17
近藤さんが私に可愛らしい着物を下さった。なんでもお妙さんへの貢物だったらしいが、受け取ってもらえなかったという。仕方なく私に、という感じではあるが生地からして高級そうな着物に私のテンションは上がりっぱなしだった。


「着てみてよ、名前ちゃんにも似合うと思うんだ」
「本当にいいんですか?」
「え、名前ちゃんまで俺からのプレゼントはいらないとか言う?」
「そうじゃないですけど……嬉しいです、凄い嬉しくて今なら空も飛べそうです」


「じゃあ飛べ」という低い声に振り返れば、居間の入り口に土方さんが立っていた。ずかずかと大股でこちらに歩いてきた土方さんが着物を持ち上げなんだこれはと言う。なんだこれはって着物以外の何に見えるというのだろう。


「着物ですよね」
「そうじゃねえよ。また潜入か?」
「あー違います。お妙さんに断られたらしくて、捨てるのも勿体無いからって私に近藤さんが」


着物を置いて近藤さんの方を見た土方さんに「名前ちゃんが貰ってくれるって」と近藤さんが笑顔を見せた。ふぅっと煙草の煙を吐いた土方さん。私を見下ろして「これはお前宛じゃねェーんだろ」と言う。


「そうですけど。捨てるくらいなら頂こうかなって」
「なんの解決にもならねェーだろ」
「解決?」
「あの女は素直になれねェーだけだ。お前から渡してやれ」
「はい?どういう、」
「いいから。お前から渡してやればいい」


行くぞと歩き出した土方さん。近藤さんに「なんですかね、恋のキューピッドにでもなりたいんですかね?」と言えば大きく口を開け笑いながら「違うよ、俺が間違えてたんだ。ごめんね」と言われてしまった。全然分からない、状況がわからない。
着物を綺麗にたたみ直し、慌てて土方さんの後を追う。玄関で待っていてくれたのか、土方さんが私をチラリと見て歩き始めた。


「どこ行くんですか?」
「道場」
「受け取ってくれますかね?」
「知らね」


土方さんって、近藤さんとお妙さんをくっつけようとでもしているのだろうか?そんな素振り今まで見せなかったのに。というかそういうの嫌ってそうなのになぁ。隣を歩きながら、どういった風の吹き回しだろうと不思議に思っていた。


「お妙さーん、すみませんお妙さんー」


道場に着きお妙さんをお呼びすれば、驚いたような顔で出てきてくれた。「近藤さんなら来てないわよ」と。


「今日はそうじゃなくて。これ、良かったら受け取って貰えないですかね?」
「これって……」


渡した紙袋を覗き込んだお妙さんの顔が曇る。私の顔も引くつく。一緒に渡してくれるのかと思っていたのに、土方さんはどこかへ姿を消してしまったようだ。薄情もんである、私を生贄にするなんて。お妙さんは素直になれないんじゃない、嫌よ嫌よも好きのうちだなんてそんなのポジティブシンキングにもほどがある。「あ、無理にとは言わないんですけど……」と情けないほど震えた声で言えば勢いよく顔を上げたお妙さんがふふっと笑みを浮かべた。


「受け取るくらい別にいいわよ。わざわざこんなところまで届けに来てくれたの?」
「へ?」
「お茶でもどう?」
「やっ、えぇ?」


「そこにいる土方さんもどうぞ」とお妙さんが声をかければバツの悪そうな顔で土方さんがやってきた。家の中へ案内され私と土方さんは客間で腰を下ろす。にこにこと終始笑顔のお妙さんが怖かった。


「二人揃ってやってくるなんて、何かあったんでしょう?」


お妙さんがお茶を差し出しながら聞いてきた。何かって言うほどのことは何もなかったはずだ。私だって土方さんが何故こうして勤務中にも関わらず、近藤さんからお妙さんへのプレゼントを渡しにきたのか理解できていない。土方さん土方さん、と隊服を少し引っ張りながら小声で呼べば「あぁ?」ととても嫌な顔をされてしまった。


「私も不思議に思ってたんです。どうして土方さんまで来たんですか?」
「俺が来ちゃ悪いのかよ」
「そうじゃないんですけど。なんて言うんですかね、気持ちわっ、ぐっ」
「あー悪い、手が滑っちまった」


鳩尾に思いっきり肘を入れといて手が滑ったもクソもないと思う。痛いです。
ふふっというお妙さんの笑い声に鳩尾を押さえながら顔を上げれば「本当に仲が良いのね」なんて言われてしまった。いつだかすまいるへ行った時も同じことを言われた気がする。これが仲良く見えるのならばお妙さんと近藤さんだって相思相愛の仲良、


