練乳は垂らしたくない。


「土方さん、土方さん。ティッシュ取ってください」
「テメェっ!その手で俺に触れんじゃねえ!!」
「わっえっ?!」


はたき落された手。そんなに強くなかったのにじんじんと痛かった。汚い触るなって言われた。もう訳がわからない。勝手に怒ってその扱いはないんじゃないの?ねえ。
ムッとしてティッシュを自分で取りに行く。手を拭いていれば背後から座れと低い声で言われた。声からも不機嫌なのが分かる。


「…なんですか」
「こっちのセリフだ。用件はなんだ」


カチカチと石の回る音。火の付きが悪いライターにすら舌打ちをするらしい。カルシウムが足りてない、絶対的にカルシウムが足りてないと思う。


「用件って…なんのことですか?」
「はあ?お前から置き手紙があったんだよ。内密に話したいことがあるって」
「え?」
「は?」


ほら、と見せられた紙には明らかに私の字とは違う…いや、これ見れば分かるでしょう総悟くんの字じゃないか。


「いやそれ総悟くんのイタズラですよ」
「は?何のためにだよ」
「分からないですけど…」


ッチと舌打ちをした土方さんが「無駄足だった」と言って立ち上がった。ちょっと待って欲しい。こっちは理不尽に怒られたんだ、理由くらい教えてくれてもいいと思う。
そのまま部屋を出て行こうとするから腕を掴んでしまった。ああ?と不機嫌そうに振り返った土方さんの顔は声色通り不機嫌そのものだ。


「あ、どうして怒ってたのかなあ?って」
「ああ、忘れてた。お前ら付き合ってんのか?」
「へ?」
「だから総悟と」
「総悟くんと私がですか?」
「他に誰と誰がいんだよ」
「付き合ってないですけど…」
「はあ?!」


キーンとするくらい大きな声に驚き尻餅をついてしまった。そんなに驚くことでもないと思う、だって私と総悟くんが付き合うとか、そんなの。


「ないですね。まだそんな噂回ってるんですか?」


土方さんって噂好きなんですね、と笑えば本気で殴られるんだから本日何度目かの驚きを受けました。何で私殴られてるんだろう。


「付き合ってねえのに、なにしてんだテメェ等は!!総悟呼んでくるから正座して待ってろ!!」
「ちょ、待ってください!なにってなんですか?なにもしてませんよ!!」
「しらばっくれんじゃねえよ!この目でしっかり見たんだからな!!ったく、だからあれほど一緒に寝るのは、」


ブツブツと何かを言いながら総悟くんを呼びに行くと言う土方さん。これは多分なにか勘違いをしている気がする。いや、確実に勘違いをしている気がする。思い出せ、思い出せ名前。勘違いされるようなことしてないか?と自問してみたけど、さっぱり分からない。だって最近は土方さんの言い付けを守って夜間お互いの部屋を行き来するだとか、ゲームしたまま寝ちゃうだとかしてないのだ。いや待て、今のことを言っているのだろうか?夜に総悟くんが私の部屋にいたから?だとしたら話が飛躍しすぎてる。


「本当になんもないんですって!今だってアイスを一緒に食べてただけでっ」


落ち着いて、お願い落ち着いて土方さん。後ろから抱き着き、引き止めれば「アイス?」と聞こえた。そうだよそうだよ、アイスだよ!!ほらね、何もやましいことなんてないでしょう?
コクコクと頷き、「アイスですアイス!」と強く肯定した。


「じゃあ手についてたのはなんだ」
「手?なにかついてました?」
「ほら、アレだよアレ。さっき、しろ…っ言わせんじゃねえよ!!」
「いっ、え?え?」


グーパンを女の子の脳天に決め込むのは良くない。よくないと思う。殴られた所を抑えれば土方さんがもう一度「アレはなんだ」と言った。手についてたアレって、練乳のことだろうか?そこそんな気になる?と不思議に思いつつ練乳ですと答えれば、先ほどまで不機嫌な顔をしていた土方さんはみるみるうちに赤くなっていく。


「え…今度はなんですか。なんでそんな真っ赤にな、」
「なってねえ、なってねえよ。誰が勘違いして恥ずかしいとか思ってるかよッ」


はあ、と吐き出された長めの溜息。一連の流れを理解して私まで恥ずかしくなった。そうかそういうことか。練乳がアレに見えたって、そういうことか…!


「なっ、どんな勘違いしてるんですか!!土方さんの変態!!」
「馬鹿、ありゃテメェ等が悪いんだろーが!!夜更けに男と女が密室にいて、口から白いの垂らしてりゃ、そりゃそういうことの後かと思うだろーが!!」
「思いません!普通は思いませんよ!!私がそんなことすると思ってるんですか!!」
「付き合ってんならそういうこともあんじゃねえの?!知らねえよ!もう何も聞くな!」
「付き合ってたとしても!!こんな、みんながいるところで、そんな!!」


お互い顔を赤くして言い争ってみたものの、虚しくなった。成人した男女が、言い争う内容じゃない。思春期か、あなたは思春期なんですか。


「とにかく!総悟くんとはそういうんじゃないです!」
「常日頃からそう思われるような関係なんだから仕方ねえだろ!言われんのが嫌ならもっと距離感を持て」
「最近は持ってますよ!」
「そうは見えねえな。俺より総悟といる方が多いんじゃねえの?」


それが副長補佐のくせに、という意味を含むことなんて十分理解できていた。理解出来ていたけど、終わらない口論を終焉に向かわせるためにふざけた口調で「あー、ヤキモチですか」と言ってみた。言った後にこれ確実に逆効果だと思った。火に油を注いでどうする。土方さんがヤキモチなんて、そんなことあるわけない。


「冗談で、」
「なんで俺が妬くんだよ」
「え?」
「んなわけねえだろ」
「え?え?」


くだらねえこと言ってねえで寝ろと言って土方さんは部屋を出て行ってしまった。思ってた反応と少し違くて、何も言い返せなかった。
おちょくったのに怒らないなんて…。土方さんでもそんなことがあるのか。
転がっているティッシュをいつも通り文机の上に置き直す。ヤキモチだったら良かったのになーなんて、思いながら歯を磨くべく洗面所へ向かった。

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