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土方さんと見回り途中、路上で林檎を売っている万事屋の三人組を見つけた。あ、と駆け出そうとした私の肩をギチギチと掴んだのは言うまでもない、土方さんである。


「あいつらに関わるとロクなことがねェ」
「土方さんは嫌いかもしれませんが私は好きですよ」


真っ赤な林檎を山ほど積み「安いヨー美味しいヨー」と客引きをしている神楽ちゃん。その隣には銀さんが「こんなに林檎ばっか貰ってもなあ」とボヤきつつも試食用の林檎を切り分けている。新八くんはなにやら見栄えを良くするために林檎を一つ一つ丁寧に拭いている。どうやらまだ万事屋の三人は私たちに気づいていないらしい。


「土方さん、私林檎が無性に食べたくなって来ました」
「知らねえよ。もうすぐ昼時だろ、ファミレスでも定食屋でも寄ってやる」
「なんでそんなに嫌うんですか」
「馬が合わねえんだよ、昼飯食わせてやんからいいか、あいつらが気づいてねェーうちに、」


行くぞと引かれた手を無理矢理振り解く。そしてそのままダッシュで万事屋のみんなの方へ走った。テメェというドスの効いた声は聞こえないフリをした。


「銀さんっ、神楽ちゃんに新八くんも!」


手を振る私に気づいた三人がこちらを向く。神楽ちゃんが手を振り返してくれ、新八くんも会釈をしてくれた。なんだかんだ一番接点のある銀さんだけはめんどくさそうな顔をしていた。


「なにしてるネ」
「見回り!林檎いっぱいだね、どうしたの?」
「浮気調査の依頼で見事浮気を見破ったらお礼にって謝礼金じゃなく大量の林檎貰ったんだよ。こんな食えねえから売り捌いて金に変えようと思ってな」
「ああなるほど!私も買う、買いたい!」


財布を取り出そうと懐に手を突っ込んだ時、銀さんの顔が歪んだ。


「あれー?おたくも居たわけ?本当、名前ちゃんがいるとこいるとこ、ついてくんだな。なに、真選組ってストーカー育成施設かなんか?」
「あァ?!仕事の関係上に決まってんだろ。あ、悪ィ悪ィ。たまにしか仕事しねェー奴はそんなこと知るわけねえよな」
「こっちは趣味でやってるみてえなもんだし?食ってけりゃ問題ねえし?」
「は?俺も別に義務とかそんなんじゃねえし?」


うっわ出たよ、幼稚な戦い。どうしてこの二人はこうも顔合わせれば戦闘体勢なのか不思議だ。財布を開き新八くんにいくら?と聞けば1つ1500円だと言う。


「は?!?!1つ1500円?林檎が?」
「はい。うちの家計火の車どころじゃないので、少し高めの値段設定にさせてもらいました」


ニッコリと笑っているが、少しどころじゃないよ新八くん。気付こう?その値段だから未だに大量の在庫を抱え込んでるんだよ?ね?
しかし買うと言った手前、年下が二人もいる。高いからやめますだなんて言えない言いたくない。私にだってミジンコやゾウリムシくらいのプライドがあるのだ。滅多に年下と接する機会かないからお姉さん風吹かせたいのだ。
財布を笑顔で開きお金を数える。あれ、小銭しか入ってない。なんてこった、これじゃ1つしか買えないじゃないか。林檎1つって…


「土方さん…」


まだくだらない口論を続けてる土方さんの袖をちょいちょいと引っ張れば、銀さんと言い争っていたままの口調でこちらを向いてくださった。


「あんだよ煩えな!」
「いやっ、お金、お金かしてください」
「は?」
「あー…えーっと」
「あいにく俺は金の貸し借りはしねェー主義だ」
「お昼奢ってくれなくていいです、だから林檎!私もお姉さん風吹かせたいです」
「意味わからねェーよ」
「この通り、お願いします。給料日来たら必ず返します!」


私自身頭を下げてまで林檎が欲しいかと聞かれると別に特別好物でもないのだから首を横に振る。しかし、神楽ちゃんと新八くんの前でくらいお姉さんぶりたい。こんな風に頭を下げてる時点でおかしな話だけど。


