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「あーやっぱ降ってきたか」


外を眺めながら溜息を吐いた。だから傘持ってけって言ってやったんだ。なのにあの馬鹿は、と筆を置き腰を上げた。どうせ外に出るはめになるのなら、自分で行った方が良かったと舌打ちが出る。


「副長?どっか行くんですか?」


パトカーの鍵を持ち靴を履いていれば山崎がやって来た。


「お前は?」
「次の内偵で使う化粧道具を揃えに行こうかなーって」
「あー……パトカー使いてェーか?」
「へ?」


山崎がパトカーの鍵がいつも掛かってる方を向く。今さっき、俺が取った鍵で最後だった。雨が降ってきたから、皆パトを使ってるのだろう。


「副長が使うなら大丈夫です、歩いてくんで」


物凄く嫌な顔を存分に晒した山崎。本音を言えば使いたいのだろう、雨だし。ハァと溜息を吐く。


「ついでだ、乗ってけ」
「え?!なんですか、副長が優しさを見せることなんてあるんですね」
「そうか、死に急ぎてえか」
「ギャ!違います違います、刀ッ、刀しまってください!」


いつもの俺ならついでだろうがなんだろうが、乗ってけなんて言わない。しかし今回は仕事でもなんでもない。傘を持たずに出掛けた馬鹿の回収だ。急ぐこともない。
パトカーに乗り込み、エンジンを掛ける。じっとりとした視線に気分が悪くなった。


「なんだよ。言いたいことがあんなら言え。言葉にしなくとも伝わるとか思ってんのか気持ち悪ィーな」
「やっ、違います。副長はどこにお出掛けされるのかなってだけで……」
「警察庁」
「あ、なるほど。じゃあ先にそっちから行きますか。俺の買い物は後回しで大丈夫なんで」
「いや、お前を下ろしてから向かう。安心しろ、迎えも来てやるから」
「え……本当に何かありましたか?」


煩えよ。別に何があるわけでもねェーけど、全然隠すようなことでもねェーんだけど……。アイツが傘忘れたから迎えに行くとか、言いたくもねェーし知られたくもねェーんだよ、ほっとけ。つか違ェーから。心配だとかそんなんじゃねェーから。


「別に。ほら、どこ行けばいいんだよ」
「あ、じゃあ駅前の……」


山崎の指定したところへとハンドルを切る。雨は更に強さを増し、あの馬鹿が濡れるの覚悟で歩いていないか少し不安に思った。風邪を引くだとかそういうのじゃない。俺がわざわざ迎えに行ってやってるのに、歩いて帰ってきたらとんだピエロだろう。


「あれ?名前ちゃん」
「は?」


ほらほらあそこ、と山崎が指差した方を見れば俺の勘は正しかったらしい。この雨の中馬鹿は馬鹿らしく歩いていた。


「あんの馬鹿……」
「うおっ?!」


思いっきり踏んだブレーキ。山崎が前のめりになっている。真っ青な顔して「ふっ、副長?」と言った。


「予定変更だ。運転代われ、屯所まで戻るぞ」


バンッと勢いよくドアを閉め、馬鹿めがけて走る。クソが、結局お前も俺も濡れてんじゃねェーか。


「おい」
「わっ、えっ?土方さん?」


肩を掴めば驚いたように目を丸くして振り返った馬鹿は、少し震えていた。


「連絡くらい入れるか傘買えよ馬鹿。今の季節分かってんのか?冬だぞ冬」
「あっ、や、財布忘れて……」
「ガキじゃねェーんだぞ、一文無しで出歩くんじゃねェ」
「寒くて凍え死ぬかと思いました」
「あったりめェーだろーが。天気予報くらい見ろ、つか傘持ってけって言っただろーが」
「だって、こんな急にっ」
「降るんだよ雨は急だろうがなんだろうが。また風邪なんか引いてみろ、次は休ませねェーぞ」


冷え切った手を掴みパトカーまで引っ張れば山崎が言葉に言い表せない表情をしていた。ッチ、だから嫌だったんだ。だから先に山崎を下ろしたかったんだよ。


「なんだよ、何見てんだよ」
「あっ、いやっ、別に大した意味はないんですけど、副長、」
「仕方ねェーだろ、傘持ってかなかったの見ちまってたんだから」


いいから早く出せと言ってから、隣でクシャミをしてる馬鹿の頭を小突いてやった。


「痛い!急になにするんですか!」
「お前のせいだからな」
「なにが?!今何かありました?!」
「これが総悟じゃなくて山崎でよかったわ本当」


チラチラとバックミラー越しに見てくる山崎に「口外してみろ、潔くあの世へ送ってやるよ」と言えば「死んでも言いません」と返ってきた。しかしその直後、山崎がニヤニヤとさせる。腹が立つ、総悟と変わらないくらい腹が立つ。


「なにニヤニヤしてんだよ」
「いえ、思ってたよりも重度だったもので」
「……だから傘を持たずにっ」
「俺が傘を忘れてたらどうしますか?」
「迎え行ってやるよ」
「ハハッ、ありがとうございます」


山崎が目に涙を浮かべて本気で笑ってやがる。煩えよ、迎え行ってやるっつーの。


「土方さん土方さん」
「煩えな、お前はなんだよ」
「え。なんで怒ってるんですか?お礼言いたかっただけなのに」
「は?お礼?」
「わざわざ傘忘れた私を迎えに来てくれたんですか?ありがとうございます」


へへっと笑った馬鹿の頭に頭突きをかましてやった。


「たまたまに決まってんだろ、たまたま。山崎が買い物に行くって言うからたまたまだ」
「えっ、だって今さっきの会話的に私を、」
「だから違ェーって!んなわけねェーだろ、なに言ってんのお前。俺がお前を迎えに行くなんざするわけねェーだろ」
「や、だって、土方さん、」
「だから!違ェーってーの!俺がとっつぁんのところまで使いを頼んじまったから一応な、一応それで風邪ひかれても後味悪いっつーか…なに笑ってんだ山崎テメェ!!」
「やめ、副長やめてください、首絞ま、死ぬ!」


あー……柄にもないことをするもんじゃないと、隣で笑ってる馬鹿を見て本日何度目かも分からない溜息を吐いた。俺のせいで風邪を引いたとか言ってまた熱でも出されたら後味が悪い
、ただそれだけだ。


「ああ、そういえば土方さん。松平さん不在でコレ持って帰ってきたんですけど雨で濡れました」
「……ぐちゃぐちゃじゃね?」
「だから雨で濡れたんですって」


名前が懐から取り出した紙切れはもう解読不可能な程、ヨレヨレで所々切れていた。おい待て、それ重要な伝達事項だって言ったよな?なんで悪びれもせず笑ってんだこいつ。


「だからまた書き直してもらえますか?次は雨の降らない日に行くんで」
「頼むから一回その首跳ねさせてくれ」
「えっ、何か怒ってます?」
「もう怒鳴る気も起きねえよ」


今日は厄日だと頭を抱えた。

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