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「おはようございますー、今日は見回りからですよーっと」
「あぁ、お前か……」
「えっ、大丈夫ですか?」


珍しく朝から気分が良くて副長室へ軽快にやってくれば、私とは反対にいつもならもう隊服姿で隊務を行っているはずの土方さんが真っ赤な顔して布団の中にいた。風邪ですか?と聞けば違うと言うけど、そんな真っ赤な顔して咳をしてるくせに風邪じゃなかったら一体なんなのだ。


「見回りだったっけか」
「あーあー!大丈夫です!寝ててください、適当に暇そうな総悟くんとか総悟くんとかサボってそうな総悟くんとか捕まえて行ってくるんで」


きっちり畳んである隊服に手を伸ばした土方さんを無理矢理布団の中へと押し戻す。だって、土方さんが体調を崩しているなんて、そんなの……


「サボろうとか思ってねェーよな?」
「ま、さか、そんなわけないじゃないですかぁー」
「目反らしてんじゃねェーぞテメッ、ゲホッ」
「うっ、ちょっ、土方さんっ?」


心の中を読まれ殴られそうになり咄嗟に避けたはずが、少し乾いた咳をした土方さんが体勢を崩し倒れかかってきたのだから驚いた。慌てて伸ばした手の中にすっぽり収まる。いつもの土方さんなら体勢を崩して顔面から床に転がろうがざまあみろだが今は一応病人だ、私を殴ろうとしたけど病人である。苦しそうな咳を少しでも和らげようと背をさすった。


「大丈夫ですか?今日は休んでた方がいいですよ本当に」
「……そんなことしたらお前と総悟の思うツボじゃねェーか」
「そんなことないです!こう見えて私、結構真面目っていうか、やる時はやる女っていうか」
「何秒か前までサボろうとしてたけどな」
「……まさかこんなに具合悪いと思わなかったんですもん、大目に見てくださいよ」


本当に辛いのだろう。私の手を振りほどかない土方さんは未だに私の腕の中である。熱は計りましたか?と聞いた私に「病は気からって言うだろう」とわけのわからないことを言い出したから本格的に具合が悪いらしい。


「とりあえず!見回り行ってくるんで大人しくしててくださいね?あ、熱計っといてください」
「総悟とお前がちゃんと見回りに行くとは思えねェ」
「行きますってば」
「山崎……山崎呼んで来い」
「は?え?山崎さん?」


早く、と言われ食堂へ行けば山崎さんが少し遅めの朝食を取っていた。事情を説明し、土方さんが呼んでいることを伝える。山崎さんはものすごく嫌な顔をしながら「俺徹夜明けなんだけど」と文句を垂れていた。これは今度土方さんにチクってやろう。


「副長ー?大丈夫ですかー?」


面倒くさそうに山崎さんが副長室の襖を開ければ、先ほどよりも苦しそうな顔した土方さんが隊服へと着替えている。


「何してんですか!!大人しくしててくださいって聞こえてませんでした?!」
「大声出すんじゃねェーよ、頭に響く」
「大声出させないでくださいよ!山崎さんもなんとか言ってくださいこの仕事馬鹿に!」
「テメェ、それ俺のことか?俺のことなのか?あぁ?」


いつもの威勢は何処へやら。声は弱々しいし、殴っても来ない。立ってるのがやっとだと分かる。そんな土方さんに山崎さんが「今日は休んだ方がいいですよ、何かあれば俺も手伝うんで」と声をかけた。


「そうか。じゃあまずそこの馬鹿と見回りに行って来てくれ」
「え?見回り?副長知ってます?俺昨日張り込みで寝てないんですよ?」
「一日くらいどうってことねェーだろ。見回りさえ行ってくれりゃあとは俺が見張れるからな」


見張るっていうのは、私のことだろうか?チラリとこちらを見た山崎さんが「ドンマイ」と笑顔を浮かべた。なんだこいつ、他人事だと思いやがって!!
山崎さんが私と見回りに行くことを了承してくれ安心したかのように土方さんが布団へと戻る。私の信用の無さに悲しくなった。
何か必要なものあったら連絡して下さいねと残し私たちは見回りへと向かった。