「名前さん?そんなに食べたいならいいですよ、持って行きますか?」
「馬鹿、そんなことしたら俺たちの金がっ」
「いいじゃないですか銀さん。いつもお世話になってるんでしょう?僕知ってるんですからね、年下の名前さんに団子奢って貰ったりパフェ奢って貰ったりしてるの!」
「そりゃだってよー、こいつ給料日になると羽振り良くなるんだから俺が悪いわけじゃねェーよ。な、名前ちゃん?」


余計なこと言うんじゃない、銀さんの馬鹿。
土方さんが不満気に私の顔を見下ろす。あーあーあー、万事屋憎むべしとかいうのが真選組局中法度にあった気がする。それ以前に、何故か土方さんは銀さんを毛嫌いするし…。


「お前、給料日にそんなことして毎月金欠がどうのこうのって騒いでんのか」
「いやっ、たまたま、そういうこともありましたってだけで…」
「林檎は買わねェ。あとでスーパー寄ってやる、こんな高ェー林檎見たことねェーよ」


歩き出した土方さんに銀さんが「田舎ではこんな高級な林檎売ってねェーのか?」と挑発するように投げかけた。足を止め眉間をピクピクさせながら振り向いた土方さんだったがその挑発には乗らず、私だけを見て早くしろと言う。
ケチ、土方さんのケチんぼ!林檎くらい買ってくれてもいいのに。あとでお金返すって言ってるのに。
絶対銀さんが嫌なだけだ。銀さんが嫌だからお金かしてくれないんだ、といい年こいて子どもみたいに頬を膨らませた。歩き出さない私に土方さんは余計にイラついたらしい、ドスの効いた声で「おい、いい加減にしろ」と言う。


「あり?みなさんお揃いで仲良く井戸端会議でもしてるんで?」
「総悟くんっ!!」


そこへ見回りをサボり行方をくらませていた総悟くんがやって来た。ふわぁ、と欠伸をしているところからしてサボってどこぞで居眠りをこいてたらしい。


「てめぇ、どこほっつき歩いてやがった」
「どこって、ちょっとこの先の見回りしてやした」
「そこは管轄外だろ」
「そうでしたっけ?」


すっとぼける総悟くんに土方さんが更にイラつく。総悟くん総悟くん、今土方さんは理不尽に怒ってるんだよ。ちょっと聞いてよ私の話。


「あ?どうしたんで?なんか名前も野郎もバッチバチに火花散らしてねェーかィ?」
「そいつが駄々こねてるだけだ。餓鬼じゃあるめえし」


ふうんと私の方へ首を回し、どうしたと聞いてくれる総悟くんが神に見える。餓鬼なのは土方さんである。銀さんの顔を見ただけで不機嫌になるくせに。私だけが悪いみたいにっ。


「総悟くん、ご飯食べ行こう。お昼まだでしょ?」
「アンタ見回りは」
「あとで帰りにやる!ってことで土方さん、お昼休憩頂いきますね」


行こうと総悟くんの腕を引っ張った。状況は分かってないんだろうけど、察しのいい総悟くんである。そのまま素直に歩き出してくれた。


「おいてめえそんな我儘が通用すると思ってんのか?勝手に昼休憩なんざ、」
「見回りなら俺も帰りに一緒にやるんで心配ありやせんぜ?」


おい、と怒鳴る土方さん。「走れィ」と総悟くんが私の手を握った。
いつもならこんなに反抗しない。しかし今日は何故か反抗したかった。総悟くんという味方が舞い降りて来たのも一理あるけど。


「名前、野郎に言ってやんなせェ。嫌いだって」
「え?」
「いいから。トドメ刺してやれィ」


にやりと楽しそうな総悟くん。振り向きながら「土方さんなんて大嫌いです!」と言えば「テメェ…!」とこれでもかと眉間に皺を寄せた土方さんが睨んで来た。


「そっ、総悟くん?!めちゃくちゃ怒ってる、土方さんめっちゃ怒ってるんだけど?」
「いい気味でィ」
「私殺される?あとでしめられる?」
「そん時はそん時だねィ」
「えっ、味方してくれ、」
「るわけねェーでしょう。飯奢りなせェーよ。あの場から連れ出してやったろィ」
「ええ?私が連れ出し、」
「走れって言ったのは俺でィ」


1500円しかないと言った私に、総悟くんは貸しといてやらァと笑った。これ、総悟くんに林檎代借りれば良かったんじゃ…と気づいた時にはもう遅い。何があったんで?と聞いてくれた総悟くんに「林檎…」と話したところで爆笑されて終わるだろう。

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