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「え」と漏れた私の言葉が気まずい空気にしてしまった。土方さんはそのまま寝返りを打ち背を向けるし。どうしていいかわからなくてとりあえず土方さんの横へと移動して正座をしてみた。振り向いてはくれないらしい、真っ黒な髪を一本二本と数えて頭を回転させる。粥ってあれだよね?水分多めの体調不良や胃腸が弱ってる時に食べるアレのことだよね?お腹が空いたってこと?えぇ?


「嫌なら別にいい」
「嫌とか、そういうわけじゃなくて……。あっ、そうだ、山田さんに頼んできま、」
「違ェ」


立ち上がろうとした私の腕を掴んだ土方さんはやはり背を向けたままだった。この人は背中にも目が付いているのだろうか、よく一度も私を見ずにジャストミートで腕が掴めると思う。土方さんの手は温かいなんてもんじゃなく、熱かった。


「土方さん、熱上がったんじゃないですか?手、熱いですよ」
「高熱で頭がおかしくなったと思え」


なに?一体なんなの?どう返せばいいの?頭がおかしくなったって、どういう意味なの?


「びょっ、病院連れてけってことですか?」
「風邪くらいで一々行くかよ」
「そっちじゃなくて脳外科とか」
「喧嘩売ってんのかテメェは」
「痛っ、手首!手首おかしくなる!」


ブンブンと腕を振り土方さんの大変素晴らしい握力から我が右手を救出した。勿論赤くなっていた。


「山田さんにお粥を作ってもらえばいいんですか?」
「だから違ェーって」
「だって粥って……」
「お前だって作れんだろ?粥くらい」
「え、私ですか……?」


私に粥を作れと?あぁそうか、午後から手隙になるから仕事を言い渡したいのか。やっと意味が分かった。土方さんは言葉が足りなすぎる。以心伝心が出来るわけではないのだからちゃんと主語述語を使って欲しい。


「おじやでいいなら」
「おじやってなんだよ」
「卵入ってるやつですよ。我が家ではお粥じゃなくておじやだったんです、お粥より味がするから美味しいですよ」
「作れんのか?」
「……多分。自分で作ったことはないですけど。なんかアレじゃないですかね?多めの水と出汁と卵でグツグツすればいいんじゃないですかね?分からないけど」
「まあその説明なら不味くなる要素は見当たらねェーか」
「隠し味に愛情とか入れときましょうか?」
「おー、じゃあ頼むわ」
「え?」


頼む?隠し味に愛情を?鼓動がより一層早くなり、もう土方さんの髪の毛の本数を数えるなんて出来なかった。いつもの冗談というか、きっと深い意味なんて無いんだと思う。というか高熱で頭がおかしくなってるって言ってたし、爆発一歩手前くらいまで朦朧としてるのかも知れない。じゃなきゃおかしい、私の愛情なんてそんなのおかしい。


「書類終わってからでいいぞ」
「いや今すぐ!今すぐ台所に行ってきます」
「はぁ?書類どうすんだよ」
「ちょ、今振り向かないでくださいよ!!なに!なんで今振り向くんですか!!」


起き上がった土方さんに顔を見られないよう、慌てて立ち上がる。だって今の私は絶対に変な顔してる。愛情ってなんだろう、敬愛とか親愛とかそういうのだよね?愛情って、なにも男女の間だけに限らないし。


「おい、聞いてんのか?」
「聞いてます聞いてます。おじや作ってから書類やるんでちょっと本当にタンマ、土方さんは黙っててください」
「……なにテンパってんだよお前」
「土方さんのせいですけどね!!」


バンッと強めに閉まった襖。台所まで走る。煩い煩い煩い煩い。心臓が煩い。


「なに変な顔して走り回ってるんでィ、ドタバタドタバタ煩ェーな」


隊務時間だというのにアイマスクを頭に乗っけた総悟くんがひょっこり顔を出す。ハッとして総悟くんの肩を掴んだ。ゆさゆさ揺らせば「なんでさァ、ついにトチ狂ったか」と言われたけどもうこの際そんなことはどうでもいい。


「愛情ってなんだと思う?」
「は?」
「愛情!!!」
「愛しいと思う気持ちだろィ」
「それって異性に対して?!」
「いや親から子へとか恩師から弟子へとか色々あんじゃねェーの?」
「あぁ、だよね。そうだよね」
「なんでィ急に声のトーン落とすんじゃねェーや気持ち悪ィ」
「気持ち悪いは言い過ぎだと思う。でもそうだよなー、そっちだよなー」
「一人で完結すんじゃねェーよ」
「土方さんがさぁ、」


土方さんという名前を聞いて総悟くんが口元を釣り上げた。あ、やっぱり総悟くんだけには言うのやめて置こう。なんか嫌な予感がするし。


「野郎がどうしたって?」
「ううん、なんでもない」
「なんでもねェーわけねェーでしょう。なにがあったんで?」
「本当になんでもないんだよ、おじや作らなきゃいけないからまた後でね」
「おじや?」
「知らない?おじや」
「誰のために?」
「土方さん。風邪引いたんだって」
「へぇ。好いた野郎が弱ってるのをいいことに家庭的な私をアピールするんで?」
「違うよ。頼まれたの!」
「は、野郎に?」
「うん、お腹すいたんじゃない?」


だから後でね、と言って台所に向かった。おじやなら材料もあるだろう。


「マヨネーズは隠し味に入るのかな?」


冷蔵庫を開けている時既に、私の頭は愛情がどうのこうのなんて忘れていた。

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