「あらごめんなさい、手が滑ったわ」
「……今日は皆様よく手が滑ってしまうようで」


凄まじい勢いで飛んできた湯飲みを咄嗟に避けた。フフッとこれまたお綺麗な笑みを浮かべているが、お妙さんはお妙さんである。余計なことを口にせずとも考えていれば殺られる。
ズズッとお茶をすすりながらとんでもない二人と同じ空間にいるのだと理解した。もう何も話したくない、まだ死にたくない。


「で?何があったんです?」
「別になにもねェーよ」
「あら。何もなくて二人揃って来たんですか?真選組も相当暇なんですね」
「たまたま時間が空いてたからだ、暇じゃねえ」
「そうですか。本当のこと話してくれないならこの着物お返ししますね。名前ちゃんどう?着ない?」
「うっ、え?わた、私ですか?」


極上な笑顔を見せているもののお妙さんは怖いし、土方さんはお妙さんの言葉に何故か苛立っているし……。出来れば私の名前は出してもらいたくなかった、というか二人のこの静かなる戦いに巻き込まれたくなかった。
「あっ、えっと、」と返答に困って土方さんに助けを求めた。


「……近藤さんはアンタの為にそれを買ったんだ。要らねェーならそっちで処分してくれ」
「勿体ないじゃないですか。名前ちゃん着るならどうぞ。名前ちゃんならあのゴリラも喜ぶんじゃない?」
「だからそれはこいつ宛じゃねェーんだよ」


少し強めの口調で言った土方さんに、お妙さんが目をパチクリさせた。もちろん私もパチクリしてしまった。どうしてそこに拘るのだろう、別に誰のために買ったものだろうが着たい人が着れば良いと思うんです、私は。


「ひ、土方さん、落ち着いてください。声を荒げることでもないですよ?ね?」
「煩えよ。つかお前も貰う気でいるんじゃねェーよッ」
「だって!行き場の無いものですよ?」
「だからってな、残りもんみてェーだろ!」
「えぇ?残り物?」


土方さんが不機嫌なのはとてもよくわかった。なんだかとても怒っているようだ。それもわかった。分かったけど、どうしてそんなに怒っているのか分からない。困ってしまい今度はお妙さんに助けを求めるべく目で訴えてみた。
するとお妙さんは急に笑顔で「あぁそういうことですか」と満足気に言ってきたから私の頭の中の疑問符はもっと増えてしまった。


「分かりました。この着物は私がきちんと頂きます。近藤さんにもお礼を伝えておいて下さいね、土方さん」
「え、お妙さん、何か分かったんですか?」
「ふふっ、それは土方さんに聞いてみて」


引き止めてごめんなさいねとお妙さんが立ち上がった。お茶を飲み終えた土方さんも立ち上がり、玄関へと向かって行く。私も残りのお茶を一気に飲み干して土方さんを追いかけた。お妙さんに頭を下げお暇しようとすれば、お妙さんが小さく「うんと高いもの強請ってやりなさい」と言った。よく分からないまま頷いて、もう既に歩き出している土方さんの元へと向かう。
屯所までの道を歩いていれば、土方さんが呉服屋の前で急に足を止めた。


「土方さん?」
「着物、見て行くか」
「はっ……き、もの?」
「なに間抜け面晒してんだムカつくな。着物欲しいんだろ?見て行くかって言ってやってんだよ」


着物欲しいんだろって、見て行くかって……。そこで先ほどのお妙さんの言葉と、何故か必要以上に怒っていた土方さんが脳裏を駆け巡る。もしかして、行き場の無くなった着物を私が貰うことに対して怒っていたのだろうか。


「土方さん。もしかして」
「それ以上なんか言ったら店寄らねェーでこのまま屯所戻んぞ」
「あっ、じゃっじゃあ何も言わないです!何も言わないんで着物見て行きましょう!」


早く早くと土方さんの腕を掴めば「煩え落ち着け餓鬼」と舌打ちまでされてしまった。しかしそんなのどうだっていい。舌打ちなんて、何回だってすればいい。
土方さんが「これなんかいいんじゃねえか?」と選んでくれた着物は近藤さんがお妙さんに贈ったやつよりもずっと素敵なものだと思った。それは着物がどうのこうのじゃなく、土方さんの優しさが詰まった行動からだと思う。


「大事に着ますね!ありがとうございますっ」


どうして買ってくれたのか気になったけど、土方さんはその質問をきっとはぐらかすだろう。難しく考えるのはやめておこう。
綺麗に包装された風呂敷を抱きしめながらお礼を言った私に、土方さんは「醤油こぼすんじゃねえぞ」と背を向けた。


<< >>