16

上がる息と痛む肩。さすがに無傷で潜り抜けるのは無理だったようだ、斬れた隊服から血が滲む。床に転がる死体に安堵した。どうにか軽傷で済んだけど……カランと刀が床に落ちる。疲れた、女でも使えることが分かってもらえればいい。死人に口無しと言うから、この事実が広まることはないのだろうけど。
壁に身を預け息を整えていれば、階段を上がってくる音がした。そして引っ切り無しに響いていたバズーカの音も、金属がぶつかり合う音も悲鳴も止んだ。つまり上の奴等は総悟くんが片付けてくれたのだろう。


「生きてたか」
「あぁ、土方さん」


足音の主は土方さんたちだった。先頭を歩いてきた土方さんが顔を顰めて転がる奴らを見下ろす。ズルッと壁伝いに体を起こした私に山崎さんが手を差し伸べてくれた。


「あー、肩やっちゃってるね」
「ちょっとヘマしちゃいました」


へへっと笑った私の頭を叩いた土方さんは煙草を取り出しながら「ヘマじゃねェーよ」と不機嫌な声を出した。


「……でも総悟くんが鎮圧というか、全滅というか。兎に角解決はしましたよ」
「怪我してんじゃねェーか」
「かすり傷です」
「ぱっくり傷口空いてんぞ」
「いだぁぁあああああああ」


グリグリと傷口を抉られ激痛が走る。分かってるならそっとして欲しい。肩を押さえてしゃがみ込んだ私の頭を押さえつけた土方さんが「誰が単独行動しろつったよ」と言った。単独行動をしたわけじゃない。というか怒るなら私じゃなく総悟くんだと思う。私が悪いんですか!と反抗すれば頭を押さえつける力がより一層強くなった。


「俺の人選ミスだ」
「なんかすごい嫌味に聞こえるんですけど」
「そう聞こえたか?」
「はい。使えねえなって言われた気分です」


山崎、と土方さんが振り返った。後ろにいた山崎さんが顔を上げる。


「始末は他のやつで出来るな?」
「え?あぁまあ、はい」
「じゃ、頼んだ。この馬鹿、連れて先に戻ってっから」


おら立て、と負傷した側の腕を引っ張られ悲鳴にもならない声を上げた。痛い、どう考えてもぱっくり逝っちゃってる腕を引っ張るなんて有り得ないおかしい、痛い。


「私になんの恨みがあるんですか!痛いです、腕、すごく痛いです」
「総悟と別行動取った罰だな、ざまあみろ」


別行動って。だって最初は一対一だと思っていたし、それに、人数が増えてからはちゃんと総悟くんにお願いしようとしたのだ。それを総悟くんが押し付けたのに……私ばかり酷い目に遭っている気がする。


「そういえば総悟くんは?大丈夫ですか?」
「あいつはピンピンしてたぞ、どっかの馬鹿と違ってな」
「どっかの馬鹿もピンピンしてますよ」
「……無鉄砲過ぎんだよお前は」


ほーらほーらと怪我してない方の腕をこれ見よがしに動かせば、土方さんは面倒くさそうに「次は傷一つ付けずに片付けろ、女なんだからな一応」と言った。女なんだからっていうのは、この場合どう反応したらいいのだろうか。男なら傷を作ってもいいのだろうか。そんなわけない。男だ女だなんて、そんなの関係ないじゃないかと反論すればいいのに出来なかった。
総悟くんが言った先ほどの「結構、大事にしてるみてェーだから」がフラッシュバックする。私が女だから、土方さんは気にかけてくれているのだと思えば少し悲しくなった。


「女は面倒くさいんじゃなかったですっけ?」
「あぁ?急になんの話だ」
「だってこないだ興味ないって」
「だからなんの話だよ」


運転している土方さんはこちらを一度も見なかった。私もそっぽ向いて話を続ける。


「女だ男だの前に私は私ですよ」
「全っ然分からねえんだけど。なにお前哲学にでも興味持ったわけ?」
「そうじゃないですけど」


自分でもなに言ってんだろうってよく分からなくなってしまった。もういいや、と口を閉ざせば車内は無音になった。そんな中珍しく土方さんが私に話しかける。


「手出せ、手」
「手?」


運転しながら片手をこちらに差し出した土方さん。急に手とは一体どういう思惑だろうと不思議に思いつつも私も手を差し出す。ちらりとこちらを見た土方さんが私の手へ手のひらを重ねた。こうすると土方さんの手は私の手よりも随分と大きいことがわかる。


「な、んですかね、これ」
「仕方ねえだろ、男と女なんだから」
「へ?」
「手の大きさも違ェーし、筋力も違ェーし。全然違えんだよ男と女は」
「あー……まあ、そうですね」
「だから仕方ねェーだろ。他より目がいくのも」
「はあ……」


スッと離れた手。土方さんが何のために手の大きさを比べたのかは分からないけど、なんとなく言いたいことは分かった。


「じゃあ今日怒ってるのは心配したからですか?」
「違ェーよ。普通に単独で殺り合えなんて言ってねえだろって話だ」
「嘘だ、心配したんですよね?女なのに傷作っちゃったからー。やだなぁもう、気にしないでくださいよ。すぐ治りますし」
「だから違ェーっつってんだろーが!!」


そう言った土方さんの横顔は少しだけ赤く染まって見えた。


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