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「何回言えば理解できるんだお前のその軽い頭はァァァァ」
「痛い痛い痛い!ギブギブギブ!土方さん、本当にギブですって、痛い痛い痛い」


朝起きたら私は総悟くんの部屋にいた。多分昨日ウノをやったまま寝ちゃったんだと思う。特に衣類が乱れてるわけでもないし、辺りに散らかっているウノが物語っていた。
もちろん総悟くんはもう起きて朝食を食べに行ってるらしい。私もご飯ご飯〜と襖に手をかければまだ力も込めていないのに勢いよく開いた。そして眉間に皺をこれでもかって刻み込んだ土方さんが開口一発目から怒鳴り込んできたのだ。
目が合った時点で拳骨を察した私は逃げ出そうと土方さんと襖の間に体を突っ込んだ。しかし逃してもらえる訳もなく……腕を後ろで抑えられてしまった。肩が抜けそうなんですけど。


「士気に影響が出るから総悟と一緒に寝るのはやめろって何度言えば分かるんだテメェは」
「そんなこと言ったって、だってウノやってたら寝ちゃって……!」
「真夜中に男の部屋にノコノコ行くのもやめろっつってんだよ馬鹿かお前は」
「痛い、殴らなくたって!!」
「お前らが周りから何て言われてるかわかってんのか?あぁ?」


土方さんが凄んだ。睨まれて私はビクッと震えてしまった。だって、なんか角、角生えてません??


「"沖田隊長の女"でしたっけ?土方さん」


そう言ってやってきた総悟くんが私を見下ろしながら「ウノ片付けとけよ使えねェなァ」と言った。何で私が片づける前提なんだ、昨日は私が勝ったはずだ。


「ちょっと待ってください土方さん。総悟くんの女だなんて……」
「光栄だろィ」
「こちらから願い下げです、まじで」
「テメェ……上等じゃねェか、メス豚」
「痛ッ、ほら見てください土方さん!これが愛する彼女にすることですか?見てください!!人の前髪掴んで刀向けてますけど?!」
「うるせェーや、すみません総悟様って言わねェーとこの前髪ザックリいきやすぜ?」
「ほら見て見て土方さん!」


ちょっとまじで刀当たってんだけど、やめてくれる?と総悟くんの足を蹴れば蹴り返される。ムカついて私も前髪を掴んでやった。総悟くんは「にゃろうっ」と口元を上げて刀を振りかざす。私も咄嗟に抜刀した。やんのか童顔ドエス野郎が。
キーンと音がして、土方さんが総悟くんの刀を弾いた。


「馬鹿かお前らは。くだらないことで言い争って刀抜くんじゃねェーよ。私闘は禁止のはずだろーが」


ハァ、と溜息をついた土方さんが私に拳骨、総悟くんにも拳骨をしようとして避けられている。ずるい、私ばっかり殴られてる!!
ざまあみろ、と舌を出した総悟くんに中指を立ててやった。今に見てろよコノヤロー。


「馬鹿してねえでさっさと来い、仕事だ」


そう言って歩き出した土方さんの背中に「総悟くんにばかり甘い」とボヤけば聞こえてたらしい、俺はお前にも甘い方だろーが、と返された。んなわけあるか、と思いながらも後に続いた。私の仕事はこう見えて真選組の頭脳である土方さんの補佐である。所謂、副長補佐という肩書きを持っているのだ。


「今日の仕事はなんですか?」
「いつも通り近藤さんの回収と俺のパシリ」


副長補佐と言っても名だけのもので、実際は手広くなんでもやる。なんでも出来ると聞けば物凄く優秀そうに聞こえるが、そうでもない。なんでもやるというより、なんでもやらされるのだ。鬼の副長の一声で。


