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「美味しい鍋が食べたい」
「食い行くか」
「ワッツ?」


見回り中独り言でしかなかった呟きに、土方さんが反応した。しかも食いに行くかだなんて、驚きすぎて出来もしない英語で答えてしまった。
歩む足を止める。今のはなんの冗談だろうか。私の上司ってそんなにノリが良かったっけ?


「何突っ立ってんだよ、さっさと帰るぞ」
「土方さんが笑えない冗談言い始めるから時が止まったんですよ」
「はあ?鍋食いてえって言うから食い行くかって言っただけだろ」
「それって誰と誰がの話ですか」
「俺とお前」


なんてこった、土方さんが私を食事に連れて行ってくれるなんて。


「一応聞きますけど、何か企んでます?」
「お前の中で俺がどんなイメージだか想像ついたわ」


食わねえの?と言われ慌てて駆け寄る。食べますよ食べます。肌寒くなってきてあったかいものが食べたかったんです。


「最近優しいですねー」
「別に。こないだの件、フォローしてやってねーし」
「こないだの件?」
「俺の煙草買いに行って囲まれたやつ」


そう言ってスタスタ歩き出した土方さん。あれからもう大分経ったと思う。私の肋骨も足もとっくに完治していた。今更どうしてそんなこと気にしたんだろうか、今までだって私が怪我することなんてたくさんあったし、というかその件に関してももっと早く何か一言言ってくれても良かったのに。


「土方さんって損するタイプですよ絶対」
「はあ?何が」
「だって、あれからずっと気にしてたんですか?だから最近コンビニ行ってこいとか言わなかったんですか?」
「違ェーよ。たまたまだろたまたま」
「可愛くないですね」
「可愛いなんざ思われたくもねェーよ」


あーだこーだ言ってるうちに屯所に着いてしまった。本当に食べ行きますか?と聞いた私に土方さんは煙草を咥えながら「食いたくねえなら別に来なくていい」と言った。
着物に着替えて副長室に行けば、着流しに着替え終えた土方さんがいる。遅えよと言い部屋を出て行った土方さんの後をついて行けば、こじんまりとした所へ着いた。


「お鍋……あるんですかここ」
「美味えんだよここ」
「その割にはものすごくガラガラですけど」
「穴場だ。絶対誰にも言うんじゃねえぞ、初めて人を連れてきたんだからな」


心臓が跳ねた。土方さんの何気ない一言に喜んでいるのだ。これはどういったことだろう、ついに私も可笑しくなったのだろうか。土方さんにトキメクだとか、そんなの。


「有り得ないでしょ……」
「あぁ?なんか言ったか?」
「いえ何も。早くご飯食べましょう」
「ンなに急がなくったって鍋は逃げねえよ」


暖簾をくぐる時に私がくぐり終わるまで待っててくれるとか、割り箸を私の分も取ってくれるだとか、さり気無く私の嫌いなものは避けてくれたとか……土方さんは涼しい顔してなんの気なしにやっているんだけど。
だめだ、どうしよう、心臓が煩い。
今までこういうのに免疫がなかったからだとか、今まで男の人にトキメイたことがなかったからだとか、今までこんなに男の人と一緒にいることがなかったからだとか。
この気持ちを否定するの為の理由なんてたくさん浮かぶのに、この気持ちを否定するたびにこれまた否定する理由が浮かんでしまう。
これが土方さんじゃなかったら?近藤さんだってきっと私の嫌いなものは避けるだろう。総悟くんだってムカついたりもするがなんだかんだでたまに優しかったりもするじゃないか。それに終兄さんなんて優しさの塊というか、私にいつも優しいし、山崎さんだって原田さんだって……


「おい、聞いてんのかコラ」
「えっ?なんですか?何か言ってました?」
「だから美味えかって」
「あっ、はい。美味しいです」
「だろ。美味えんだよここ」


太々しいくらい自信満々の顔で私を見てきた土方さんに、心臓がより一層煩くなる。美味しいとか答えたけど今はそれどころじゃない。そういえば私、ここ最近ずっと思ってた。
土方さんが少し優しくなったって。それは違う、私が憎たらしい上司として見れなくなっていたんだ。


「土方さん、どうしましょうか」
「は?」
「私頭おかしくなったかも知れないです」
「元からだろーが、心配すんな」


一つの鍋を突っつきながら、間接キスだどうしようとか思った私のことを誰か殴ってください。


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