13

「お前本当、いい加減にしろよ」
「私も今回ばかりは申し訳ないと思ってます」
「どうすんだよこれ」
「どうしたらいいですかね、本当これ」


ジャラジャラと音を立てる私と土方さんの手元には手錠が嵌っている。たった今討幕を掲げるとある組織を鎮圧したところだった。捕縛したリーダー格の男に手錠を嵌めろと土方さんから仰せつかった私は、寝不足だった。寝不足の上に空腹だった。それを理由にしても説明がつかないけど、何を考えたのか私は敵じゃなく土方さんの手に手錠を嵌めてしまっていた。
慌てて逃さないように敵に嵌めようとした手錠を、何を考えたのかこれまた私は私自身の手に嵌めてしまったのだから怒られるのも当たり前である。


「ったく。山崎、こいつに手錠嵌めてパトカーに打ち込め」
「はい、了解です」


押さえ込んでいたリーダー格の男を山崎さんに頼んで、土方さんは私を見下ろした。立ち上がった土方さんにつられて私の左手もぶらりと持ち上がる。


「鍵」
「持ってきてないです……」
「はあ?なんでだよ」
「お言葉ですが手錠と鍵を一緒に持つようなことはしないかと……」
「普通はこんなヘマしねえからな」


屯所までさっさと戻るかと言われ私も立ち上がった。それにしても頭が痛い、思考が上手く働いてくれない。どうしてこんなヘマをしたのだろう。どうして私の左手は土方さんの右手と繋がってるんだろう。


「お前、調子悪いのか」
「え?」
「使えねえ使えねえとは思っていたが、討ち入りでふざけるような奴じゃねえだろ?」
「ふざけてないです」
「だから調子悪いかって」


煙草を咥えた土方さんがライターを回そうと右手を動かした。私の左手も一緒に動いてしまう。それが邪魔だったのか、それともただうざったかったのか分からないが土方さんは何度目かの舌打ちをした。


「熱は」
「ないです」
「じゃあなんだ、寝ぼけてんのか」
「眠いとは思ってます」


足のつま先から頭のてっぺんまで、ジロリと睨まれてしまった。慌てて口を閉ざす。流石に今この状況で眠いと答えるのは違うだろう。


「あっ、いや、怠慢とかそういうのじゃ、」
「少し痩せたな」
「へ」
「顔色も良くねえ」


これはまた「テメェの体調管理も出来ねえのか」と怒られるやつだ。ど突かれるやつだ、と殴られてしまうと反射的に顔を覆えば予期せぬ言葉が降り落ちた。


「戻ったら少し休め。最近徹夜続きだったからな」
「……具合でも悪いんですか?」
「お前がだろ」


目の前の男は本当に土方十四郎だろうか。真選組鬼の副長と謳われる方だろうか。
ジャラと手錠を引かれる。歩き出した土方さんに続いて私もパトカーに乗り込んだ。運転席に居た総悟くんが私と土方さんを見てとても嫌そうな顔をした。


「アンタらこんな所でなんつープレイしてるんですかィ」
「こいつが訳わかんねえことしやがったんだよ。いいから早く出せ、さっさとこれ取って捕縛した奴らの尋問だ」


後部座席に体を預ければ瞼が下がってくる。人間、究極に眠いと体が勝手に休息を取ってしまうらしい。私はそのまま襲ってくる睡魔に飲まれた。



徹夜続きだったから……それは私が望んだことだ。
土方さんはずるい、ずるい、ずるい。
寝れなくなったのは言葉が引っかかるから。どうしても引っかかる。キャバクラで言ってた"女になんざ興味ねえんだよ"が物体のように引っかかる。

目を開ければ自室の天井じゃなく、私が日常の大半を過ごす副長室だった。文机の方へ顔を向ければ土方さんがいつもの如く書類と睨めっこしていた。


「おはよう、ございます」
「あぁ、起きたか。寝不足だってよ、一応医者に診させたぞ」


ちらりとこちらを見た土方さんが呆れたように言った。時計を見ればもう22時を過ぎている。朝方の討ち入りだったから、それからずっと寝ていたらしい。


「パトカー乗った瞬間、意識飛ばすんじゃねえよビビるわ」
「ですよね、すみません。眠くて眠くて」
「いや、いい。俺もお前のキャパオーバーしてんの分かってて仕事させちまってたし」
「私がやりますって、」
「だとしてもだ。一応俺の指示だからな」


今日はもうこのまま寝ろと言われてしまった。自分が悪いけど、でもー……


「土方さんだって寝てないですよね?」
「俺はテメェと違ってンなに弱かねえよ」
「睡眠取らないとダメですよ」
「分かってんならちゃんと寝ろよ。俺はまとめて寝てる」
「寝溜めなんてできないんですって、人間は」
「気の持ちようだろそんなもん」


いいから寝ろもう、と言われて口が勝手に開いてしまった。


「私のこと、人間だと思いますか?」
「は?」
「女だと、思いますか?」
「まだ寝ぼけてんのか」


だっておかしい。土方さんは私に優しい。気にかけてくれる、面倒見がいい。なのに、女に興味ないって。それって、私のことなんだと思ってるんだろう?ペット?男?
女だって分かってるならそれって


「人間の女だと思ってる。もういいか、寝ろ。気失うほど極限まで働けなんて言ってねえよ。ほどほどに自分で出来る範囲の限界までやれって言ってんだよ」


女だと分かってるならそれって、私なんて眼中にないってことだ。
聞きたかったこと、最近私が知りたくて知りたくなくて目一杯仕事を詰め込んで考えないようにしていたことが、簡単にものの2、3分で手に入ってしまった。
望まない、望んでない。土方さんの特別になりたいなんて思ってない。


「おい、聞いてんのか。休めって言ってんだよ。お前何したか分かってんの?奴さんに手錠つけろつってんのに、俺につけたんだからな」
「土方さん」
「あぁ?」
「おやすみなさい」
「……おう」


なのに、どうしてだろうか。何も考えたくない何もしたくない。
自室の布団に潜ってから、今日も寝れなそうだと困った。でも寝ないと、明日の隊務はこなさないと。もういっそ、私が男だったら良かったのにと思った。したらきっと、ただ真選組で刀を振るうことだけで満足していたはずなのに。
したらきっと、土方さんが変に私を特別扱いなんてしなくて、私が土方さんの優しさに一々反応しないで済んだのに。
一体いつから私は土方さんの特別を望んでいたんだろうと不安になった。


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