「近藤さんの回収って……そんなの私じゃなくてもいいじゃないですか」
「じゃあお前他に何が出来るんだ?見回り行ってこいっつったら甘味処で万事屋と一緒に駄弁ってるし、書類やれっつったら一時間もしないうちに"活字はどうも眠くなりますね"とか言って寝ちまうだろうが。お前を一人にしといてもなんの足しにもならねえ」


使えねえんだよお前、と言われて腹が立つかと聞かれればそりゃ少しはムカついたりもするけれど……確かに私ってどうして副長補佐なのだろうってくらい仕事してない気がする。


「クビにしないのは土方さんの広い広いお心のおかげですか?」
「は?違えよ。局中法度にあんだろうが。"局ヲ脱スルヲ不許"」
「あー……なるほど」
「だから副長補佐として俺の見える範囲に置いておく。お前を斬るにはまだまだ惜しいってだけだ」


総悟と並んで腕は立つからな、と言いながら渡されたメモに"マヨネーズ20本マヨボロ1カートン墨汁2本"と書かれていた。


「あとクリーニング屋にお前の新しい隊服届けてあるらしいから取って来い、一時間以内で戻ってこいよ」
「一時間?!」
「当たり前だろーが。仕事なめんじゃねえぞ」


あぁそれから斬らねえ理由はもう一つある、と顔をこちらに向けた土方さんはニヤリと笑って「俺もお前がいるとどうでもいいことに時間を割かなくて済むからな」と言った。つまりいい手駒だということだろう。


「職権乱用にもほどがあると思います」
「じゃあウチを辞めるか?俺がお前の介錯をしてやるよ」
「なっ……」
「死にたくねえなら働け。お前の手綱は俺が持ってんだ、俺の眼が黒い内はきちんと面倒見てやる」


喜べ、武士になりたかったんだろう?と言った土方さんは鬼だ。鬼以外の何者でもない。
別に武士になりたかったわけじゃない。この不景気の中、公務員なら将来安泰かと思っただけだ。実家が名のある武家で、腕には自信があった。新人隊士募集の紙には性別について記されていなかった、だから受けてみたら受かったのだ。
それで幹部組と顔合わせしたら女は要らねえと土方さんに言われて、合格通知を送ったくせに今更女だから要らねえなんて黙って引き下がれるわけもなく。
ギャンギャン騒いだ私に折れたのは近藤さんだった。実力で受かっているのだから、と今にも斬りかかって来そうな土方さんを宥めてくれた。総悟くんは土方さんの嫌がる顔を見れるのが嬉しいらしく入隊当初から私にちょっかいを出してきた。最初こそビクついていたけれど、今ではすっかり悪友となった。
サボりにうってつけの場所は全て総悟くんが教えてくれた。
真選組初の女隊士の所属に頭を捻らせた幹部組が出した答えが副長補佐だった。
隊士を信用してないわけじゃないけれど、もしも万が一何かが起こっては困る、と言った土方さんの意見らしい。


「合格通知には一番隊配属って書いてあったのに」
「何年も前のことよく覚えてんな。別に変わんねえだろ、一番隊隊士も副長補佐も」


むしろ感謝しろお前のために新しい役職を作ってやったんだ、と言った土方さんは何もわかっていない。一番隊なら上司とこうもずっと一緒にいなくて済むし、むしろ上司が仕事を適当にこなすのだからサボり放題である。


「上司とこんなにべったり一緒にいるのも珍しいと思うんですけど」
「なんでもいいけどもうあと45分切ってんぞ、近藤さんの回収と俺の頼んだ買い物、それから新しい隊服ちゃんと取り行けよ。その後は稽古に見回りだからな」


そう言われて慌てて副長室を飛び出した。
私には鬼がついている。いつだって鬼と一緒だ。サボりなんてあの人がいる限り無理な話なのだろう。
今日も今日とて、私は時間と鬼に追われ馬車馬のように駆けずり回るのだ。
いやそれ普通に考えて一時間で終わるわけがない。あーまた今日も素振り100回コースだ……


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