「本当さー、副長って名前ちゃんが大事で仕方ないんだなって感じじゃない?」
「えぇ?急になんですか、そう見えます?ただ単にサボるって思われてるだけですよ」


ぶらぶら辺りを気にしながら歩いていれば山崎さんが急に話し始めた。もう少しで折り返し地点である。


「そうかな?まあそれもあるんだろうけどー……って、スーパー寄ってく?副長になんか買ってく?」
「あっじゃあマヨネーズでも買って行こうかな」
「いやそこ普通歩狩汗とかじゃない?」


スーパーでマヨネーズと歩狩汗を買い、山崎さんの監視の下私は真面目に見回りを終えた。
副長室へと戻れば土方さんはやはり苦しそうに布団の中にいる。山崎さんには「徹夜明けなのにすみません」とお礼をいい自分の隊務に戻って頂いた。熱はどれくらいあるのだろう、少しだけ汗が滲む額に手を添えれば、嫌そうに顔を歪めた土方さんが目を開けた。


「あっ、起こしちゃいましたね」
「いや別に構わねェーけど……なにしてんだよ」
「熱計ってました」
「原始的だな」


39度、と言った土方さんの奥に体温計が置いてあった。病は気からなんて言ってたくせにきちんと熱を計ってくれたらしい。


「結構ありますね、薬飲みます?」
「いい、食欲ねェーから」
「マヨネーズ買ってきましたよ」
「今はマヨネーズにすら腹減らねェーよ」
「でも薬飲まないと、」
「俺はいいからお前はそこに置いてある報告書やれ」


私の言葉に被せるよう重ねた土方さんの指差す方を見れば、綺麗にまとめられている書類。いつもより枚数が少ないなとめくれば、日付順で尚且つ私の出来るところだけ空欄になっていた。


「これ……まさかとは思いますけど私が見回り行ってる間にやっといてくれたんですか?」
「俺がやってるところはできねェーだろお前。でもそんだけしか終わらなかったからそれ終わったら後はいい、明日に回す」


乾いた咳をしながらこの人はなに言ってるんだろうと思った。自分は39度もあるのに、私のために……


「違ェーよ、野放しにしといたらすぐサボりに行くだろお前。少しでも仕事させねェーと」
「心の声を勝手に拾った挙句私のことなんだと思ってるんですかね本当に!!」
「使えねェー奴」
「そんだけ喋れるなら大丈夫だと思いますよ!ちくしょうめ!心配して歩狩汗買ってきたのにっ」


ふんっと文机に向かう。なんだなんだ、心配して損した気分だ。土方さんが珍しく熱なんか出してるから私も珍しく自発的にマヨネーズと歩狩汗買ってきたっていうのに。カサカサと袋を漁る音を背中に受けながら土方さんがまとめといてくれた報告書の空欄を埋めていく。


「なあ」
「はい?」


少ししてから声をかけられ振り返れば「それあとどれくらいで終わるんだ?」と聞かれた。


「お昼までには終わりますよー」
「じゃあその後、」
「なにかあります?」
「いや、大したことじゃねェーんだけど」


あ、この顔何か言いづらいことがあるときの顔だ。ニヤニヤしながら「私に何かお願いでもあるんですかー?」と茶化せば、眉間の辺りがより一層険しくなる。


「頼むから一発殴らせてくれ」
「絶対嫌です」
「本当に腹立つわお前」
「まあまあそう言わずに。で、なんですかー?」


私ができる範囲のお願いにしてくださいね、と筆を置いた。きっと煙草を買ってきてくれとかそういうことだろう。スーパー寄った時に煙草も買ってくるんだったと少し後悔した。


「粥」
「……え?」
「だから粥」


そう言った土方さんは照れたように俯いて顔を隠す。長い前髪のせいで表情は分からないけど、少し覗く耳が赤くて心臓がドクリと大きく跳ねてしまった。


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