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「クソが」


土方さんなんて大嫌いです!と叫ぶように言って走り逃げた名前へ舌打ちをすれば、ブッと吹き出されてしまった。


「嫌いだって、大嫌いだって…ブハッ、」
「ちょっと銀さん。土方さんに悪いですよ…フッ」
「それに対してクソがとか言っちゃってるアル、マヨお前の方が餓鬼アル」


目に涙浮かべ笑う万事屋。クシャっと手の中で煙草のパッケージが潰れた。煩えよ黙ってろ。


「どうするんだよ、大事な大事な名前ちゃんに嫌われちまってんぞ?あれ多分沖田くんといい感じになるね、絶対なるね」
「別に大事とかそんなじゃねェーし。総悟といい感じもなにも、あいつらはいつも二人で馬鹿やってんだよ。今だってどうせ俺の悪口と暗殺計画で盛り上がってんだろ」


あーあ、煙草折れちまってるよ。これもそれも全部こいつらのせいだ、と溜息を吐けばチャイナ娘が「優しくしてやればいいアル」と鼻をほじりながら言う。


「は?何で俺が」
「名前は馬鹿ネ。ちょっと優しくすればすぐまたトシの方に戻ってくるネ」
「なにナチュラルにトシとか呼ばれてんの、俺」


別に総悟とあいつがどうなろうが、あいつが俺を嫌いだろうが仕事に影響さえなければいい。


「まあでも名前なら林檎買ってきゃ、コロッと機嫌直りそうだよな」
「ちょっと二人とも!そんな、名前さんがチョロいみたいに…」


つかなんであいつは怒ってんだ?林檎買えなかったからか?だからスーパー寄ってやるって言ったんだ。意味わかんねえだろ。何が気に食わねえ。
別に気になるわけじゃないし、あいつが俺を嫌いだとか全然痛くも痒くもねえけど…。


「おい万事屋。あいつがなんで怒ったか分かんのか?」
「え?なになに?気にしてないとか言いながら本当は気になってんの?」
「…不機嫌になった理由が分からねェーだけだ」
「知るかよ。腹減ってたんじゃねえの?あ、違ェー、金貸してやらねえからじゃね?」
「林檎ならスーパーで買ってやるつもりだったんだよ、昼飯だって、」
「でもあいつは神楽と新八から買いたかったんだろ」
「なんで」
「そんなん本人に聞けよ。俺だって名前のこと全部分かるわけねェーだろーが!」


鼻をほじった手で切り分けた林檎を食ってやがる…。こんな奴からどうしてあいつは林檎を買いたいのか理解できない。スーパーの方が安いし安全だろう。


「で、買うの?買わないの?買わねェーならさっさと退いてくれよ、ンなに瞳孔開いた犯罪者顔の男が立ってたら客が寄ってこねェーだろーが」


シッシッと手で邪魔だと追っ払われる。屈辱で、腹立たしい。立ち去ろうとした時、チャイナ娘が「名前と仲直りしたいなら林檎買えばヨロシ」と言った。


「別に仲直りしなくても、」
「玉の小せェー男アル。名前がいなくなってから不機嫌丸出しにしてるくせにナ」


それはあいつが勝手な真似するからだ。つか別に不機嫌じゃねェーし。お前が煽るからっ…!


「神楽ちゃんも銀さんも、煽らないでくださいよ。はい土方さん。よかったらこれ名前さんにあげてください」


そう言って袋に林檎を入れて渡された。それに対して万事屋の野郎が「新八ッ、何勝手なことしてんだよ!」と騒いでいる。受け取った袋には林檎が5つ。


「おい、いくらだ」
「え?いいですよ、僕たちもこんなに食べれませんし。あんなに食べたそうにしてましたし」
「売り物なんだろ。タダで貰うわけにはいかねえ」


さっき1500円って言ってたよな。財布を取り出した俺に万事屋の野郎がムカつく顔しながら「毎度ー」と言う。払いたくない。7500円も払って林檎なんざ買いたくない。しかもこいつに払うなんて。


「馬鹿らしい」
「あぁ?」
「お前に金払うのが馬鹿らしいっつってんだよ」
「じゃあ一生嫌われてろ、ニコ中野郎が」
「だから別に嫌われていようがっ、」


林檎を返そうとした時後ろから「土方さん?」とあいつの声がした。


「林檎っ!!買ったんですか?!なんで?!さっきは頑なに買わないって」


パァっと眩しいくらいの笑顔で見られる。あいつの目には返そうとしているんじゃなく、買って受け取ったように見えるらしい。おいおい、今更要らねえとかなんかそれって、凄えダサくね?俺凄えダサくね?


「違うアル、これは」
「あーはいはい7500円な。はい、これ。つりは要らねえからちゃんとしたもん食えよ」
「は?」


早口で一万をチャイナ娘に押し付け、林檎の入った袋を掻っ攫った。振り向けば名前が嬉しそうな顔している。


「結局、ご機嫌取りか?」


背中に投げかけられた言葉に羞恥心が騒ついた。振り返れば万事屋がニヤニヤとしながら「真選組鬼の副長も大事な女の前では俺らと変わらねェーな」と言う。喉までせり上がった言葉を飲み込んだ。返事の代わりに睨み付け、名前の方へ歩み出す。


「今、銀さん何か言ってませんでした?」
「…毎度って言ってたな」
「ああ!なるほど!」


林檎ー!と嬉しそうに袋の中を覗いている。この林檎に7500円の価値はあるんだろうか。


「くだらねえ」
「え?」


キョトンと不思議そうな顔をしている名前。つか見回りするはずの総悟はどうした。どうせあいつのことだ、また更けたんだろう。屯所へ足を進める。俺の少し後ろを歩く名前。


「おい、さっき言ったこと取り消せ」
「さっき?…あ」


あいつの気配が少し薄くなり、振り向けば立ち止まってバツの悪そうに頭をかいている。パチリと合った目は申し訳なさそうに伏せられている。そこで何を言ってしまったのかとドキリと胸が痛む。万事屋が訳の分からないことをギャンギャン言っていたから感化されたのかも知れねえ。じゃなきゃおかしい。だって今俺、嫌いを訂正しろって言ったんだよな?


「今のはっ、」
「舐めたこと言ってすみませんでした、あれは咄嗟というか感情的というかなんというか…怒ってますよね?帰ったらアレですか?素振り1000回ですか?」


慌てる名前が青い顔して言い出したから胸を下ろした。ああ良かった、こいつが馬鹿で良かった。俺の言った言葉の意味をそう捉えたか。


「林檎の皮剥けんのか?」


ほら、と袋を差し出せば嬉しそうに笑って駆け寄ってくる。物で釣ってるわけじゃない。別に機嫌を取ろうとしたわけじゃない。断じて嫌いと言われたのが気に食わなくて林檎を買ったわけじゃない。


「剥けますよ!包丁も刀も同じようなもんですし」
「全然違ェーよ」


嬉しそうに笑って袋を覗き込む名前が顔を上げて俺を見上げる。ありがとうございますと言った名前の頭に手を無意識に乗せていたらしい。「えっ…」と困った顔をされてハッとした。俺、まじで何してんだ?


「……ゴミ、付いてた」
「あ、ああ!ゴミ、ゴミですよね、ゴミ」
「ああ、ゴミがな」


ありがとうございますともう一度笑った名前から目をそらして溜息を吐いた。これじゃあまるで本当に俺はこいつを大事にしてるみてえじゃねェーか。

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